
【48】君と手をつないでいたかった「10人の可愛い日本のメイド」
間一髪!冷や汗をかいた。
いや、小麦自身がギリギリのところで犬の姿に戻ったのだろう。
さすがにその程度の常識と言うか、羞恥心と言うか、そのような物を持っていると考えるべきだろう。
そして、小麦はだいぶ疲れたのか 犬に戻った後、ぼんやりした表情を見せた。
そうだよな。一日の半分近く寝て過ごしているんだ。
「つかれただろ?ムギ?」
小麦を僕が抱き上げると 小麦は僕の手をちろっと舐めた。
水を飲ませて 涼しいところで休んだ。
僕がベンチに座る。そうすると僕の太ももの上にのってきて僕の足をカシカシとひっかいた。
どうも寝づらいらしい。そこで、靴を抜いてベンチの上で胡坐をかくと、そのくぼみのところにちょこんと体を収めたかと思うと、次の瞬間にはすーっと寝息を立てていた。
よっぽど遊び疲れたのだろう。僕だってこの年で全力疾走をして体が疲れている。
僕も、ベンチに座ったまま ほんの少し優しい午後の光を浴びてまどろんでいた。
どのくらいの時がたったのだろう。10分か?1時間か?
目の前には 小麦が立っていた。

「今日はありがとう。一日って…あっという間だね・・・。そろそろ行こっか。瑛太お腹すいたでしょ?」
小麦は、僕のことを気遣った。それがなんだかすごく嬉しかった。
「小麦も お腹すいたんじゃない?」
「ムギは一日2回しか食べないから 平気だよ?」
僕は、どうして この子が楓や娘たちに危害を加えるかもしれないと思ったのだろうと、後悔していた。
ただ、一方で 彼女たちと隔離したからこそ こうやって彼女と濃密な時間を過ごせてもいるのだ。皮肉なものだ。

「ねぇ、瑛太?いつまでこうしていられる?」
僕は返答に困った。あまりにも核心を突いた質問のように思えたからだ。
「ムギ、ずーっと、瑛太とこうして、車で旅をしながら 全国を回っていたい。いろんなところに行くの。そうだっ!これをSNSとか動画で配信して収益化してさ、ずーっとこうやって旅を続けるの。どう?良い考えじゃない?」
「いいね!でも、それってかなり大きな夢だよね。僕にはSNSで発信する力はないしなぁ」
すると、小麦はつないでいた僕の両手をつかみ
「私が、ムギがやってあげるよ!まかせて!」
もしかして、昨日SNSを小麦が操作していたように、誰かが遠隔で?
おそるおそるスマホをポケットから取り出し画面を開く、僕のメイン画面に、X・Instagram・YouTubeのアイコンがあり、通知がどれも1000以上あった。
さっきまでは機内モードだったけれど、今は5Gの電波をつかんでいる。
そのまま恐る恐る、Youtubeのアイコンを押してみた

え??
これって、さっきの???
「ふふっ
“10人のかわいい日本人メイドが本気の鬼ごっこ!勝てば10万円!”
全世界に配信して急激に再生数が伸びているよ!」
10人のメイド・・・小麦一人だったけど??いや、疑問に思うべきところが違うか、いつこんな動画を?誰が撮影していた?
「すごいよねー。今はさぁ、何でもできちゃうの。Xとインスタ、TikTokでも違ったコンテンツを配信しているからね!」
「小麦・・・、君は 本当に 小麦なのか? 誰かが?? いや、さっき僕の目の前で犬の小麦に変わった。だから犬の小麦であることは疑う余地はない。・・・でも、小麦にしてはというか、こんな事を小麦が理解して運用するとは考えられない」
言葉を言い放ったときの彼女の表情は悲しそうだった。
「信じてもらえないの?私が小麦だってこと、信じられない?」
「そうじゃない。小麦、君を人の姿にしたのも、こうやってSNSを乗っ取るのも、君一人の力とは考えられない。まして 今日僕とずっと一緒にいてこんな動画を撮ったり編集してアップロードしたり、そんなこと一人できるなんて思えないんだ。だれか、協力者がいるのか?だとしたら、誰なんだ」
「いないよ。ぜんぶ私一人。」
無理だ!僕は 目で訴えた。しかし、その時に映ったのは、小麦の悲しそうな瞳だった。
「信じられない? だれかに騙されてるって、そう思ってる?」
「僕は、知りたいんだ。そして、僕や家族に害が及びやしないか、心配なんだ」
「それって・・・楓の事? 楓の事心配しているの? 楓の事、ムギよりも大事?」
「みんな大事。それだと答えにならない?」
「ムギは順番を知りたい。楓と小麦、瑛太はどちらを愛している?どちらかを選んで」
「そんなこと・・・」
「夜、瑛太と私を置いて 夜逃げ同然で出て行ったあの女に、そんなに未練があるのっ!?」
小麦の言い方には苛立ちがあった。思い通りにならない苛立ち。自分が劣っているかもしれないという焦り。
いや、もっと単純かもしれない。僕を独占したいという欲望。

僕は深呼吸をし、そして 一呼吸間をおいてから
「バカだな。君に決まっているだろ」
と言って、彼女を引き寄せ髪をなでた。
彼女の苛立ちが ふわっと昇華したのがわかる。その代わりに 大粒の涙を流しながら僕の胸に顔をうずめた。
やっとのことで泣き止んだ小麦を車に乗せて北へ走り出した。

もしかしたら、小麦の行きたい場所、北海道に何か秘密があるのではないか?車で行きたいというそれ自体にも目的や理由があるのではないか?そう思えてならなかった。