
自慢できる事が一つあれば良い
あなたは、「自慢できる事を教えてください」
と聞かれたら、何と答えるだろうか。
仕事に趣味、部活動に勉強など。
人によって様々あると思う。
そもそも、この質問に堂々と答えれる自慢を一つ持っているだけで、人生の勝ち組だ。
僕は一つも答える事が出来ない。
この質問をされた時、恐らく僕はこの悲しい現実と向き合い、泣いてしまうだろう。
これまで生きて来て、何かで1番になったり、突出した才能を持ち合わせていた事は一度もなかった。
ある程度の所まではほとんど何でも出来たけど、
結局1番にはなれず中途半端に終わってしまう。
いわゆる器用貧乏というやつだ。
1番になれる才能を持つ者は、もちろんそれ相応の評価をされ、尊敬もされる。
その逆に、全く才能がない人はない人で、それをネタにして笑ってもらう事が出来る。
アメトークの「絵心ない芸人」や、「運動神経悪い芸人」が分かりやすい例だろうか。
一方、僕が代表を務める器用貧乏芸人は、尊敬もされず笑いにもならない。
最悪のポジションだ。
例えば、ボウリングに行ったとしよう。
3,4人で1ゲームずつ投げると、1番上手い奴はスコア150くらい軽々取ってくる。
逆に、1番下手な奴はガターの連続で50点くらいしか取れない。
どっちも最高に羨ましい。
僕の場合、100点に到達するかどうかのギリギリを常に彷徨っている。くそつまらない。
ストライクやスペアを取る訳でもなく、ガターを連発する訳でもない。
8ピン、9ピンを安定して倒し、周囲の友達に何とも言えない顔をさせてしまう。
大体、器用貧乏芸人はボウリングをやれたもんじゃない。
あんなに注目された状況で、完璧なパフォーマンスを出せるはずがないし、1番嫌なのは投げた後に振り返る瞬間だ。
悲しい顔やつまらなそうな顔をしたらムードを悪くしてしまう為、引きつった笑顔でその場しのぎのセリフを吐く。
ボウリングはわりかし好きで、始まるまではワクワクするのだが、毎回途中から
「うわ〜帰りてぇ〜」と思う。
誘いを断るのは断るで気持ち良くないし、だからと言ってボウリングを楽しめるようになる為に、ボウリングを極めるのは意味が分からない。
結構詰んでる状況だ。
これが今はボウリングだけの話だが、日常においてこのようなケースが他にもよくある。
本当に困るし、本当に情けない。
やはり僕も、何か自慢できるような事を一つ成し遂げなければならない。
「甲子園出場した事があります!」
とか言ってみたいけど、野球部ですら無かったし今の年齢から目指す事も出来ない。
「テレビ出た事あります!」
とかも中々良いけど、現実的にテレビに出れる方法が、犯罪を犯すくらいしか思い浮かばない。
これだと、人に自慢する前に逮捕されてしまう。
これが1番良くない。
それなら、やはりエッセイを書き続けて、noteで有名になるしかなさそうだ。
笑いあり、涙あり。そんな最高な作品が評価されて、書籍化までされる。
それが大ヒットして、テレビ出演のオファーが来る。ZIP!で特集が組まれ一躍時の人。
これが、僕の頭で考えられる最高のシナリオだ。
もちろん可能性はゼロに等しい。
思い付きで行ったエジプト旅行中に、ツチノコとカッパを両方発見してしまうようなものだ。
(ゼロに等しいというか、ゼロだよな。)
まぁ、ここまでは流石に出来すぎたシナリオ過ぎるから、noteのフォロワー1万人とかが1番目指すべき目標なのかもしれない。
今の時代では、フォロワーの数がその人のステータスみたいになってきている。
中身がどうであれ、フォロワーが多い事で一目置かれる存在になる。
noteでフォロワー1万人達成したら、
「僕は文章を書く事だけで、フォロワーが1万人を超えました」
と腹立つほどのドヤ顔で言えるだろう。
中途半端な本数を倒した後振り返る時に、あんなに引きつった笑顔を見せていたボウリングでも、満面の笑みを出せるようになるかもしれない。
これは何とか努力するしかない。
凄い理想を言えば、この記事が公開されて夜寝て起きたら、何故か1万人からフォローが来てたら最高なのだが、確実にそうはいかない。
着実にやっていくしかないみたいだ。
自分の人生で自慢できる事。
たった一つで良いから作りたい。
その為に、働いて働いて働いて働いて働いてまいります。