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Photo byshizuku_compass

マシュマロの島

    寒くなったからおいしいココアを飲みながら何か楽しい話をしようよ。
    そう誘われて夜の彼女の部屋に行く。

    まずココアを丁寧にいれるから!と彼女はバンホーテンのココアと砂糖を少量の牛乳で練り練りしている。練り終わったら少しずつ温めた牛乳を足していく。それを今度は小鍋の温めた牛乳に混ぜて、もう少し温める。少しだけ、くつくつするまで温める。ちょうど生クリームもあるの、と生クリームをたらりと注ぐ。ラム酒も入れると香りが良いけど私は無理。といってバターをほんの少し落とす。
    「鍋で温めた牛乳ってなんで電子レンジで温めるより美味しいの?」
    聞かれたけど答えられない。でもその通りだね、と相槌を打つ。
    2つのマグカップに移したココアを、ほわほわ上がる湯気ごとコタツに運ぶ。

    「さあ、何か楽しい話して!」
    「え、僕が?」
    彼女はうんうんと頷く。てっきり彼女が楽しい話をしてくれるのかと思っていた。
    「うーん…」
    楽しい話を思いつこうとするとかえって、嫌な気持ちになったことや悲しい出来事ばかり頭に浮かんでくる。最近そんなことばかりだったのだ。
    だめだ。
    「ごめん、何も思いつかない。楽しいこと」
    ココアのカップを抱えた彼女が拗ねた顔をする。
    「今、楽しくないの?」
    彼女は自分のカップを置くと立ち上がり、キッチンに行ってごそごそし、何か持って戻ってきた。
    「はい!楽しいの素!」
    僕のカップにマシュマロを一つ浮かべてくれる。
    「マシュマロを入れたココアを飲むと楽しくなるよ」
    彼女はそういいながら自分のカップにもマシュマロを一つ入れた。
    そのマシュマロの上に小豆を一粒のせる。
    「小豆?」
    「さっきコンビニで買ったお赤飯からほじりだしてきた」
    そう笑う彼女は赤飯のおにぎりが好きなのだ。
    「この小豆が私」
    え?
    「ココアで出来た甘い池に浮かぶマシュマロの島!すぐに溶けてしまうから溶ける前に上陸して素早く読書して昼寝してすぐに逃げるの」
    「どうやって?」
    「もちろん舟で」
    僕はカップのココアを覗く。小豆の乗ったマシュマロはもう溶けかかっている。舟なんてない。
    彼女はカップにクッキーのかけらを放り込む。
    「え、それ舟?すぐに沈みそうっていうかもう沈んでくよ」
    「ホントだ、読書も昼寝もあきらめて脱出急がなきゃ。うわ、スカートがべたべたで島から立ち上がれない。島ごとココアに沈んじゃう!助けて!スプーンですくって!」
    僕は笑いながらスプーンで小豆粒を救い出す。

    「楽しくなった?」
    「うん」
    「よかった」

    マシュマロがなくてもホントは楽しい。彼女と話していればいつでも楽しい。彼女がそもそもマシュマロみたいだ。でもそんなこと言ったら怒るだろう。太ってるってこと?と口をとがらせるだろう。

    (了)


     
     
    日常からファンタジーへと誘う世界を描きます。 短編、詩、俳句、エッセイなど。 ときどきstand.fmで朗読します。 2025年4月から放送大に入りました。

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