
取次に任せるだけではない――出版社が始めた「自分で売る」ための新しい仕組み
東京商工リサーチの出版業の倒産急増、利益も悪化傾向 ~ 存続に向けた書店との直取引、目指す姿と課題 ~の記事が出て以降、様々な媒体がこの話題を取りあげています。
倒産件数以上に、注目されたのが利益の落ち込みです。比較可能な出版社648社(この社には大手出版社も含まれており、中小出版社だけの業績ではありません)では、売上高は1兆3,000億円超でほぼ横ばいなのに、最終利益は2021年度の1,127億円から2025年度の655億円へ41.8%減少しています。
今出版社で起きているのはこういうことでしょうか。
・本がまったく売れなくなったというより、売っても利益が残らない
・紙・印刷・製本・物流費が上がった
・価格転嫁が追いつかない
・返品と長い回収サイトが資金繰りを圧迫する
・書店減少により読者との接点も縮小する
とはいえ、この傾向は最近になって見えてきたものではなく、業界に身を置く人間であれば誰もが体感してきたことだと思います。また、これに抗う動きも日々大きくなっています。
中小出版社が生き残れないのではなく、「作って取次に流し、書店で売れるのを待つ」だけの中小出版社が生き残りにくくなっている。一方で、企画・読者・販売・資金回収を自分でつなぎ直す出版社は増えている。というのが今の出版業界なのだと感じます。
いままさに始まっている「自分で売る、自ら動く」ための動きについて、これまで拾ってきたニュースからまとめてみたいと思います。
① 書店との直接取引
もっとも話題になるのが、出版社と書店の直取引の動きです。実は各出版社と書店法人の直取引はいくつも事例があるはずですが、なかなか表に出てきていません。
多く報じられるのがブックセラーズの動きでしょう。
契約出版社の既存店売上を2024年度比10%以上伸ばす
平均返品率を20%に下げる
書籍仕入れの50%を直仕入れにする
書店粗利率30%を実現する
という目標を掲げています。2025年度の実績は、包括契約出版社23社との純仕入133億円、店頭売上124億円、返品率26.6%、書店粗利改善額1.8億円。直仕入比率は2026年4月時点で平均24%です。
とはいえ、すべての規模の出版社がすぐに利用できる仕組みでないことも話題には出ています。
業界全体で直取引型という選択肢が広がり始めた兆候として見るべき取組でしょうか。
② 小出版社向けの共同受発注基盤
多くの書店✕多くの出版社の取引の煩雑さを、取次がハブになってまとめてきたのがこれまでの出版流通網です。物流はさておき、商流(お金のやりとり)や口座管理をそれぞれが行うのは非効率です。そこで小規模な出版社にも身近な選択肢となっているのが、このプラットフォームです。
・トランスビュー方式
2026年4月時点で参加出版社220社、取引書店約4,500店。出版社ごとの個別取引を束ね、書店への出荷や精算を支える仕組みです。
・一冊!取引所
出版社と書店をつなぐWeb受発注基盤。参加書店は2026年1月時点で2,160店超まで増えています。FAXによる案内・受注をオンライン化し、小さな書店や出版社も直接つながれるようにしています。
・BookCellar
直取引だけでなく、トランスビュー、八木書店新刊取次部、JRCなどを通じ、1,100を超える出版社への発注に対応。出版社側が「どの書店から注文が来たか」を把握できる点も重要です。
単なる「取次外し」ではなく、大きな取次に一括して任せていた機能を、受発注・物流・請求・情報発信に分解し、必要な機能だけ共同利用する、という動きと考えるのが良いかと思います。
③ 自社ECと読者への直接販売
いわゆるD2Cの動きです。自社サイト、SNS、メールマガジン、イベントなどから読者を自社ECへ誘導し、定価販売する出版社が増えています。
例えばミシマ社は、読者が1年間、同社の出版活動を支える「サポーター制度」を運営しています。サポーターには非売品の新聞や独自の紙媒体などを毎月届け、本を買う時だけではない継続的な関係を作っています。
これは厳密には自社ECによる書籍販売だけではありません。しかし、出版社そのものを応援する読者と直接つながり、単品購入を継続的な関係に変えるという意味で、出版社D2Cの発展形といえそうです。
直販の利点は粗利率だけではありません。
誰が買ったか分かる
新刊や重版を直接案内できる
限定版、サイン本、セット商品を販売できる
既刊を長く売れる
取次経由より短い回収サイトを設定しやすい
読者の反応を次の企画に反映できる
日本の出版業界ではPOSデータの普及により、どこの書店でいくつ売れたのかという分析は容易になりました。ただ、出版社は最終的に誰が本を買ったのかほぼ分かりません。
これからは、「販売データ」以上に「読者との関係」が残ることが重要になって来そうです。そういったメリットのある取組です。
一方、梱包、発送、問い合わせ、個人情報管理、決済手数料などの負担は大きくなります。物流費の高騰は取次ルートと同じ課題。単品販売だけでは物流費に負けます。セット販売、限定商品、送料無料ライン、会員制度との組み合わせが必要でしょう。
