メインコンテンツへスキップ
見出し画像

海外旅行inタイ🇹🇭 チェンライ思い出の旅⑦地球の奥深さとの出会い

    こんばんは!
    前回はタイ北部の小都市チェンライで出会った女性(レイさん)を実家でのあるモン族の村まで、どうにかこうにか送り届けた所までお伝えしました。

    さて、今日は僕も初体験のモン族の村の様子、食事、家の様子、そしてレイさんと息子さんの邂逅を綴って参りたいと思います。

    これも初めて知ったんですが、タイ人の村と少数民族の村では道の状態が違います。
    レイさんの村の手前にはパヤメンライ郡の村があり、そこにはタイ人が住んでおり、完全舗装路となっています。

    が、その先の道は舗装はされているが、時々穴ボコだらけの路面が出現。
    さらに村の住宅街の小道は土と石の混在する砂利道。
    主要道路から1本入ると、雨の影響で土が盛大にぬかるんでいる。。
    車は写真のように傷だか、汚れだかわからない状態でぐちゃぐちゃです😭

    画像

    チェンライのレンタカー屋さんの人の良い優しい童顔の店主が、
    「チェンライ市内はいいですが、※メーサローンは気をつけてくださいよ。道が悪いし、アップダウンが多いですから」

    ※メーサローンとは、メーサローン(Mae Salong、แม่สลอง)は、タイ北部チェンライ県にある山岳地帯の町・村の総称で、正式名称は ドイメーサローン(Doi Mae Salong) といいます。「ドイ」はタイ語で「山」という意味です。標高はおよそ 1,200〜1,400m あり、チェンライ市から車で約1時間半〜2時間ほどの距離にあります。
    とても涼しく、山間の村です。ラピュタのように見えるので大好きな場所です。
    メーサローンについては、別記事で改めて書きたいと思います。

    と言っていたけど、ここファイメーパオへの道はそんなレベルじゃない。。
    メーサローンは日光のいろは坂を片側1車線にして路肩がない狭い道だが、完全舗装されていて、水捌けも問題なし。

    だから、むしろ運転は楽しい。
    「自分の車ならもっとスピード出せるのに」などと余裕を持っておりました。

    翻し、このモン族の村。
    もう、真っ直ぐ進んでくれればいい。
    エンジン音も、ステアリングのキレ角もどうでもいいから、目的地に早く着くことだけが、唯一の心の支えとなっておりました。

    道が舗装されていて、水が溜まらず、石が落ちていない、穴が空いていないことの大切さと、工事関係者への感謝が心に去来しました。

    枕が長くなってしまいました。

    さて、レイさんの村のお話し。

    画像

    この写真には写っていないのですが、
    犬が2匹と鶏が15羽くらい、車から降りるといきなり距離を詰めてきまして。。

    僕は注射(採血)と犬がどうにも前世からの因縁かのように苦手なのです。

    日本の飼われていて、それなりに躾けられていてリードがつけられていたら、まだ痩せ我慢はできます💦

    が、タイのですね田舎の犬はリードや鎖という概念がないんですね。

    放し飼いで、テリトリーを持っています。
    しかも体躯は立派で、口の周りは昔の漫画の泥棒のように黒くなっており、二重の目でキッと見つめられると、本当に襲ってくるんじゃないかと思わせる雰囲気に満ちております。

    レイさんはと言うと、全く動ぜず、ボンネットから、荷物を取り出しては家の中へと搬入していきます。

    先程、先導してくれたレイさんの弟さんも家に帰っており、なんとか犬の間隙を抜け感謝の意を伝えると、
    彼は少し恥ずかしそうに、ペコッと頭を下げました。
    そんな弟さんの姿にシャイで控えめな雰囲気を感じ、自分との共通点を見つけ安心と好感を持ちました。

    犬たちをレイサンが追い払ってくれて、
    ようやく家の方に向かう事ができました。

    お母さん、息子さん、レイサンが高さ15センチ程の竹製の椅子に座り、息子さんはBigCで僕が買っておいた、プラスチック製のトラクター🚜で遊んでいます。
    息子さんは、久しぶりに会うレイさんと居られることが嬉しいらしく、しきりにママに話しかけています。
    先程、BigCで購入したKFCのポテト🍟を2人で楽しそうに食べています。

    ママが帰って来て本当に良かったね。

    まだ3歳の息子さんは前頭部に傷があり、頭全体の髪の毛が産毛のような状態で、身体も小さいように感じました。

    画像

    「この子、ご飯をあまり食べないんだ」

    私たちも心配してる。。

    僕は勧められた竹製の椅子に腰かけ、まだ鼓動が高まり、興奮が鎮まらない身体を周囲の景色を見て、なんとか紛らわそうとしていました。

    レイさんの家の壁はブロック塀。
    屋根はトタン、家の中の照明は30センチ程の蛍光灯が1本あるのみ。
    床はコンクリートの打ちっぱなしで黒ずんでいて、固く冷たい感触。

