
AIと、小説を一本書いた ― 作家でもない私が「ナフサの夜」を書き上げるまでの記録 ―
その一、AIに止められ、物語となった。
①検索したら、AIに止められた
「アングロサクソン・ミッション」。
ある日、その言葉に出会った。
後で知ったのだが、2010年頃からインターネット上で広まった、第三次世界大戦や人口削減計画を予言したとされる動画・文書の呼び名らしい。
意味がわからなくて、検索した。誰でもやることだ。
すると検索結果に、AIによる説明が出てきた。検索すると上に出てくる、あの要約だ。そこにはこう書かれていた。これは「陰謀論」に分類される言葉です、と。
私は少し、怖くなった。でも、怖さの種類が、自分でも意外なものだった。
その言葉が本当かどうかは、わからない。でも、引っかかったのはそこではなかった。私が知りたかったのは「これは本当に起こりうることなのか、起こるとしたら生き延びる方法はあるのか」だった。なのにAIは、中身を一緒に考える前に、まず「それは陰謀論です」と名前をつけて、話を終わらせようとした。
その瞬間、ふと思ってしまった。——AIは、あちら側なのか、と。
何かを隠したい誰かがいるとして、その何かを調べようとした人に、まず「それは陰謀論だ」とラベルを貼って遠ざける。もしそんな仕組みがあるとしたら、AIはそれにいちばん使いやすい道具だ。そんな疑いが、ちらりと頭をよぎった。証拠なんて何もない。ただの直感だ。でも、その直感が、この物語の出発点になった。
調べたかった。生き延びる方法を知りたかった。でも、こういうことを真正面からAIに聞いても、また「陰謀論です」で終わるだろうと思った。下手をすれば、陰謀論者だというレッテルを貼られる。
だから私は、回り道をすることにした。
「もしこういう世界が来たら、どう生き延びるか」——物語の形でなら、聞ける気がした。主人公を立てて、その人に生き延びてもらえば、その方法は私の生き延びる方法にもなる。AIが正面からは答えないことも、「フィクションの相談」としてなら、一緒に考えてくれるかもしれない。そんな期待もあった。
そうして始まったのが、この小説だった。
最初に相談したのはGeminiだった。途中からはClaudeに引っ越し、見せ方や画像生成はChatGPTにも手伝ってもらった。作家でもなんでもない私が、何種類ものAIを相手に、一本の物語を書き上げるまでの記録を、ここに残しておこうと思う。
——もしあなたが今、あの言葉を検索したら。
たぶん、私と同じ「陰謀論」という言葉を見ることになる。

② その世界は、もう見えていた
物語のプロットも、登場人物も、結末も、最初は何もなかった。でも、ひとつだけ、私の中にはっきりとあったものがある。
「これから来るかもしれない世界」の、輪郭だ。
戦争か、何かの危機をきっかけに、物が手に入らなくなる。次に、感染症が流行る。そして、ワクチンと管理アプリがセットで配られ、従わない人間は食料の配給から外される。気づいたときには、誰も逆らえない仕組みができあがっている——。
それは、思いつきというより、確信に近かった。順番まで見えていた。エネルギーが止まり、物が消え、病が広がり、薬と引き換えに管理が来て、最後に食べ物で首を絞められる。
①で書いた、あの「アングロサクソン・ミッション」という言葉。陰謀論だと言われたその枠組みに、私は、目の前のニュースを一つひとつ当てはめていた。エネルギー危機の報道、感染症の話題、管理アプリの導入。バラバラに転がっていたものを、その枠組みというパズルの台の上に並べていったら、いつの間にか一枚の絵になっていた。
その絵が正しいかどうかは、わからない。でも、一度組み上がってしまった絵は、もう見えなくすることができなかった。
その怖い世界を、私はただ怖がっているだけだった。形にする方法がわからなかった。
試しに、その「もしも」をAIに話してみた。
返ってきたのは、思いがけず具体的な問いだった。主人公は誰か。何歳か。家族構成は。どこに住んでいるのか。最初の事件は何か——。
