
文豪が愛した旅館、起雲閣と大正浪漫。青春18熱海ひとり旅#3
ホテル夢いろはの朝食をいただいてチェックアウトした後、朝から起雲閣に向かうことにした。

起雲閣は今回いちばん行きたかった場所だ。

文学少女にはたまらない、起雲閣である。多くの文豪に愛された旅館。これは、強く印象に残っている真っ青な壁。

旅館起雲閣になってから塗り替えた色だという。


この「太鳳」という部屋に、太宰治と山崎富栄氏が泊まったという。二人で入水自殺する3ヶ月前のこと。「二人はどのような心境でこの部屋から庭園を眺めていたのでしょうか?」というパネルの文章が、とても記憶に残っている。



洋館のサンルーム「玉姫」。上のほうのステンドグラスと、床面のタイルが大正ロマンを感じる。



起雲閣ゆかりの文豪の間には、展示がたくさんあった。

太宰治はここで人間失格を書いたし、三島由紀夫は新婚旅行で起雲閣に宿泊した。


谷崎潤一郎の書で、「来宮の大樟の若葉する 五月の山をわれはいでたつ」とある。

太宰治が井伏鱒二に送った手紙のコピーがあった。これは、井伏鱒二の紹介により美知子さんと結婚するときに神に誓った文章。自分を家庭的の男と思っていますというフレーズには、頭にはてなが浮かんでしまうが。

起雲閣別館というのがあったのだなあ。こちらも素敵だったに違いない。この廃墟的な写真すらも魅力的に見える。

谷崎潤一郎は、志賀直哉と山本有三とここで文学対談をしたという。貴重な写真だ。

古くからある旅館の品々が飾られている。浴用タオル?に、箸袋など味があって良い。


このソファに腰掛けて、庭園を眺める文豪の姿が見える気がする。

尾崎紅葉の間である。金色夜叉の作者だ。実はこの起雲閣との接点はないそうだが、熱海の名を知らしめた功労者として展示がされているよう。

壁の色は旅館当時のまま、紅葉(朱色)していると。

坪内逍遥について。彼は学生の頃に初めて熱海を訪れた。神奈川までしか開通していなかった汽車に乗り、小田原までは人力車、それから山かごに揺られて熱海まで来たという。その後は熱海に別荘をかまえて毎年冬に訪れて、今も熱海に眠っているという。



ある資料には、避暑地といえば軽井沢だが、我が国における避寒の再優勝地であるとのこと。熱海の魅力とは、こうだという。有効な温泉があり、海と山と田園を兼ね備えて、都会的な設備も田舎の趣味も両立されていること。言われてみれば、熱海ってちょうどいい街なのかもしれない。

優雅でお洒落な家具と、広々した贅沢なお部屋にうっとりする。

細部までこだわりのみられる彫刻や刺繍など。



ローマ風の浴室もよく覚えている。想像する銭湯のイメージと違う。


使用感がリアルで、当時の情景を思い浮かべる。


廊下はどこを歩いても木調が落ち着く色味で、窓の外の緑が美しい。新緑の季節も、紅葉の季節もきっと綺麗だろう。





庭を歩いていると、雨が降ってきた。傘をさしながら庭園を歩く。ぬかるみや滑らないかが少し気になるけど、雨だと生い茂る緑が艶々と輝いて見えるのが良い。


外から見た建物もとても素敵だった。この自然の中で何泊もして、温泉に浸かって美味しいものを食べれば、きっとかなり静養がとれる。山崎富栄氏も太宰とここに滞在して、愛人のため束の間の安心できる時間だったのだろうと想像するが、太宰と二人でいられて幸せな時間を過ごしたのではないかと思う。



大正時代からの歴史ある建物をじっくりマイペースに見学していって、時間は1時間半ほど経っていた。
