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頭・言語で理解・わかると運動スキル



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    なぜ人はわかりあえないのか、のプロセス、なんとなくみんなイメージとしてもってるけど、誰もあえて図にしてこなかったっぽいものを図にしてみてる

    こういう図、自分用メモとしていっぱいつくってきたけど、説明なしに出してみたらどうなるんだろう?とおもってだしてみる😂 pic.twitter.com/uNmBKLTTb2

    — しんめいP (@Sony_Shimmei) February 19, 2025

    頭と言語で理解・わかったら、運動スキルはできなくなる

    これまでの記憶研究によれば、そもそも運動スキルは手続記憶とよばれる非言語的・非陳述的記億のひとつとされ、その遂行過程(記憶としての運動スキルの検索・想起・実行)は潜在的・無意識的に行われると考えられている。したがって、運動スキルは、わかって(頭で理解して)できる、というものではなく、本質的には、意識にのぼらず無意識的に遂行されるものといえよう

    https://cir.nii.ac.jp/crid/1390001206094425216

    「先に「知る」段階から出発してしまった場合は,その運動技能に関して「出来る」 という感覚が形成されていないために,個人内(「体得」段階と「知る」段階)で混乱が生じて」
    「「出来る」段階へと移行することが妨げられてしまうことが推察」運動技能における知識と技術の関連の検討 pic.twitter.com/tU1H4cGkBC

    — 石部統久 (@mototchen) November 14, 2020

    「先に「知る」段階から出発してしまった場合は,その運動技能に関して「出来る」 という感覚が形成されていないために,個人内(「体得」段階と「知る」段階)で混乱が生じて」「「出来る」段階へと移行することが妨げられてしまうことが推察」

    https://cir.nii.ac.jp/crid/1050001337787803520

    意識した知識というものは,ある技能の習得をさまたげることすらある」p109
    トゥアン
    空間の経験

    筑摩書房
    空間の経験
    身体から都市へ
    イーフー・トゥアン 著,
    山本 浩 著 https://t.co/mYwQTK7KSB

    — 石部統久 (@mototchen) July 12, 2022

    意識した知識というものは,ある技能の習得をさまたげることすらある

    p109 トゥアン 空間の経験 筑摩書房 『空間の経験』 身体から都市へ イーフー・トゥアン 著, 山本 浩 著

    https://lifemixer.org/2021/08/performance-language/


    https://re-departure.com/genngokanogennkai.aspx

    https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/2023072500004-spnavido


    個人的には内言は運動を妨げます。

    心理学的には何が行動を決定するのかわからない

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