
短編小説『壁向こうのタイムトライアル』|#書き鳴らしラボ
小説をそのまま、
まるっと音楽にしてみました。
朗読とは別ジャンルの聴く文学を
お楽しみください✨
もちろん小説だけ読んでも👍
最近のこのヘンテコなホラーを
#チルホラー と名付けました。
まったり系ホラー。

と、たたたた。とん、たたたたた。
ベッドの横の壁から音がする。階段を上り下りする音? ウチの横に階段はないはずだけど。
とたたたたたた。ととととととた。
なんか、スピードあがってるな。トレーニングかなんかだろうか。頑張ってんな、熱いな、って思ったら。中学の体育教師が浮かんできて、こいつを牧田って呼ぶことにした。
牧田、よくわからんけど、頑張れ。情熱って理解されにくいよな。俺は寝るけど、頑張れ。
ああ、明日の講義だるいな。でもこの単位落とせないんだよなあ。
牧田は毎晩、階段を上り下りしている。
たったたたたたた。たっ、たたたたた。
真面目だなあ。飲みすぎたバイスサワーにぐるぐる脳を混ぜられながら、足音を聞く。そういや、今日の上原、荒れてたなあ。付き合うのもしんどいって。上原には牧田の情熱が必要なんじゃないのか? 情熱を嘲るもの、情熱に泣く、だろ。
上原の追いLINEにおつかれスタンプを適当に返して、目を閉じる。そういや、牧田、タイム縮んでんのかな。急に牧田のタイムが気になりだす。スマホのストップウォッチを開き、足音の切れるタイミングを見計らう。
たたたたたたた……4秒09
惜しい。もう少しで4秒切るじゃん。明日は4秒切れるといいな。
夕方、バイト帰りにアパートの横壁を見に行ってみた。隣は駐車場。この壁の向こうは俺の部屋。そして、壁際に放置された水色の割れバケツ。ヒビからひょろりと草がはみ出している。バケツを持ち上げてみる。草がプチプチとちぎれる。ごろん。くたびれた上履きが出てきた。かかとが潰れている。
これじゃあさ、出ねえよ。スピード。情熱だけじゃ、どうにもできないことってあるぞ、牧田。おまえ、そういうとこあるわ。
俺は自分の部屋に戻り、以前上原から押し付けられた、真っ赤なランニングシューズを探す。あれ、どこやったけなあ。ああ、あった。サイズ合うといいけどな。
外に出て、壁際のバケツから上履きを取り出し、ランニングシューズを突っ込む。これで、結構いけるだろ。上履きをぶらぶら揺らしながら鼻歌交じりに部屋に向かう。
今夜、楽しみだな。
23時。まだかな? 缶チューハイを飲みながら、壁を見る。無音って質量あるよな。しかも膨張してんだろ、これ。圧迫された耳穴を掻き、漫画本を閉じる。暗くないとダメなのか? 缶をローテーブルに置き、トイレに行く。玄関でひっくり返っている上履き。靴って燃えるゴミでいいんだっけ。電気を消して布団に潜り込む。無音は身体も圧迫しているみたいで、息苦しい。
トーン、トーン、キュ。
来たな、牧田。よしよし、準備運動は大事だぞ。スマホを握る手に力が入る。
キュ、トトトトトトトトト。
4秒05。
惜しい! いや、慣れない靴だしな。何回かトライしてこう。よしよし、次だ。
4秒04、4秒03、4秒01……。
キュ、キュ。キュ、キュ。
ト、トトトトトトトトト。
3秒99。
やった! やったな、牧田!
手の汗を布団で拭い、壁にハイタッチをしようと身体を起こす。汗に濡れた首筋をひゅるりと風が撫でる。
ドンッ、ゴッ。
壁に向き合った途端、強い力で背中を押されて額を打つ。いってえ。そっちかよ。ハイタッチになってねえよ。まあ、お前の気持ち考えたらな、その勢い、わかんないでもないけどさ。いや、おつかれ。
気が緩んだのか、急に瞼が重くなり、枕に頭を戻す。俺も、なんか疲れたみたいだわ。
トタ、トタ、トタ。
フローリングを歩く靴音が遠くなる。
身体がふわりと軽くなり、俺は夢の中に落ちていく。
翌朝。玄関の上履きは消えていて、上原の真っ赤なランニングシューズが揃えて置いてあった。
牧田もいらないってよ、上原。
私のベッドの横壁、
深夜に階段の音が
めっちゃ聞こえるんですよねえ。
あ、階段はちゃんとありますよ。
チルホラーをまとめました👇
#書き鳴らしラボのマガジンはこちら👇
書き鳴らし作品を
いろいろ聴いてみたい方はこちら👇