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怪異の正体を探る――禁足地トンノミ、隠された姫の名(岩手県遠野市上郷町)

    遠野に、ひとつの池がある。
    水は澄んでいる。木立が映る。赤い鳥居が立ち、小さな祠が静かに建っている。
    山奥ではない。人の暮らしの気配が届く距離にある。
    それなのにこの池は、かつて「行ってはならない場所」だった。

    穏やかな水面の下に、もうひとつの物語が沈んでいる。
    禁を破って森に入った男は、衣冠を着けた貴人に、森の外へ投げ出された。
    その貴人は、誰だったのか。
    今回の取材で、私はひとつの仮説に行き着いた。禁足とは、誰かの存在を隠すための仕組みだったのではないか、というものだ。

    ①歴史と背景

    トンノミが登場するのは、『遠野物語拾遺』36話である。
    語り出しは、細越のあたりと思うが、トンノミという森の中に古池がある、というものだ。語り手は、故・伊能先生(遠野出身の民俗学者・伊能嘉矩とされる)がこの名に「鳥海」の字を当てるのだと言い、この池の話をよくした、と添えている。

    池は昔から、人が立ち入ることを禁じられていた。とくに池の傍らへ行くことは許されなかった。禁を信じない者が森に入ると、奥から貴人が現れ、男はたちまち森の外へ投げ出される。気づけば、遠く離れた田の中にうつ伏せになっていた。神域を侵した者が外へ放り出されるこの型は、同じ拾遺の119話「神わざ」とも通じると私は見ている。

    背景にあるのは、早池峯を中心とした遠野の山の信仰である。『遠野物語』2話には、遠野三山を女神たちの山とする伝承が語られる。トンノミの池も、この信仰圏の中にあるのではないか。そう考えると、池のまわりで出会う早池峯や白山の名が、一本の線で結べるかもしれない。

    本稿では、歩いた順に見たものを記し、最後に禁足の意味を考える。

    ②語り継がれる逸話

    以下は、伝承として記録されているものである。史実として確認されたものではない。

    • 禁足と貴人の逸話:森の中の古池は、人の立ち入りが禁じられていた。禁を破った男は、「葦毛の駒に跨り衣冠を著けた貴人」に森の外へ投げ出され、気がつくと離れた田の中に伏していた(拾遺36話)。

    • 涸れない池の伝承:トンノミの池には、日照りの年にも決して涸れないという伝承が伝わるとされる。早池峯の開慶水にも、同じ型の伝承が語られている。

    ③現地調査レポート

    ―トンノミへ―

    最初の目的地は、トンノミだけだった。当日の天気は、曇りのち小雨。
    遠野の市街からはやや外れた位置にあるが、山奥という雰囲気ではない。
    ナビが「次を右に曲がってください」と告げたとき、道端の石碑が目に入った。「日出姫終焉の里」。読み取れたのは、その文字だけだった。詳しいことは分からず、この時は目的地を優先してそのまま進んだ。

    トンノミに着く。
    赤い鳥居の向こうに、小さな祠が建っていた。傍らの標柱には「トンノミ」の文字がある。

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    トンノミの祠と標柱

    正面に回ると、祠の向こう側に水面が見える。

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    正面から見た祠

    祠の中には、額が掛かっていた。龍の上に立つ女神を描いた絵である。

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    祠の絵額

    白い衣をまとい、花のようなものを手にした姿は、観音像にも似る。白山信仰から考えると、白山姫、あるいは菊理媛尊(くくりひめのみこと)を描いたものだろうか。確かなことは分からない。
    祠の中心には石碑が据えられ、「白山姫」の文字が読めた。