    そして、お勝手は完全アウトドアで、土の上に炭と薪で火を🔥つける形。
    洗い場はあるけれど、水道水ではないような。

    外壁は竹を盾に切り置いており、その長さが均等ではないので、盛大に隙間が空いていて、毎日キャンプをしているような雰囲気です。

    その横に、田畑で使用するであろう、農薬や肥料の袋が積まれていました。

    「日中でも家の中は暗いから、外にいるようにしてるんだ」

    レイさんは息子さんのためにBigCで購入したパックの牛乳をテーブルの上に置かれた箱から取り出し、室内を怪訝そうな表情で見回す僕に、そう語りかけました。

    家の壁がブロック塀のため、隙間というか窓がなく、太陽の光も空気も入らない。
    だから、ドアを開け放ち、陽の光と空気の入れ替えをするしかない。

    画像

    一応、写真では木の窓があるようですが、開かないそうです。。

    庭では、この村の名産である黒い鶏が走り回っています。白い鶏も普通にいますが。。
    時々、ケンタッキーを狙いにやってきてはレイさんに追い払われています。

    さあ、ご飯にしましょう!
    お母さんが庭で動画を撮っていた僕を呼びに来てくれました。

    お母さんとレイさんが手分けをして料理を作ってくれたようです。
    というか、料理できたんだね^ ^
    チェンライではずっとお店で買っていたから、作れないのかと思っていたよ。

    画像
    画像

    ありがとうございます♪
    タケノコがありますね。日本のような味付けなのでしょうか。
    卵は庭の鶏が産んだのかな?
    料理の名前も聞いたんですが、疲労から全て失念してしまいました。。

    僕は先ほどの3時間余りの生死を彷徨うかのような運転で、全く食欲が湧かず、ご厚意を受け取る事ができませんでした。
    本当に申し訳ありませんでした💦

    皆さんは美味しそうに食べています。
    家族団欒の食卓はやっぱりいいよね。

    ご飯は食べられないけれど、その平和な光景を見ているだけでもここまで来た意味があったような気がしました。

    息子さんは一人、外でまだトラクター🚜で遊んでいます。

    そんなに嬉しかったのかな^ ^
    買って来た甲斐があったよ。こちらこそありがとう。

    レイさんもお母さんも、息子さんに僕に対してお礼をするようにきちんと伝えていました。

    小さい手を胸の前で合掌🙏の形をとり、恥ずかしそうにしている息子さんの姿に、教育とは学歴やお金ではないんだなと強く感じました。

    お金に困っていても、きちんと感謝の意を伝えるよう子供に教える。
    正直、タイと関わって初めての光景でした。

    君が困らないようにお母さんはいつも一生懸命働いているよ。
    好きではないお酒も飲んでね。
    本当は君と毎日一緒にいたいんだって。

    そうなれたらいいよね。
    君も寂しいよね。まだ、3歳なのに。。

    貧困のため、タイの農村では両親がバンコク、チェンマイ、プーケットなどへ出稼ぎに行き、祖父母が孫を養育せざるを得ない。

    そういう状況が今も、17年前も全く変わっていないことに改めて失望と、なんとかしなければいけないという気持ちになりました。

    「そろそろ行くよ。また雨が降ってきた。
    これ以上道がぬかるんだから、さっきの道は通れなくなりそうだから。
    夕方、フライトだしね。また来るからね。」

    食卓が下げ膳となりそうなタイミングでレイさんにそっと告げました。

    うん、そうした方がいいかもしれない。
    この村の道はどうなるかわからないから。

    僕が車に乗り込む直前、

    「本当にありがとう。あなたのおかげでこの子に会えた。頭の治療に明日病院に連れて行くね」

    と同時に2回ほど、ハグをしてくれました。
    そして、息子さんを抱き上げ、お母さんと一緒に手を振ってさよならの合図を送ってくれました。

    それはまるで、知覧や鹿屋の特攻隊出撃の光景のようでした。女学生が手を振って、還らぬ人を送る儀式。

    「また、帰ってくるから、またね!」

    そう言い残し、僕は一人、来た道を引き返し、フライト✈️に間に合うようGoogle mapを起動しました。

    旅の最後にお金では買えないものを、この手に掴めた。
    そう、確かに実感していました。

    先程の暖かいハグの温もりが、冷えていく車内の冷気から僕を守っているように感じました。

    どうかチェンライ市内まで無事についてほしい。
    その想いも重なって肌を熱くしていました。

    またまた、長文になってしまいました。
    ご覧いただきありがとうございました。

    次回は、レイさんと過ごした時間で感じた、タイ人女性らしさや、タイ人のアパート、生活などを書いていきたいと思います。

    引き続き宜しくお願い致します🤲



     
     
    大学の国際学部を卒業後、20代で降り立ったタイ・バンコク。その喧騒の裏側にある、きらびやかな経済発展の光と、そこから取り残された深い影に目を奪われました。 以来、タイ北部の農村部や少数民族が直面する貧困問題、そして彼女たちの「生業(なりわい)と生きる日常」を追い続けています。

    あなたへのおすすめ