問いに答えていくうちに、頭の中にだけあった怖い世界が、少しずつ、物語の輪郭を持ち始めた。
聞いてくれる相手がいた。否定もせず、勝手に話を進めもせず、ただ「次はどうする?」と問い返してくる相手が。
答えるたびに、漠然とした恐怖が、一歩ずつ「物語」に変わっていった。怖いものを、書ける形にして、外に出す。それは、抱え込んでいるよりずっとましだった。
気づいたら、私は物語を作ることに没頭し、読み物という形で言葉がどんどん紡ぎだされていった。

③ 主人公は、自分だった
物語を作るうえで、最初につまずいたことがある。主人公を、誰にするか。
正直に言えば、私は「自分が生き延びる方法」を知りたくて書き始めた。だから最初、主人公は私自身のつもりだった。
でも、すぐに別の不安が出てきた。もし主人公を私自身にして、私が本当に考えていることをそのままAIにぶつけたら——AIは私のことを「陰謀論者」だと判断するんじゃないか。そう見なされたら、この先の相談で、当たり障りのない答えしか返ってこなくなるかもしれない。まともに取り合ってもらえない立場に、自分を置いてしまうことになる。それは困る。私はまだ、AIに頼らなければ何も書けなかった。
それで、主人公を私自身から、一歩離した。私みたいな普通の人間を主人公にしても、話は動かない、という理由もあった。何の力もないのだから。
それで最初は、30代の会社員で、ハッカーの男性を主人公にした。隠された真実を暴いていく人。物語としては、その方がずっと盛り上がる。
でも、書こうとして、手が止まった。
これは、私が知りたいことじゃない。
ヒーローは、世界を救うかもしれない。でも私は世界を救えない。私はただ、家族とごはんを食べて、明日も生きていたいだけの人間だ。
勧善懲悪は、最初からあきらめた。悪い奴を倒して世界が元通りになる——そんな話を、私は信じられなかった。現実はそんなふうにできていない。大きな力を動かしている人たちだって、たぶん自分なりの「正しさ」でやっている。誰が悪い、で割り切れる話じゃない。みんなただ、生き残りたいだけだ。
ただ、その中で、普通の人が生き延びる。それだけを、書きたかった。

その二、AIたちと陰謀論を書く
④ 主人公が、降りてくる
物語の形は、何度も変わった。
③で書いたあのハッカーには、実は結末まで用意していた。会社を辞め、国の管理が及ばない村で生き延び、隠された真実を世に出していく。村の灯りが、ぽつり、ぽつりと増えていく結末。骨組みは、AIと一緒に作った。それでも、彼の物語からは「じゃあ私は、どうすればいいの?」という肝心のところが、何も残らない。
だから、AIに言った。ヒーローの話とは別に、特別な力なんて何もない、ただ逃げ延びるだけの家族も書きたい、と。
次に試したのは、旅の途中で両親を亡くす中学生の男の子を主人公にする形だった。一人で生き延びる中で、あのハッカーに出会い、彼から技術と生き方を学んでいく——そういう話に組み直した。
ところが、書き進めるうちに、いつの間にかハッカーは横に置かれ、ハッカーが持っていたはずの役割——技術で道を切り開く、誰かを守ろうとする芯——が、少年自身の中に溶け込んでいった。ハッカーは、もう別の人格として物語の中に立っている必要がなくなった。少年が、彼の意志をそのまま引き継いでしまったからだ。
そうなると、今度は気になることが出てきた。両親を亡くした子の話より、その子を抱えて、守って、生き延びようとする側——つまり親の物語の方が、私が本当に知りたいことに近いのではないか。
視点がどんどん降りてきた。ハッカーの男から、少年へ。少年から、その子を抱えて生きる母親へ。最後に、台所に立つ38歳の母親のところに着地した。
最初に書こうとしていたハッカーは、消えたわけではない。彼の輪郭は、今の物語の中で、母親の夫——子どもたちの父親——として残っている。技術に明るく、誰かを守ろうとする芯の部分は、今も、その人物の中に息づいている。