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    「白山姫」の石碑

    碑の前には、この祠は地域で管理しているので個人の物は置けない、という注意書きがあった。今も地域の信仰が続いている場所である。

    ⚠ 訪問される方へ:トンノミの祠は、地域の方が管理する信仰の場です。個人の物を供えない、池に無理に近づかないなど、現地の注意書きと周囲への配慮をお願いします。

    池は祠のすぐ脇にあった。

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    祠の脇の池

    木立の向こうには、明るい草地が見える。水面には木々が映り、小雨のせいか、細かな波紋が広がっていた。

    ―碑へ戻る―

    トンノミの取材を終えたあと、さきほど見かけた日出姫の石碑が気になり、立ち寄ってみた。

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    道端の碑群

    大きな社号標と並んで、「日出姫終焉の里」の石碑が立っている。石碑群の中には、「日出大明神」の碑もあった。

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    「日出大明神」の碑

    あらためて、日出姫の碑に近づいて碑文を読む。

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    碑文

    義経北上伝説にまつわる口伝が、そこに刻まれていた。義経の隠子・日出姫が里人に看取られて亡くなり、日出明神として祀られた、という。

    碑のそばには、石の鳥居が立っている。社号標と同じ「日出神社」の名だ。この道を山へ登っていくと、神社があるという。

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    日出神社の一の鳥居

    ―日出神社へ―

    山道を登っていくと、視界が開けた。

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    日出神社の二の鳥居

    参道の途中に、山神社があった。

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    山神社

    開けた場所に、社殿が建っている。例祭は毎年6月の第3日曜日に行われ、神輿の巡行や郷土芸能の奉納があるという。

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    日出神社の社殿

    神社はかなり綺麗だった。手入れがしっかりと行き届いていて、それだけ大事にされている印象を受けた。

    扁額には「日出神社」とある。

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    扁額

    扁額の脇に掲げられた由来書きを読む。

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    由来書き

    日出明神は東方に鎮座する。主である医師が亡くなったため、和光法印が神を祀った霊地とされる。本尊は薬師如来で、日光菩薩・月光菩薩と十二神将が従う。寛文年中(1661〜73年)に領主の南部直栄が眼病平癒を祈願し、社領五石を寄進したこと、社殿の西にある桂の木の根元に溜まった水で眼を洗う習慣があることも記されていた。
    由来書きの全文を読んでも、「姫」の文字は見当たらなかった。
    後半には「遠野領祈願者」の欄があり、東善寺の法印が謹んで綴ったという日出神社の棟札(寛保3年)の記載が続く。御名代、別当(常陸家四代)、代官の名が並び、最後に平成3年11月の日付と、解読・揮毫者、由来額を奉納した常陸家九代目の名がある。寛保3年の棟札を、平成3年に解読・揮毫して由来書きとしたもののようだ。

    ④考察――怪異はどこから来るのか

    仮説① 「隠子の守り」仮説(民俗学的視点)
    貴人が日出姫、またはその護衛だとすれば、池に人を寄せない禁足は、姫の存在を守るためのものだった可能性がある。
    根拠は二つある。
    一つ目は、碑文が姫を「隠子」と呼ぶこと。隠された子の伝承と、人を遠ざける禁足は、「見せない」という点で重なる。しかも拾遺は、貴人を「衣冠」の姿で伝える。衣冠は男性の装いなので、姫本人というより、姫を守る側の姿として読む余地もある。
    二つ目は、由来書きに姫の名がないことだ。日出神社の由来は、医師と薬師如来の話で満たされ、姫が現れるのは道端の碑である。ただ、神社側にも口伝はある。日出神社の宮司が2017年に書いた記事(『みちのく岩手・新遠野物語』)には、日出姫の死を哀れんだ地元の者が社を建てて祀ったのが始まり、とする説が紹介されている。正式な由来書きには出ず、碑と口伝にだけ姫が残っている。

    由来書きの元は、東善寺の法印が綴った寛保3年の棟札である。元の棟札に姫の名がなかったのか、解読してまとめる段階で落ちたのか、そこは分からない。

    さらに、「日出」の名がある。由来書きは日出明神を東方に鎮座するとし、本尊の薬師如来は日光菩薩を従える。日の出、東、日光。仏教の側から書かれた由来の中で、姫の名が薬師信仰の陰に置かれたと読めるかもしれない。

    ただし、禁足が先にあった可能性も残る。その場合、禁足に隠す意図はなく、姫の伝承が後から結びついたことになる。成立順は、今回の資料では判断できない。

    仮説② 「女神の重ね書き」仮説(信仰史的視点)
    私は、遠野で馬に乗る貴人を、早池峯の女神と見ている。トンノミの池には、早池峯の開慶水と同じ「涸れない」伝承が伝わり、祠には白山姫が祀られている。早池峯の登山道に点在する剣ヶ峰や御金蔵といった名は、白山のそれと同じである。早池峯に白山信仰が重なったために、この池にも白山姫が祀られたのだと私は考える。
    そうだとすれば、女神の禁足譚の上に、後から日出姫の物語が重ねられた、という二層の構造が浮かぶ。禁足の意味が、女神を畏れる話から、姫を隠す話へと、読み替えられたのかもしれない。
    地理も気になる。「遠野市における館・城・屋敷跡調査報告書」によれば、池から少し離れた山手に屋敷跡があり、その背後の、古くは鳥海山と呼ばれた山に館跡がある。鳥海山からは遠野三山が遠望でき、手前の鋭ヶ森は早池峯の遥拝所だという。日出神社に伝わる「七つ森」の伝承との関係もありそうだが、内容は今回確認できていない。

    仮説③ 「近さの禁足」仮説(社会・身体感覚的視点)
    トンノミは山奥ではなく、人の暮らしに近い。近い場所ほど、人は自然に入り込んでしまう。入らせないためには、強い禁忌が要る。恐ろしい話で人を遠ざけるのは、いちばん確実な柵だったのかもしれない。
    男が投げ出された話は、禁足地で転倒したり、方向を見失ったりした体験が、貴人の物語として語られた可能性もある。離れた田の中で我に返るという結末は、記憶が途切れたことの説明にも読める。
    また、清らかな水は、汚してはならない水でもある。涸れない池、眼を洗う桂の水。水をめぐる禁足が、水源を守る現実的な役割を持っていたとも考えられる。
    何を遠ざけたかったのか。①の姫も、②の女神も、③の水も、どれも答えになり得る。

    ⑤まとめ

    小雨に揺れるトンノミの水面を思い返すと、穏やかさの底に、まだ語られていないものが沈んでいるように感じる。禁足の伝承と、女神の水と、隠された姫の名が、この小さな池にそっと重なっている。
    訪れるなら、碑の文字を先に読んでから池へ向かうのもよいし、私のように、池を見てから碑へ戻るのも、発見の順序として味わい深い。どちらにしても、祠は地域の方が守る信仰の場であることを心に留めておきたい。
    禁足が姫を隠したのか、姫が禁足に重なったのか。答えは、池の水面に映ったままだ。

     
     
    怪異スポットの噂を、歴史や土地の背景から読み解いています。現地に行って、調べて、考える。主に東北エリアを歩いています。

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