「お姫様扱いされたい」の正体――愛されたいのではなく、高く評価されたい
「お姫様扱いされたい」という女性の願望がある。
私は、この願望はかなり筋が悪いと思っている。
なぜなら、「お姫様扱いされたい」は、単なる「大切にされたい」とは違うからだ。
大切にされたいだけなら、相手が自分を気遣ってくれることが嬉しい。それで話は終わる。
しかし、お姫様願望には別の欲望が混ざっている。
男からどれだけ金、時間、労力、注意を引き出せるかによって、自分の「女としての価値」を確認したい。
そして、もう一つ。
「私はこれだけしてもらえる女だ」と、ほかの女性にも見せつけたい。
つまり、お姫様願望には二つの欲望が絡み合っている。
搾取と誇示である。
自分は相手より少なく与え、相手からより多く与えられる。
普通なら「交換として偏っている」と評価される状態が、恋愛になると「溺愛されている」「女性として大切にされている」「本命の扱いをされている」等など、そうした美しい言葉に変換される。
そして、その非対称性が大きいほど、「私は何もしなくても、男がここまでしてくれる女だ」という自己評価を得られる。
ここまでは、まだ分かりやすい。
しかし、この価値観には一つ、非常に面白いバグがある。
もし、「男からどれだけ多くの資源を引き出せるか」が女性としてのステータスになるのなら、パパ活女子こそ「最強のお姫様」になってもよさそうなものだ。
普通の恋愛で、彼氏に月数万円使ってもらって「溺愛されてます」と言っている女性より、短時間の食事で何万円も受け取っている女性のほうが、資源獲得効率だけなら圧倒的に高い。
ところが、そうはならない。
「彼氏から100万円の指輪をもらった」は羨望の対象になり得るのに、「パパから100万円もらった」は、同じ種類の羨望にはならない。
なぜなのか。
ここを考えると、「お姫様扱いされたい」という願望の正体がはっきりしてくる。
欲しいのは、金ではない。
プレゼントでもない。
高級レストランでもない。
本当に欲しいのは、「私は何の対価も差し出さなくても、価値のある男が自発的に大量の資源を投入したくなる女である」という証明なのだ。