「米津玄師」に不戦敗
「ハチ」。
そう呼ばれていた頃は、まだ私は思い上がっていた。
夜間部としての定時制のあと、指定校推薦で一般大学の芸術学部に入って、人口のうちの数%もいない芸術の道に入ったと勘違いしていた。
時はニコニコ動画全盛期。
当時漫画部にいた自分は、カラオケで初音ミクを歌っては、ミトちゃんうまー、と囃されいい気になっていた。
つまりは歌い手黎明期なので、私も一瞬歌ってみたをUPしようと思っていた。
一応確認だが、当時の私の歌は凡人レベルである。
凡人の中の芸術を志すものとしては、良く褒めたとて凡才未満だ。
それでもAmazonで有線のマイクを間違えて買うくらいには、やる気だけはあった。
当時は親になけなしで買ってもらったMacBook Proがあったので、とりあえずそのマイクで歌った自分の声で愕然とした。
滑舌も悪いし、音程も安定していない。
UPするどころか、通しで録音すらできなかった。
まだここでは私にとって「ハチ」とは、ネットスターくらいの認識であったので、負けていると気づいていない。
そもそものはなしなんだけど、これは「不戦敗」についてなので、1回も同じ土俵になんか上がっていない。
なんのはなしですか。
しかし、2、3年もしない程度で「ハチ」は「米津玄師」になった。
当時はよくある方向転換で、なんか違うはずだ、そうでなくては、と私は期待するようにアルバムを聞いた。
まだCDを買うような頃だ。
iPodを手に入れたばかりの私は「米津玄師」のdioramaを購入してMacBook Proに落とした。
負けた。
私は凡人だ。
思い知らされた。
何の音楽性も欠けていない、「ハチ」が本当に進化している姿が、CDの中に詰まっていた。
私は凡才未満だ。
彼は、「ハチ」は「米津玄師」になっても何も失わず、ただ上級進化した『本当の天才』だった。
悔しかった。
土俵にも上がれない。観客に紛れすらできない。
こんな文章を書いてガチのファンクラブに入るような人たちに殺されてもおかしくないが、凡才未満は自分が凡才未満だと、思い知らされた。
マジで、聴いていたその頃の自分は色々思い詰めることのあった時期なので、立ち向かうことすらできなかった。
次の不戦敗は、気がついた分だと今年の「烏」のリリース時だ。
その前に、完全にいち一般ファンでファンクラブには入っていないわライブに行ったこともない私は、「米津玄師」の新曲を喜びながらYouTubeでMVを観た。
また負けた。
今度は団体戦で負けた。
今まで私の周りで私を支えてくれた親、兄弟、親戚、友だち、仲間、みんなの顔が思い浮かぶ中、私は彼らと勝手に共になって負けた。
「米津玄師」が「僕らは」と歌っている。
『本当の天才』が、何度となく土俵に上がりもできない私を無様に負かしている。
団体戦でも勝てない。
どうしろというのか。
どうかしているとしか。
今、私はひとつ挑戦を小さく仕掛けている。
今度は負けられない。
しかし相手が土俵に上がってくるかは不透明だ。
「 #なんのはなしですか 」の土俵で、勝手に戦を始めているのである。
noteの路地裏で赤コーナーを勝手に「米津玄師」と歌い上げて、青コーナーに自分を仕込んでいる。
これはさすがに不戦敗で勝てるはずだ。
もしかしたら0.01%くらいの確率で「米津玄師」が「なんのはなしですか」と呟いて、路地裏歓喜の上でK.O.を決めるかもしれないけど。
それはそれでもう、『本当の天才』がnoteの路地裏の存在を認めたとして、我々界隈の勝利である。
ふふふ、フフフ。
私たちはどうやっても勝てる。フフフ。
さぁさぁお立ち会い。
「米津玄師」に不戦敗、食らわすことができるだろうか?
ぶっちゃけこの人生でまともにやり合って勝てる相手じゃないことくらいは思い知っているので、石を投げないで欲しい。
あ、いた、イタタタタ……えーん。。。
※ファンの皆さん、米津玄師さんご本人、関係者さん、ごめんなさい。
ただの一般ファンの戯言です。毎日プラットフォーム配信で聴いています。
米津さんの音楽は生きがいです。ここまで読んでくれてありがとうございました。