
「もぎりよ今夜も有難う」片桐はいり〜映画館への愛と追憶
片桐はいりさんが、もぎり嬢として今もときどき映画館に立っている、と知ったのはいつのことだろう。
本書は、はいりさんがまだ学生時代に銀座文化劇場(現シネスイッチ銀座)でアルバイトをしていた頃の出来事や、のちに俳優となり地方ロケに出た際に足を運んだ各地の映画館についてなど、はいりさんの映画館と映画に対する愛情がたっぷりと詰まったエッセイ集だ。
片桐はいりさん、というと一度見たら忘れられない風貌と独特な魅力のある、個性派俳優という印象が強く、今まで数多くのドラマ・映画でその演技を観てきたが、彼女はエッセイを書いても驚くほど上手い。
本書でも、懐かしの映画名をもじった各章のタイトルといい、粋なオチやウェットに富んだ味わい深い文章は、淀みなくグイグイ読ませてしまう熱量がある。
銀座並木座、銀座シネパトス、八重洲スター座、ACTミニ・シアター、新宿ミラノ座、中野武蔵野ホールなどなど、かつて東京には数々の名画座があった。今はもうない映画館の名前を見ると、懐かしさで胸がいっぱいになる。
ヨーロッパ系アート・シネマはシネヴィヴァン六本木、オールナイト3本立てが千円で観られた三鷹オスカー、けっこうクセ強め独自のプログラムも多かった吉祥寺バウスシアター、名画を2本立て3本立てでリバイバル上映してくれた飯田橋ギンレイホール、神保町は映画パンフを探し求めて古本街にもよく出没していたが、岩波ホールは良質な小品を上映していたアート系ミニシアターの草分けだった。新宿にあったシネスクエアとうきゅうなども全て閉館してしまった。
これからも、消えゆく映画館は後を絶たないだろうことを思うと寂しくなる。
記憶力が年々低下し作品の内容は忘却の彼方でも、どの映画をどの映画館で観たかは、不思議と今でも覚えている。
はいりさんは、地方に行っても必ずその地の映画館がどこにあるか地元の人に尋ねる。
本書では、かつて幾つもの映画館が軒を連ねた映画街、地方とは思えないほどの栄華を極めた映画館も登場した。その中の一つである、山形県酒田市にあったグリーン・ハウスは時代を先取りした映画館だったようだ。
観客が3人しかいない閑散とした劇場、立ち見まで出てぎっしり埋まった劇場、私もこれまで様々な映画館で数えきれないほどの映画を観てきた。
上映ブザーが鳴り響き姿勢を正すようにして集中する瞬間、スクリーンに照らされ暗闇に浮かび上がる沢山の人々の横顔、あの映画館での特別な時間が蘇ってくるようだった。
映画館はお洒落して行く場所であり、友人と出かけた時は鑑賞後にカフェやレストランで感想を語り合うひとときまでが、ひと繋がりだった。
はいりさんがバイトしていた頃のエピソードとして、映画パンフを手に入れるためだけに映画館へ来る客というのが描かれていたが、私もその一人だった(苦笑)
当時は映画パンフ蒐集にも血道を上げていて、最終的には500冊を超えるところまでいったが、こちらの国へ移住の際に全て持ってゆくのは難しく、大部分は涙を飲んで手放すことになってしまった。それからは憑き物が落ちたように、物を収集するということはなくなった。
"もぎり" と言っても20代くらいの若者には通じない、というような一文もあり愕然とした。うわぁそうなのか…今の日本の映画館ではチケットは "もぎらない" のだろうか…。
思わずジェネレーションギャップを感じてしまう私は、単館ロードショーやミニシアターなど独立系の小規模映画館が人気を博していた世代。
当時よく通ったのは、日比谷シャンテシネ(現TOHOシネマズ シャンテ)、シネスイッチ銀座、渋谷Bunkamura ル・シネマ、シネマライズ(閉館)、ユーロスペース、シアター・イメージフォーラム、アップリンク渋谷(閉館)、恵比寿ガーデンシネマあたりで、銀座、渋谷方面が多かった。
本書の中で「東急文化会館が無い!無いのよお!」と泣き叫ぶ先輩女優の元にはいりさんが駆けつけ、2人して涙する件があったが、分かるわぁ…。東京で20年以上も暮らしていたというのに、渋谷などは変わり過ぎてしまい浦島タロー状態で、駅前から迷子になるので一時帰国しても今や近づけない(苦笑)
学生の頃とその後のフリーター時代、一番やりたかったのは映画館のアルバイトだったが、内向的で気が利かない自分は接客業には向いてないということは、それまで勤めた他のバイトでよくわかっていたので、面接にゆく勇気さえ出なかった…。
私は東京の西側・中央線沿線にしか住んだことがなく、大森・蒲田方面の映画館にはほぼ行く機会はなかったが、はいりさんの地元であり今も時々もぎりをしているという映画館「キネカ大森」は、20代の頃に1度だけ訪れたことがあった。
「ミツバチのささやき」のアナ・トレントが出演していた「カラスの飼育」という映画を観に行った。
はいりさんにとって "もぎり" とは自分の原点であり、映画への恩返しという気持ちから、今でも頼まれれば劇場でアルバイトするのだという。
その姿勢も素敵だと思った。
映画館の魅力を語る、はいりさん。
「もぎりさん」というショートムービーまで制作された。