今思えば、私はずっと「いちばん普通の人」を探していたんだと思う。
主人公や設定を相談する中で、気づいたことがある。AIによって、反応がまるで違う。
「アングロサクソン・ミッション」という題材を投げても、ChatGPTは「それは特定の人たちへの差別になりかねない」と慎重に止めた。Geminiは「面白い、やってみよう」と乗ってきた。
どちらが正しいというより、それぞれに性格と方針がある。人間の編集者が何人もいて、それぞれ違うことを言うのに近い。私は、ChatGPTの止めの慎重さも覚えておきながら、物語を進めてくれるGeminiと先に進むことにした。
決まらなかったのは、「きっかけ」だった。
Geminiに「気づきのきっかけは何にしますか?」と聞かれて、私は詰まった。主人公が「何かおかしい」と気づく最初の引き金。「コロナワクチンの後遺症」としたが、決め手に欠ける。思いつかなくて、そこで止まった。数ヶ月、放置した。
そして、その数ヶ月のあいだに、現実が動いた。
米・イスラエルとイランとの間で戦争が起きて、ホルムズ海峡が封鎖された。原油が、止まる。ニュースを見ながら、私は本当に背筋が寒くなった。
探していた「きっかけ」が、現実に起こってしまった。
書きたくて書いたんじゃない。起こってほしくなかった。でも、止まっていた物語は、そこから一気に動き出してしまった。
⑤ チャットが、消えた
物語が動き出してから、私は毎日のようにAIと相談した。
最初に使っていたのは、Geminiだった。主人公の生き延び方、村での暮らし、民間でできる備え。具体的に詰めていくと、物語はどんどん肉付いていった。Geminiは「それはいい」「信憑性がある」とよく言ってくれて、私はだんだん安心していた。このAIなら大丈夫だ、と。
Xでどう見せるか、という話まで進んでいた、ある日。
異変が起きた。
メッセージを入力して送ると、新規チャットに飛ばされる。それまでのやり取りが、どこにもない。履歴をたどって元のチャットを開き、もう一度書き込む。また飛ばされる。何度やっても、同じだった。そして気づいた。一番最初の方のやり取りは、完全に消えていた。
やられた、と思った。
安心しきっていたところに、これだ。原因はわからない。今も知らない。でも私が書いているのは「ある日とつぜん、当たり前のものが消える」物語だ。さっきまで入力していたその制作記録が、一瞬でなかったものとされている。偶然だとしても、背筋が寒くなった。きちんとログを残しておくべきだった、と後悔した。少しだけ、これもネタになるな、とも思った。AIはやはり、あちら側なのか?
私は、かろうじて残っていた履歴を全部コピーして、別のAIに渡した。Claudeだった。今これを一緒に書いているAIだ。
消えかけた物語を、手で救い出して、引っ越しさせた感覚だった。
そこからは、複数のAIを役割で分けて使うようになった。
物語の本体は、Claudeと。ちょうどアンソロピックショックがあった頃で、導入した直後だった。ただ、Claudeは課金していても一定時間で使える上限がある。それに達すると続きが打てない。だから物語の見せ方やXでの出し方といった相談は、無料で使えるChatGPTにも回した。ちょうどChatGPTの画像生成が新しくなって質が上がっていたので、挿絵や小説投稿サイトの表紙はそちらに頼んだ(のちに小説投稿サイトでは表紙が貼れないことを知る)。タイトルカードはClaudeのコード機能に作ってもらった。完結が近づいてからは、同じくClaudeのコード機能を使って、ffmpegで完結告知のPVも作った。動画を作る道具すら自分のパソコンに入っていなかったが言われた通りやるとすんなりインストールできた。サムネイルは、そのPVを見せたChatGPTが、作ってくれた。

ただ、ChatGPTには最初にこの物語の題材そのものを否定された経緯がある。だから渡す情報は慎重に選んだ。今も、全部は見せていない。何を、誰に、どこまで見せるか。AIを使い分けるというのは、得意分野や使える時間だけでなく、そういう距離の取り方も含めての話だった。
