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Photo byma_033

風の音 2026 08 13

    贈り物でうまくいった事がないのではないか。

    20代。コロンビアの音楽「クンビア・デ・コロンビア」を聴いて脳内電流が走り、カセットテープにダビングして会社の先輩に渡したのが、音楽贈り物のはじめだったか。
    先輩がどんな音楽を好んでいたのかもしらずに。

    同じことを繰り返し、知り合いの男性には、ビル・エヴァンスとジェレミー・スタイグ(フルート)のデュオCD。女性には、アニタ・オデイ。なぜ?
    四半世紀後、再会し知ったのは、男性の方は、コルトレーン(テナーサックス)好きだった事実。アルバム『マイ・フェイバリット・シングス』あたり。

    自分が好きな音楽を、みなが好いてくれるわけではない。

    好きなジャズは、コルトレーンとキース・ジャレットと言った後、
    その場の1人は、『キース・ジャレットってジャズなの?』と私に返す。1990年くらいのことだ。

    時は、9年くらい過ぎ、言葉では言わなかったが、「キース・ジャレットをジャズと思っていなかったらしい」友人が、1枚のアルバムを持ってきて
    『キース・ジャレットはジャズだった』らしい。

    慢性疲労症候群の闘病生活からぬけ、奥様への感謝の気持を音楽にしたプライベートなアルバム。

    I Loves You Porgy

    買ってなかったので・・・くれるというので、受け取った。
    その後、かなり気に入り、複数(5人くらい)の人に贈ったが、どう受け取られたか。

    もう誰かにCDを贈ることもないだろう。


     
     
    読みたい本を読み進めていけば、自分の核が見えてくるかと思うのです。 否。「自分の核」ではなく、「無意識の全容」。 「自分という意識」は、「無意識」の注釈にすぎない。