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Photo byyaguhagu

東京に足りないモノ、ボケとツッコミか

    東京にきて3年が経過。最近気付いたことがある。

    東京に住んでいる人たちは、まったくツッコミを入れてくれない。彼らは会話にネタ要素を求めておらず、会話は別に面白くしなくていいものである。


    私は、大学生時代を関西で過ごした。大学には大阪出身の友人や先輩が多くおり、関西の文化を学ばせてもらった。
    何を喋っても即座にツッコミを入れてもらえ、失敗や気まずい話でさえも笑いに変えてもらえた。彼らは常に話が面白く、声にも抑揚があった。

    関西人はやっぱ面白いなー、そう口にするたびに、そのフレーズを聞き飽きた当の関西人には「関西人を一括りにするのはどうか」と叱られるものだ。でも、実際私は本当に面白いと感じてしまう。

    大学時代を思い返してみると、「面白さ」という才能を持つ彼らを、なんて賢いんだろう。魅力的なんだろう、と今でもウットリするのだ。(面白いタイプの)関西人との会話というものは、何気ない内容であれ、周りの者を含めて、ニコニコ笑顔も感情の揺れ動きも止まらぬ、それほど楽しい。
    センスと機敏さ、関西独特の強いイントネーションの掛け合わせは、人の感情を揺さぶる。


    先日、ゴールデンウィークに奈良で買い物をした。レジの店員さんのイントネーションが関西弁であることに気付く。
    おお、知らない人なのに親近感あるな、と。(※私は生まれが徳島県で、関西寄りのイントネーションのもと育った)

    続いて翌日、京都駅すぐのホテルグランヴィアのラウンジでひとりお茶をしていたところ、隣のマダムたちが「会話のオチ」について談笑しているのが聞こえた。
    なるほど。さすが関西の地である。


    私自身、お笑いにまったく興味がなく触れてこなかったのと、恐らく本来の性格ゆえ、かなり「面白くない」側の人間だと自覚している(どうやったら面白くなれるんだろう……)。それに、話すのがニガテで常にオチのない話を繰り返しているような身であるから、他人に面白さを求める権利などない。

    ……のだけれど、東京にきて圧倒的に物足りないと感じるのは、かつてのボケ・ツッコミが富んだ会話だろうか。


    これはこれで心地良い面もあるのだが、関西に寄るたびに、かつてのスパイシーな環境を今でも思い出す。

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    yui

     
     
    阪大文学部卒→医療系出版社→Web編集者/ライター。カメラ旅行記、おすすめ購入品、都心不動産、キャリアを書きます。“日常をちょっと良くする”に全力投球。

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