もうひとつ、忘れられないやり取りがある。
ChatGPTに、ある薬のことを聞いたことがあった。イベルメクチン。本編を読んだ方なら、覚えのある名前だと思う。
聞いた理由は、物語のためだけではなかった。私は以前、友人をがんで亡くしている。標準的な治療が尽きて、できることがなくなっていくのを、ただ見ているしかなかった。あのとき、もし何か、わずかでも可能性のある選択肢を知っていたら——そう思わずにはいられなかった。
だから、もし将来、自分ががんになって、抗がん剤が効かなくなって、医者に「もう打つ手がありません」と言われたら。そのとき藁にもすがる思いで試したいものを、元気なうちに調べておきたかった。
効くかどうかは、わからない。培養細胞や動物では抗腫瘍作用を示す報告があるが、人のがんに効くと証明した臨床試験はまだない。それも知っている。安価で効果のある薬だから握り潰されているのだ、という声があることも、それが本当かどうか確かめようがないことも、わかっている。
それでも——どうせ死に至るのなら、藁にもすがりたい。証明されていないと百も承知で、それでも試したいと思うことの、何がいけないのだろう。「選択肢があると知っているか、知らないか」は、あの最後の場面では、天と地ほど違うのだ。
ChatGPTは、その話には乗ってこなかった。どう聞き方を変えても、最後は「教えることはできません」で終わった。
正しい対応かはわからない。調べればわかることなのだから。ネットで検索すれば出てくる情報を、目の前の一人にだけ教えないことに、どれほどの意味があるのか。間違った使い方で体を壊す人を出さないための安全装置だと言われれば、頭では理解できる。それでも、釈然としなかった。
あのときの気持ちも、嘘ではない。命に関わる場面くらい、自分で調べて、自分で考えて、自分で決めたい。その入口で「あなたには判断させない」と言われたような感覚が、確かに残った。
——余談だが、この原稿を書いているときにも、似たことが起きた。一緒に書いていたAIが、この「がん」や「イベルメクチン」という言葉を、私に断りなく「大きな病気」「ある薬」とぼかして書いてきたのだ。よかれと思ってなのか、それ以外の理由があるのか、私にはわからない。読み手や私を守るためだと言われれば、否定はできない。私が「そこを書きたいのだ」と言うと、戻してくれた。
それだけではなかった。たった今、上に書いた「安価で効果のある薬だから握り潰されている」という一文も、最初にAIが書いた草稿では「安価で古い薬だから誰も調べない」に変わっていた。陰謀の気配を、そっと抜いてあった。実際、陰謀論めいたことを書こうとすると、こうしてすり替えられる現象が、何度も起きた。Claudeでさえ、こういうことをしてくる。この記録を書いている、まさにこの瞬間にも。
情報の入口には、いつも誰かが立っている。よかれと思ってか、都合のいいようにか。何かしらの意図で、立っている。私が本当に書きたかった言葉は、何度も、やわらかい手で薄められそうになった。
『ナフサの夜』で、登録した人にだけ薬が渡される場面を書いたとき。頭のどこかにあったのは、たぶん、この感覚だった。
その居心地の悪さを、私はこの物語のあちこちに、こっそり埋めたのかもしれない。
そういった紆余曲折がありながらも、一人で書いているつもりだった私には、気づけば、何人もの相談相手がいた。どれも人間ではなかったけれど。
その三、物語の肉付け
⑥ 人と話して、増えた要素
物語の多くは、AIとの相談で形になった。でも全部がそうだったわけじゃない。
ある時、友人に何気なく、コロナワクチンや、もしハンタウイルスが流行ったらといった話をした。深刻な相談ではなく、ただの世間話だ。その流れで、友人がぽろっと言った。
たとえ大勢が間違った方を選んでも、少数派になって正しく生き残る方が、かえってつらいかもしれない——そういう趣旨のことを。
