
【掌編小説】月を見る《シロクマ文芸部》
「月を見る君は、美しい。
君はきっと月の女神・アルテミス。
その美しさは、地球上の何ものも敵わない。
でも、君が今、悲しんでいることを僕は知っているよ。
僕と離れてしまったからだろう?
帰っておいで、僕のアルテミス。
僕は君をずっと待っているよ。」
仕事の昼休み。
送られてきた文面を見て、美月はため息をついた。
別れた彼氏・大地からのメールは、今月3通目。
別れた理由は、大地の浮気。
「自分が浮気したくせに、本当意味わかんない」
美月は小さく笑いながら呟いた。
美月は、大地からのメールが妙に癖になっていた。
復縁を求められることはうんざりだが、次はどんな言葉が来るのか。
好奇心が勝っていた。
「あ、アースの新曲が出てる」
美月のお気に入りの歌い手・アースが新曲を公開していた。
少し前から歌の雰囲気が変わり、ロマンチックなものが増えたのも、また魅力だった。
タイトルは「僕のアルテミス」。
「…まさかね」
ワイヤレスイヤホンをつけると、いつものアースの声が流れる。
「月を見る君は美しい 君はきっと…」。
美月はそこで音楽を止めた。
深呼吸をしてからデスクを離れ、無意味に自販機へ向かう。
どっち?
どっちなの?
大地がアースの曲を真似した?
それともアースが大地なの?
名前から考えると、2人が同一人物な可能性はもちろんあるけれど、まさかそんな。
声は、大地…じゃないと思う。
音楽やっている素振りもなかったし。
うん。
やっぱり大地が歌詞を真似ただけなんだろう。
美月はそう結論づけると、自販機で欲しくもないコーヒーを1本購入し、デスクに戻った。
「さてさて〜、今度こそ聞きますか」
ワイヤレスイヤホンをもう一度装着し、アースの曲を再生する。
「月を見る君は、美しい。
君はきっと月の女神・アルテミス。
その美しさは、地球上の何ものも敵わない…」
美月は再度音を止めた。
ムリムリムリ。
さすがにこのままじゃ楽しめないよ。
美月は怒りに身を任せて、大地にメッセージを送った。
「アースは大地なの?それとも新曲を聴いたの?」
すぐに既読がつき、返信がきた。
「僕のアルテミス。僕は地球で君は月。禁じられた僕らの恋は、ひとつの音楽でまた繋がったね」
「そういうのいいからさ、こたえて」
「この前から歌詞担当に就任。歌は弟。美月がアースを聴いてたの知ってたから。俺の気持ち、届いた?」
美月はより一層深いため息をついた。
その日の午後は、仕事に集中できず、ミスが続いた。
本当なら、昼にアースの曲を聴いてリフレッシュするはずだったのに。
その思いが、またミスを増やした。
定時後、美月はスマホを取り出し、大地にメッセージを送る。
「浮気男とは復縁しません。でも、曲は良かったです。弟さんと頑張ってください。さようなら」
すぐに既読がついたが、美月はそれ以上はスマホを見なかった。
「どうりでクセになるわけよね」
大地からの今までのメールを思い出す。
まさかアイツに歌詞作りの才能があったなんて。
悔しすぎる。
本当はアースに会ってみたい。
でも、浮気男の弟だし、大地の顔がチラついて、もう二度とアースを心から楽しめる気がしない。
美月は、帰り道にひとりでカラオケに入った。
大きく息を吸い込んで叫ぶ。
「ばっかやろーーー!」
シロクマ文芸部の今週のお題「月を見る」に参加させていただきました。