
✐☡ #借りた本。( ミステリー )
借りた本
というより、借りっ放しの本といった方が正しいかもしれない。
貸出期間は、とうに一週間を過ぎていた。
街の中心街に出来た真新しい図書館。
初めこそは、物珍しさも相まってインテリぶってそこへ出向いていた。
熟れたように、整然と陳列された背表紙を目で追う。
時々、はたと止まり、一冊を引き出しパラパラとページをめくって、また棚に戻すことも忘れない。
そして三十分ほどの時間をかけ、二、三冊を選び貸出カウンターへ持っていく。
二週間後、大して目も通していないのに返却する。
10 ターンほど繰り返しただろうか。
11 ターン目は、不本意な形で訪れた。
「 一週間の延滞 」という、これまでのルーティンを汚す染み。
脇に抱えたトートバッグの中には、やはり一文字も読まれていない文庫本が三冊、重石のように転がっている。
自動ドアをくぐり、冷房の効いたエントランスへ足を踏み入れた瞬間、肌にまとわりつくような違和感を覚えた。
──── 静かすぎる。
新設されたばかりの図書館は、いつも幼児を連れた母親や、熱心に自習する学生、時間を潰す老人たちでそれなりに賑わっていたはずだった。
しかし今、広い館内には足音ひとつ響いていない。
『 すみません、返却をお願いします 』
いつものように中央の貸出カウンターへ向かおうとして、私は足を止めた。
…ない。
目を擦った。
ローカウンターが並び、案内表示が掲げられていたはずの場所には、継ぎ目のない真っ白な壁がそびえ立っている。
まるで最初からカウンターなど存在しなかったかのように。
混乱しながら、私はトートバッグから一冊の本を取り出した。
「 近代建築の系譜 」
インテリぶるには最適の、少し硬い新書だ。
──── 白い。
心臓が嫌な跳ね方をした。
どこをめくっても、インクのシミひとつない。
ただの真っ白な紙の束が、仰々しい背表紙に挟まれているだけだった。
焦って近くの棚から適当な小説を引き抜き、ページを開く。
──── やはり、白い。
右の棚も、左の棚も。
何千、何万と並ぶ背表紙の裏側は、すべて均一な空白で満たされていた。
『 あなたの読む本は、一つもありませんよ 』
背後から、低く平坦な声がした。
振り返ると、いつの間にか、灰色のスーツを着た小柄な人物が立っている。
名札にはただ、「 司書 」とだけ書かれている。
『 え…
あの…カウンターはどこへ?
この、借りた本の文字も消えていて… 』
『 消えたのではありません。最初から無いのです 』
司書は、感情のない目で私を見つめた。
『 ここは、本を読まない方のための図書館です。
背表紙を眺め、棚から引き抜き、読まずに返す。
その美しい「 儀式 」 を 10 回、正確にこなされました。
そして11 回目、ここへ案内されます 』
『 何を言っているんだ!
私はただ、返すのが遅れただけで…! 』
『 ええ、だから「 読まない本 」を借りにこられた。
あなたと本の関係は、そこで完全に固定されたのです。
あなたに、「 文字 」は必要ないようですね。
もう外の世界へ返すことはできません 』
司書が指差した先、私がくぐってきたはずの自動ドアの向こうには、街の景色ではなく、底のない深い闇が広がっていた。
『 さあ、11ターン目です。
どうぞ、次の「 読まない本 」をお選びください。
時間は永遠にありますから 』