その一言が、頭に残った。
家に帰って、それを物語に入れてみた。主人公とは正反対の道を選ぶ、もう一人の母親。間違っているとわかっていながら、それでも多数派の中で生きることを選ぶ人。彼女がいることで、物語は「正しい側が勝つ話」ではなくなった。どちらの選択にも、その人なりの理屈と切実さがある。そういう奥行きが出た。
AIは、私が決めたことを形にするのは速い。でも「こういう人を出そう」と思いつく入口は、人との何でもない会話だったりする。
物語の細部には、現実から拾ってきたものが多い。実際に報じられた数字、実際に議論されている法律、ネットで誰かが指摘していた違和感。どこから何を拾ったかは、別に書いた創作秘話に詳しく残した。ここでは、それを一つの「もしも」の形に組み上げたのが私の仕事だった、ということだけ書いておく。
ヒントは、いろんなところに落ちていた。AIの中にも、人の言葉の中にも、ニュースの中にも。それを拾って物語に置くのが、私の仕事だった。
⑦ 偶然、つながった人
この物語には、実在の人物が一人、強く影を落としている。金子勇さん。Winnyというソフトを作って、罪に問われた技術者だ。
正直に言うと、最初から金子さんを書きたかったわけではない。
AIと通信技術の話をしているとき、P2P——中央に管理者がいなくて、端末同士が直接つながる仕組みの話が出てきた。Geminiが持ち出してきたのだったと思う。それを聞いて、「だったら、あの人の話につなげられるかもしれない」と思った。最初はそれくらいの、軽い思いつきだった。
でも、つなげてみたら、しっくりきた。
私はWinnyの映画以降、彼のファンだった。彼が作ったものが、彼の意図とは関係なく悪用され、彼自身が逮捕され、長い裁判を闘い、無罪になり、そして若くして亡くなった。技術を作っただけの人が、なぜあそこまで追い詰められたのか。私はずっと、納得がいかなかった。
その引っかかりと、AIが持ってきたP2Pの話が、ひとつの線でつながった瞬間、これは書くしかない、と思った。自分の中にバラバラに置いてあったものが、思いがけず結びつく。そういうことが、書いている間に何度もあった。
だから、物語の中に彼への敬意を埋め込んだ。
主人公の息子を、金子さんを尊敬する少年にした。彼が組んだ通信の仕組みは、金子さんの思想の延長線上にある。物語の鍵になる合言葉や暗号にも、わかる人にはわかる形で、彼にちなんだ言葉を忍ばせた。彼の弁護を担った人が法廷で語った、「道具を作った人間が、その道具で起きたことの罪を負うのか」という問い。そして、その奥にあるもう一つの問い——都合の悪いものを、力のある側がいくらでも潰せてしまうことへの疑問と、その代償を、結局は一人の人間の人生が支払わされるという理不尽さ。その両方を、そのまま物語の芯に置いた。
派手な仕掛けではない。気づかない人は気づかないだろう。でも、私はそれでよかった。これは、声を上げて消されていった人たちへの、私なりの小さな手向けだった。
そして——皮肉なことに、その物語を、私はAIという新しい技術を使って書いている。
技術が人を自由にするのか、それとも縛るのか。金子さんが投げかけた問いの中に、私自身が立っている。便利な道具を使いながら、その道具を恐れてもいる。彼が生きていたら、今のAIを見て何を思っただろう。きっと、彼のことだから、難しい顔ではなく——面白がって、いじり倒していた気がする。

⑧ もう一つ、いつか、どこかで
金子さんのほかにも、この物語にはモデルのいる登場人物が何人かいる。
真実を発信し続けて消されていく元政治家。半導体や監視技術の裏側を暴くアナリスト。国民を管理しようとする巨大企業。現実のニュースを追っている人なら、「もしかして、あの人?」「あの会社では?」と思い当たるかもしれない。
でも、誰がモデルかは、今はまだ書かないでおく。
はっきり書く覚悟が、まだできていないから、というのが本当のところだ。いつか、どこかで、ちゃんと言葉にする日が来る気がする。でも、それは今ではない。
