
地理18点のその後
勉強の好きな子どもだった。
「なんで?」を紐解いていくのが好きだった。
本を読むことも好きだった。
ひらがなもカタカナも、数字もすぐに覚えた。
進研ゼミの『チャレンジ』を自らお願いして、毎日机にかじりついた。
ただ読むとか、問題を解くだけに留まらず、自分なりにノートにまとめたりしていた。
テストはいつも満点だった。
最初につまずいたのは、九九だった。
どうやら「ただ覚えるだけ」の勉強は苦手だったようだ。
七の段を、なかなか覚えることができなかった。
他の段も苦労したけれど。
トイレの壁に表を貼り付けて、毎日目に入れた。
お風呂で湯船に浸かりながら、暗唱した。
毎日毎日、努力したけれど、なかなか覚えられなかった。
学校では算数の授業で一人ずつ九九を暗唱し、九の段まで言えた子は合格。言えなかった子はまた明日。
そんな中で、私は二日経っても言えなかった。
合格した子は三人ほどだった。
担任の先生から、家に電話があった。
「ちさちゃん、ちゃんとお家で練習してますか?もう三人も言えるようになってるんですよ?」
母は責められたという。
のびのび育てる派の母にとっては、
「何言ってんだ、この先生」
だったらしいけれど、まあ、期待されていたのだろう。
「毎日必死で練習していますけど、この子は暗記は苦手みたいです」
当たり障りなく、本当のことを伝えたけれど、先生は納得しなかった。
「そんなはずありません。ちさちゃんがまだ言えないなんて、努力が足りないんです。もうあの子も、あの子も合格したんですよ?」
知らんがな。と思ったらしいけれど、母は適当に受け流し、私を責めることは一切しなかった。
結局私が九九の合格をもらえたのは、クラスの半分ほどが合格した後だった。
それも、かなりおまけだった。
何度も詰まる私に、
「ちさちゃん?7×3は?3×7と一緒でしょ?」
先生は必死で促して、私だけ異様に時間をかけてもらった。
後で他の子たちに「ずるい」と言われたのを、先生はきっと知らない。
覚えるまでに苦労はするけれど、私は一度覚えたことは忘れない。
九九も覚えてしまえば、あとはもう、こっちのものだった。
計算は得意だ。
あとは困ることはなかった。
ずっと勉強家だったのかと問われれば、それは違う。
三年生の時、今も続く友人と出会った。
友だちと遊ぶことが楽しいと知り、勉強は二の次になった。
それでも、そこまでで培ってきた知識、勉強の仕方。それらのおかげで勉強に困ることはなく、小学生時代を過ごした。
そして中学一年生。
人生最大の敵に出会った。
地理である。
地理は、私にとって「ただ覚えるだけ」の勉強だ。
興味があれば少し違うのだが、カケラも興味を持てなかった。
暗記の苦手な私にとっては最悪の相性だった。
しかももう、勉強家ではない。
山脈だとか平野だとか、川の名前、湖の名前。
覚えられるわけがない。
その頃の私は、都道府県も全部は覚えていなかった。
位置は北海道と沖縄県しかわからなかった。
「福島、福井、福岡。ややこしいねん。なんで福が三つもあるねん」
悪態ばかりついていた。
結果、人生最低の点数、18点を叩き出した。
初めて答案を隠す、のび太くんの気持ちを理解した。
初めて勉強のことで、母にしこたま叱られた。
さすがに勉強しなさすぎだ、と。
地理に関しては、なぜか負けず嫌いの血もおとなしかった。
その後も地理では、最高でも70点くらいしか取ることができなかった。
大人になって都道府県の位置も分からないというのは、困ることもあった。
話についていけない。
地方出身者と話をしても、出身がどのあたりなのか、調べないと分からない。
「地理18点やからなぁ」
と言い訳にもならない言い訳をした。
ところが、である。
親友と旅行するようになった。
北海道や沖縄だけでなく、今までピンときていなかった栃木や石川、熊本…あちこちに行った。
途端に興味が湧き上がり、
「次はどこへ行こうか」
「あそこに行ってみたいけれど、あれはどこの県なのか」
そんなふうに思うようになれば、私の頭は記憶を始める。
「今日テレビで浜名湖の特集やっててさぁ」
「浜名湖か。静岡やね」
「『千葉県の名産を紹介』やって。何かな?」
「落花生じゃない?」
なんて会話ができるようにもなった。
そしてその度に言うのだ。
「地理18点やったとは思えなくない?」