
港区女子の国家機密 ―なぜ彼女たちの自宅はSNSに登場しないのか―
ごきげんよう、令嬢方。
深夜。
飲み会も終わり、そろそろお開きという時間になりますと、
自称「港区女子」のお嬢様が、こうおっしゃいますの。
「タクシー代、ください♡」
まあ。大変ですこと。
終電を逃してしまったのかしら。
そう思いまして、行き先を伺いますと――
港区ではございませんの。
むしろ、かなり遠い。
わたくし、思いましたわ。
「港区女子というより、港区訪問女子ではなくて?」
■ 港区に住んでいるとは、誰も言っていない
自称港区女子。
なかなか巧妙な肩書きですの。
港区にいる。
港区で飲む。
港区のお店を知っている。
港区のホテルへ行く。
港区の話をする。
SNSにも港区の写真を載せる。
完璧ですわ。
ところが。
ひとつだけ、港区に住んでいるとは言っていない。
ここが重要ですの。
「港区女子」という言葉を聞いた側が、
勝手に住所まで港区だと思っているだけ。
つまり、港区という地名を、住所ではなくアクセサリーとして身につけている。
なかなか高度なブランディングですこと。
■ シンデレラではなく、終電チャレンジャー
夜の港区はたいへん華やかですわ。
高級店。
シャンパン。
夜景。
写真。
そしてSNS。
「素敵な夜でした♡」
ええ。素敵ですわね。
ところが深夜になると、現実が静かに姿を現しますの。
港区で飲む。
↓
写真を撮る。
↓
映える。
↓
終電がなくなる。
↓
「タクシー代ください♡」
なぜでしょう。
最後だけ他人負担ですの。
シンデレラですら、
「馬車代、王子様が払って♡」とは言わなかったと思いますわ。
しかも、こちらのシンデレラ。
午前0時を過ぎても魔法は解けません。
ただし、タクシー料金だけ現実になります。
■ ブランドは港区、生活圏は別
SNSを拝見しておりますと、
高級レストラン。
高級ホテル。
高級バー。
高級シャンパン。
そして、
「今日も素敵な夜♡」
たいへん華やかですわ。
ところが。
部屋の写真が、ほとんど出てこない。
不思議ですわね。
港区の夜景は毎日のように登場するのに、
港区の自宅だけ、なぜか国家機密ですの。
もちろん、自宅を公開しないのは当然ですわ。
ただ、
「港区」というブランドだけは、なぜか積極的に公開する。
つまり、
住所は非公開、港区ブランドは公開。
情報管理としては、たいへん合理的ですわね。
■ 港区は住所ではなく、背景になる
考えてみれば、
「港区女子」という言葉が面白いのは、
港区そのものより、港区にいる自分
が商品になるところですの。
どこで食べたか。
誰と飲んだか。
何を飲んだか。
どんなホテルに行ったか。
何時まで遊んだか。
場所が、そのままプロフィールになる。
極端に言えば、
本人より背景のほうが先に自己紹介してくれる。
「私はこういう人間です」ではなく、
「私はこういう場所にいる人間です」という自己紹介。
たいへん現代的ですわね。
■ 一番高いのは、やっぱり家賃
そして、わたくしがどうしても気になるのが、
港区の家賃だけは、なぜか人気がございませんの。
港区のレストランにはお金を使う。
港区のバーにもお金を使う。
港区のホテルにもお金を使う。
港区のシャンパンにもお金を使う。
ところが、
港区の家賃。
「高すぎる。」
まあ。そうでしょうね。
港区を愛しているのに、
家賃だけは愛せない。
実に都合のよい恋愛ですこと。
■ 最後に残るのは、タクシー代
そして飲み会の終わり。
「タクシー代、ください♡」
ここで初めて、港区の華やかな夜に、
生活感が戻ってまいりますの。
シャンパンは高級。
レストランも高級。
ホテルも高級。
けれど帰りの交通費は、誰かに払ってほしい。
夢の世界にも、どうやら実費が発生するようですわね。
結局のところ、港区女子とは住所ではなく、
港区という舞台に自分を置くライフスタイル
なのかもしれませんわ。
港区で飲む。
港区で撮る。
港区を語る。
そして――港区から帰る。
「お嬢様。」
「何かしら?」
「本日の偏見も、かなり危険でございます。」
「そうかしら。」
「ええ。全国の港区女子を敵に回しております。」
「安心なさい。」
「何がでございますか?」
「本当に港区に住んでいる方は、タクシー代を請求しませんわ。」
「……お嬢様。」
「何かしら?」
「その一言を言うためだけに、ここまで書かれたのでございますね。」
「もちろんですわ。」
「では、本日の記事で最も高価なものは何でございましょう。」
「シャンパンかしら?」
「いいえ。」
「では、ホテル?」
「いいえ。」
「お嬢様の性格でございます。」
まあ。
タクシー代より高いとは、ずいぶん失礼な話ですわね。