④ 予約販売・クラウドファンディング
本を作ってから売るのではなく、読者を集めてから作る方式です。”予約”や”書店受注”を初版部数に活かすという動きはすでにありますが、もう一歩進んだ動きと言えます。
こちらはライツ社✕TABIPPOの取組です。
クラファンで制作費と読者を確保→出版社が編集・制作を支援→コミュニティ側が告知→当初は少部数、ネット中心で販売→売行きがよければ全国書店へ展開
と、既存流通と対立させない動き。面白いです。
クラウドファンディングや予約販売は需要の確認や初版部数の適正化以上に制作・印刷資金を先に確保できるというメリットが大きそうです。
ただし、クラウドファンディングを乱立させることは支援者の疲弊や著者の集客力への過度な依存にもつながります。やはり「届けるべき読者を可視化する」という使い方が健全かもしれません。
⑤ 小ロット印刷とPOD
もう一つ、在庫リスクを抑える手段として広がっているのが、デジタル印刷やプリント・オン・デマンド(POD)の活用です。
PODでは、注文に応じて1冊単位から印刷・製本できるため、大量に印刷して在庫を持つ必要がありません。特に、販売規模の限られる専門書、品切れになった既刊、改訂版、長期間少しずつ売れる本との相性がよい仕組みです。
近代科学社の「近代科学社Digital」は、PODと電子書籍を組み合わせ、通常の出版方式では採算を取りにくい専門書や大学教科書を刊行しています。
また、インプレスグループは2012年からAmazonのPODを活用し、現在はPUBFUNを通じて数百社の出版社が発行するPOD書籍を取り扱っています。
ただし、PODや小ロット印刷は大量印刷に比べて1冊当たりの製造原価が高く、判型や製本仕様、販売経路にも制約があります。
すべての新刊を置き換える方法ではなく、通常印刷、小ロット印刷、PODを商品の需要に応じて使い分けるということになっていくのでしょう。
⑤ ブックフェアと対面販売
2026年1月には、独立系出版者31社が参加する第1回「独立出版者エキスポ」が開催されました。初日は読者への直販、2日目は書店との商談を中心に構成され、会場で直接仕入れることもできました。
この動きは、文学フリマや各地のZINEイベントともつながっています。
対面販売では、本を売るだけでなく、出版社の思想や編集者や社員の顔、商品の制作背景や今後の刊行予定なども伝えることが出来ます。「書店に置いてもらう」だけでなく、今は出版社自身が期間限定の売場とメディアを作ろうとしています。
出版社のインフラ共通化の動きも
先日、書店のネットワーク化の話題を取りあげました。
これは中小出版社の側にも同じことが言えます。以前、版元ドットコムが会員社の電子書籍に関しての調査をしています。(調査時期は24年12月)
版元ドットコムが2024年12月時点の会員社を対象に、楽天ブックスのAPIを使って紙の本と電子書籍の登録状況を調べたところ、紙の登録点数に対して電子書籍として確認できた割合は全体で約14%でした。調査方法上、電子書籍化された本を完全に捕捉した数字ではありませんが、小規模版元の電子化がまだ限定的であることはうかがえます。
デジタル化の余地を考えたと同時に、そもそもの電子化や各種技術のノウハウの共有の重要性を思いました。
この版元ドットコムがまさにインフラの共同化を目指す組織だと言えます。
個々の出版社は小さくとも、小さいまま大手の機能を持つ進化は可能です。また、この基盤共有化に向け業務を標準化していくことも必要でしょう。
”自分で売る”だけでは今の課題は解決出来ません。
流通マージンを圧縮しても、そもそも読者に知られてなければ売れませんし、様々な取組を行うことで、肝心の「本作りの時間」が失われてしまいます。これでは意味がありません。
従来型と新しい小出版モデルをまとめてみました
・作ってから売る→予約、反応を見て作る
・取次に一括納品→複数の流通経路を使い分ける
・配本してその後の販売を待つ→売る相手と場所を設計する
・書店売上げから市場を推測する→購入者と直接繋がる
・単品、定価販売中心→セット商品、限定版、会員制度、イベントを通じた継続的な関係
・大量印刷で原価を下げる→小ロット印刷による在庫リスク低減
・出版社ごとに各種業務を抱える→出版社同士で基盤を共有する
ここまで見てきた取り組みに共通するのは、「取次を使うか、使わないか」という二者択一ではありません。出版する前に需要を確かめ、複数の販売経路を使い分け、購入した読者との接点を次の出版へつなげようとしていることです。
“自分で売る”とは、物流も受注も決済もすべて自社で抱えることではないのでしょう。むしろ、それぞれの機能を分解し、共同インフラを利用しながら、自社に必要な売り方を選択できる状態を作ることです。
こうした動きは、中小出版社を本当に持続可能なものにするのでしょうか。そして出版社が自ら販売機能を持つことは、取次や書店との関係をどう変えるのでしょうか。機会があれば、収益構造と業務負担の両面から考えてみたいと思います。