
✐☡ #月を見る。
月を見る時、私たちは自分の心の陰影に気づくことができる。
満ちては欠けるあの天体は…
不完全なまま、美しくあろうとする私たちの生き方そのものを、静かに全肯定してくれている。
…深夜、そんな大層な思想に浸っていたのは、決して私が哲学者だからではない。
ただ、今夜もまだ眠れそうにないだけ。
それなのに、カーテンの隙間から差し込む月光があまりにドラマチックだったせいで、つい心が「 エモモード 」に切り替わってしまったのだ。
改めて夜空を見上げると、少し欠けた月がぽつんと浮かんでいる。
完璧な真円ではない。
それでも誰もが『 綺麗 』と見惚れるのだから、月というのは大したカリスマ性を持っている。
ひるがえって、ここ最近の私はどうだろう。
やる気満々で始めた日記は、3 日で終わり( 三日月のよう )…
やるべきタスクは山積みのはずなのに、すべてのやる気は綺麗さっぱり消え去り( 新月のよう )…
毎日泣き腫らしていたせいで、翌朝の瞼は、我ながら呆れるほどパンパンだった(満月のよう)。
私の日常もまた、実に激しく満ち欠けしている。
『 完璧じゃなくていい。不完全なままで美しいのだ 』
と、月の全肯定に甘え、そう自分を納得させたところで、ふと冷たい夜風が首筋を抜けた。
くしゅん、と小さなくしゃみが出る。
エモい思想に耽る前に、まずはパジャマの上になにか羽織るべきだった。
自分の不完全さを、寒さという物理的な現実で突きつけられる。
それでも、どこか愛おしい毎日。
苦笑いしながらベッドに戻り、そろそろ寝なきゃと目を閉じた。