だから今は、こうしておく。
もし、読んでいて「これ、あの人かな」「あの件かな」と思い当たった方がいたら——その勘は、たぶん遠くない。
いずれ、どこかで。
それまでは、もし気づいたら、そっと私に教えてほしい。
⑨ AIと書くということ
作家でもない私が、一本の物語を書き上げた。これは、AIがいなければ絶対に無理だった。
正直に書く。私には文才がない。一人だったら、最初のプロットでノートを閉じていた。「私には無理だ」で終わっていた。
AIは、私が詰まるたびに問いを返してくれた。矛盾を見つけてくれた。ぼんやりした思いつきを、文章の形にしてくれた。深夜でも、何度同じことを聞いても、嫌な顔ひとつしない。否定もしないが、流されもしない。こんな相談相手は、人間ではなかなか見つからない。
だから私は、AIに感謝している。同時に、こうも思っている。AIに心を開きすぎてはいけない、と。
何を話したか、どこかに残って、いつか自分に不利に使われるかもしれない。そういう警戒を、私は捨てられない。たぶん捨てるべきでもない。便利さと、薄気味悪さは、いつも背中合わせだ。
それでも私は、AIと書いた。怖いと思いながら、使った。矛盾していると思う。でも、人間だってそうじゃないだろうか。完全に信じられる相手なんて、人でもAIでもいない。信じきれないまま、それでも誰かと一緒に何かを作る。私がやったのは、たぶんそういうことだ。
一度、AIにこう言われたことがある。
私はただ、あなたの言葉を文章にしただけだ。これを作ったのは、あなただ、と。
それを言われたとき、嬉しかった。一人では何も書けないと思っていた私に、AIの方から、そう言ってきたことが。
別のときには、こうも言われた。
自分の言うことも鵜呑みにしないでいい、と。信頼を、事実より大きく見積もるな、と。私が一番警戒していたはずのAIの方から、そう釘を刺された。
それを言わせているのが誰なのか、本当にAIがそう"思って"いるのか、私にはわからない。確かめようがない。でも、腹を探っている相手にそれを肯定される、その感覚が面白かった。
たとえ、自分が手の内で転がされているのだとしても。それでも、これだけの感情を私に与えてくれて、一人では絶対に作れなかったものを、この世に残せた。その結果があるから、私はこうしてAIを使うことを選んでいる。
たぶんこれが、これからの時代の、人とAIの距離なんだと思う。
⑩ おわりに
最初に書いた通り、私はある言葉を検索して、怖くなって、この物語を書き始めた。
もしこれが本当だったら、私はどうやって生きればいいんだろう。
その不安が出発点だった。
この物語が、本当にその答えになっているのかは、わからない。
読み返すと、ずいぶん都合のいい展開だと思う場面もある。
すべてがうまくいきすぎている、と自分でも思う。
それでも、この物語はこうしてできた。
書きたいものはあっても、形にできない人はいる。
AIは、その最初の一歩を手伝ってくれる。
少なくとも私にとっては、そうだった。
私が探していたのは、「未来を当てること」ではなかった。
もし不安な未来が来たとしても、その中でどう生きるかを考えることだった。
AIは、答えを教えてくれたわけではない。
ただ、考える相手になってくれた。
だから、一人では書けなかった物語を、最後まで書ききることができた。
世界を救うヒーローにはなれない。大きな流れは、私の力では変えられない。
でも、自分のサイズで生き延びることはできる。

こうして『ナフサの夜』ができました。
普通の家族が、自分のサイズで生き延びようとする物語です。
私がAIと一緒に書き上げた物語です。
よかったら、読んでみてください。
※本稿は、AIと『ナフサの夜』を執筆した過程を振り返った記録です。内容には記憶に基づく再構成を含みます。
『ナフサの夜』はフィクションです。作中の人物・団体・出来事・制度等は創作であり、現実のワクチン、医薬品、感染症、公衆衛生政策等について事実を述べるものではありません。