メインコンテンツへスキップ
見出し画像

GWを、ずっと外側から見ていた

    騒々しいGWが終わった。

    無職になった今は、特に関係ないことだった。
    どこも混み合っているGWに、当然出かけるつもりもなく。

    だけど、久々に友達に会いたくてランチに行った。その後、アウトレットでぶらつく。

    歩いていくうちに、人の多さにめまいがした。
    (あれ、人ってこんなにいるんだ)とか思ってしまった。

    今年は初めて、世間のGWムードを外から眺めていた。

    休みに入る人には「よかったね」って思ったし、
    休みが終わる人には「大変だね」って思った。

    特に、休みが終わる人たちの嘆きを目にすると、「働けることの安心感を噛み締めた方がいい」
    って気持ちになる。

    とはいえ、働いていた頃の私にそれを言ったら、
    「それはそうだけど、行きたくはない」って反論すると思う。

    働いていた頃は休み明けが憂うつだったし、
    無職になれば、所属してないことへの不安感がつのる。

    どちらも、あまりいい気分でないことは変わらない。

    私もなぜか、GW明けが憂うつになっている。
    社会の歯車が段々と回り始めたから。

    世間のお休みムードで一緒に休んだ気になれたけど、今になって“無職であること”の形がはっきりと浮かび上がってきた。

    働いていた頃は「休み明けが嫌だ」と思っていた。
    でも、外側に立ってみて、初めて“所属できている安心感”に支えられていたことに気づいた。

    “外側から見た景色”があったからこそ、自分にとっての「働く」が、以前より少し違って見える。

    ずっと外側から見ていた、今年のGW。
    その景色は少し寂しかったけど、自分がこれからどう働きたいのか、考える時間にもなっていた。

    この記事が参加している募集

     
     
    “普通”にうまく乗れないけど、なるべくご機嫌でいたい人。描いて書いて、日常を模索中。noteで静かに座れる場所を目指して。イラスト依頼は固定記事まで。

    あなたへのおすすめ