
【1分小説】まだ…
まだこの世界に産まれたばかりの頃、
僕とあなたは何も知りませんでした。
あなたは、家族に高い高いをしてもらって笑っていて
僕は、別の家で、自分のオナラの音にびっくりして大泣きしていました。
まだランドセルが大きかった頃、
僕とあなたは、顔も名前も知らないどうしでした。
あなたは、通学路のきれいな花を摘み取って、髪飾りにしていて、
僕は隣町で、白線の上しか歩けないルールを強いて、途切れた横断歩道の前で絶望的な顔をして棒立ちしていました。
まだ制服の袖が少し長かった頃、
僕とあなたは、ただのクラスメイトでした。
あなたは、中学校の教室のすみっこで、窓に映る雲ばかりを眺めていて、
僕は、首のストレッチのフリをしながら可動域限界まで曲げて、あなたをチラチラ見ていました。
まだ思い出の場所がコインパーキングにじゃなかった頃、
僕とあなたは恋人でした。
高校の帰り道、繋いだ手のひらの温もりに、「ずっとこのままでいられたら」とあなたは願っていました。
僕は、夕焼けのような真っ赤な顔をして、あなたの手を強く握り返しました。
まだ世界が狭かった頃、
僕とあなたは最強でした。
テストの点数が壊滅的でも「二人合わせれば100点越えてるから勝ち」と謎の理論で励まし合い、追試の教室で並んで頭を抱えてはクスクス笑っていました。
まだ将来が遠くて怖かった頃、
僕とあなたは迷子でした。
大学生になったあなたは、少しずつ連絡の回数を減らしていきました。
僕は、始めたての仕事を言い訳に、あなたの心に気づかないふりをしました。
まだ写真の中だけ笑っていた頃、
僕とあなたは思い出でした。
あなたは、深夜のファミレスのすみっこで、冷めたスープの表面を見つめて黙っていました。
僕は「実は同じことを考えていたんだ」と嘘を口にしていました。
本当は、あなたと別れるのが怖かったくせに…
まだ街の景色に溶け込めずにいた頃、
僕は孤独でした。
雑踏の中で、似た後ろ姿を見かけるたびに、二度と会えないあなたの幸せを、どこか遠くで祈っていました。
まだ地元のローカル線が走っていた頃、
僕とあなたは夕日に照らされる影でした。
久しぶりに帰省して降りた無人駅のベンチに、あなたは文庫本を開いて座っていました。
お互い「何してんの」と苦笑いした瞬間、あの頃の二人へと引き戻されていました。
まだ小さな家族がいなかった頃、
僕とあなたは、自由気ままでした。
あなたは「アイスの当たり棒が出た方が勝ち」という謎の勝負をはじめ、僕は寒さで震えながら棒アイスを何十本も貪り、指輪を渡すタイミングを探していました。
まだ子ども達が小さかった頃、
僕とあなたの日々は、戦争でした。
子どもたちがようやく眠りについた後、散らかったおもちゃの間に座り込み、お茶で乾杯しました。
「今日も頑張ったね」とあなたは健闘を讃えて、僕は寝ぼけて「うん、たのしかったでちゅね」と赤ちゃん言葉で返してました。
まだ、今が一番幸せだと思っていた頃、
僕とあなたは、人生という名の本の数ページ目でした。
これからやってくる未来を楽しみに、僕とあなたはページをゆっくりとゆっくりとめくり続けました。
いつまでも、いつまでも。