
哲学対話書簡「自分を大切にするとは②」
うまく言葉にならなくても、考えがまとまらなくてもいい。思いつくことを思いつくままに書く哲学対話書簡です。みなさんも哲学対話に参加してみませんか。「#哲学対話書簡」で投稿お願いします。
隣の席の人がずっと咳をしている。
大丈夫かと聞いたら、きっと咳がしづらくなる。そう考えてずっとその人の咳を聞きながら仕事をしていた。
通りかかった同僚が「おっ、大丈夫」と聞く。
「はい、なんだか風邪気味で」
「お大事にね」
そういってその場を離れていった。
変わらぬ咳を聞きながら、資料作りを進める。
自分の体調に鈍感だ。
鼻水が出るなと思っていたら、どんどん悪化して薬を飲む羽目になる。
その頃には市販薬は効かなくて、病院に行くなんていうことがよくある。
咳から始まる時も、喉からはじまる時もある。あれっと思っているうちに悪化している。
お医者さんが「なんで早く来なかったの。治そう。治るから大丈夫だよ」と言いながら何か打ち込む。
一番大きいポカリを買って帰ろうと思いながら、その画面を眺める。いつもの流れだ。
無理をしているつもりはない。具合が悪いかわからないだけだ。
調子が悪くても動けてしまうだけなのだ。
さすがに38度の熱がある時に、バスケの試合の助っ人を頼まれたときは断った。
何だか体が熱いし、だるいので熱を測った。それで帰る準備をしていた時に近づいてきた先輩が言う。
「頼むからバスケの試合に出てくれ」
「今、熱が出ていて帰ろうかと」
「いやいや、元気そうだよ。大丈夫でしょ」
結局どうしたか。試合に出た。
先輩とのやり取りが面倒で、わかりましたと言った。
ちょっと強引でしつこい先輩とのやり取りを終わらせたかった。
心の平穏は守れたけれど、体をそうとう痛めつけてしまった。
筋トレをする。
筋肉を大きくしたいなら、重たいものを上げ下げして筋繊維を切るのだ。
結果、復活する時に筋肉が大きくなる。
理想に近づけるために、切る。
筋トレをした翌日、筋肉痛がやってくるとニヤニヤする。
痛くて歩きづらいのに「昨日、頑張っちゃったしな」と笑うのは自己満足の極みだ。
ちょっと咳が出てきた。隣の席の人を思い出す。
これはダメなやつだ。
いつもの流れにならないように、気を付けなくてはいけない。
体調を整える。自分をうんと甘やかすのだ。
目の前に、にんにくがたっぷりと入ったカレーがある。
これを食べて、あったかくして寝よう。
体調が悪くても、せめて心はいつも凪いでいたらなと思う。
ご機嫌だったら、よりいいのだけれど。
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