
Part of me
借りた本の積ん読の山が、パサ、と小さく雪崩れた。どれもこれも佑から貸し出されたものだ。
「返すのいつでもいいからさ。オレのおすすめ。アンソニー・ホロヴィッツ」
ストームブレイカー。スケルトンキー。
これらは、ぼくが荒木飛呂彦先生が大好きだからというだけの理由で置いていったやつ。
カササギ殺人事件。ヨルガオ殺人事件。
「アティカス・ピュントから入るのもアリだよ」
こういうところが佑の長所でもあり短所でもあるとぼくは思う。
相手の様子を見ながら自分を小出しにして、これはオッケーなんだ、こっちはイマイチなんだという過程をすっ飛ばしてしまう。
ミステリーに興味がない人に興味を持ってもらうために薦める本として、いきなり海外の作品はハードルが高いかもしれない、などとは考えないタイプだ。
「佑、コーヒーでいい?カップに引っ掛ける簡単なやつだけど」
「いいよ」
雪崩れた「カササギ殺人事件」の下巻を元通りにする佑をチラ見して、ぼくはキッチンへ立った。
彫刻のように端正な顔立ちに、スラリとした長身。佑の周りにはいつも女の子たちが群がっていた。ただ、しばらくすると一人また一人といなくなり、その生存競争を勝ち抜いた女の子とも、そう長くは続かない。女の子を嫌いなわけではないのだが、大学生活の四年間、社会人二年目の今となっても、去る者は追わず、来る者は拒まずを佑は繰り返している。
今まで話していなかったぼくの失敗体験(自分では失敗とは思っていないけれど)を聞けば、佑も少しは分かるだろうか。
両手にカップを持ったぼくから、佑は自分の分を受け取って、テーブルに置いた。
「ところでさ、希代花の一人称はなんで『ぼく』なの?今まで聞いたことなかったけど」
こういう無神経というかデリカシーの無さが、女の子たちが離れていく原因のうちのひとつで、本人が全く気にしていないところが更に良くない。
「何でいまさら。子どもの頃からだからなぁ。何となく、かな。もちろん会社では『ぼく』なんて言ってないからね」
自分から聞いてきた割りに、さほど興味がなさそうに、ふうんと言って佑はコーヒーを一口啜った。
地黒で長身、痩せ型のぼくは、中学生くらいまで男の子たちから「ごぼう」だの「遮断機」だのと呼ばれていたし、小学生の頃は半ズボンを好んで履いていた。性自認が男というわけではなく、「わたし」より「ぼく」の方がしっくりくるからというだけの理由だ。
「佑、あのさ」
椅子の座面に手をつき、ぼくは自分の体を少しだけ持ち上げて座りなおした。
「ぼく、ちょっと前に彼氏と別れたじゃん?あれ何でだと思う?」
「それ、言いたくないって言ってたのにどうしたんだよ。価値観の相違?性格?性の不一致?あ、浮気か」
「あん時は言いたくなかったの。もう咀嚼して消化済みだから。ブー。全部バツ。ぼく、高校生の時女の子と付き合ってたんだ」
「ふうん」
佑のコーヒーを啜る音がじんわりと漂う。
「いや、そこはエッ、とか驚くとこじゃない?まぁいいや。それをね、彼に言ったんだ。隠すことでもないし、今付き合ってるのは彼なんだし、別にいっかと思って。過去の恋人の話なんて普通にするでしょ。そしたらそっから気まずくなって別れた。だからさ、佑も何でもかんでも出せばいいってもんじゃないんだよ」
そうかなぁ、と佑は聞いているのかいないのか、別のことを考えているようにも見えた。
「パンセクシュアルっていうんだって。ぼくみたいな人のこと」
パンセクシュアルなんて、名詞として存在すると、それはそれで便利だ。共通認識として。でも、ぼくの一部でしかないそれが、ぼくの全部みたいに伝わってしまうのは少し違うんだよな、と思ったりもする。
「それはバイとは違うの?」
「性別は全く関係なくて、人として好きになる、ってこと。バイは『両方いける』ってことでしょ?その『両方』って感覚もない。そんな感じ」
「それって誰でもいいってこと?」
「そんなわけないじゃん」
「じゃあオレでもよくない?」
「なんでそうなるのよ」
「オレ、やっぱり全部出した方がいいと思う。さっき『何でも出せばいいってもんじゃない』って希代花言ったけど」
佑はぼくの『わたし』。今さらなのだ。そう言えば済むことなのに、さぁそう言えという脳からの命令はなかなか下りてこない。
「今までしょっちゅうウチに来て、ずうっと何もなかったし、これからもないでしょ」
─あるよ
佑の手がぼくの手首を掴む。思っていたよりずっと強い力で引き寄せられて、ぼくの口にコーヒーの味がじわっと広がっていく。
(了)
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