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【読曞コラム】おいしいだけでは生きおいけない時代だから   楊双子『台湟挫遊鉄道のふたり』を読み、癟合ずクィアず癜色テロを振り返り、台湟文孊が持っおいる䞖界を倉える力に぀いお考える

     いた、「食」ず「シスタヌフッド」を芋事に融合させた台湟文孊に泚目が集たっおいる。楊双子『台湟挫遊鉄道のふたり』(2020)だ。

     翻蚳が2024幎に党米図曞賞翻蚳賞、2026幎に囜際ブッカヌ賞を受賞するなど䞖界的に高く評䟡されおいる。

     1984幎生たれの楊双子はペンネヌムに「双子」ずいう蚀葉を䜿っおいる通り、もずもずは双子の姉効で共同創䜜を行なっおいた。倧孊院で台湟文孊史を孊び、倧衆文孊や挫画アニメの研究をしおいる姉が物語パヌトの執筆を担圓。倧孊院で歎史を専攻した効が日本統治時代の資料調査ず日本語文献の翻蚳を担圓。

     二人で同人掻動を䞭心に小説を曞いおきたが、効が癌で30歳で亡くなり、以降、姉は楊双子ずいう名前のたた掻動を継続。いたも効ず䞀緒に曞いおいるずいう思いを蟌めおいるずいう。

     日本統治時代の台湟を舞台に、圓時の空気を再珟しながらの癟合小説が人気ずなり、「歎史癟合小説」ずいうゞャンルが広がるきっかけになった。

    「癟合」ずは


     ちなみに「癟合」ずはポップカルチャヌやサブカルチャヌにおいお、女性同士の芪密な関係や恋愛、たたはそれを描いた䜜品のゞャンルを「癟合」ず呌ぶ。日本発祥の蚀葉。

     発案者は日本初の商業ゲむ雑誌『薔薇族』1971幎〜の線集長・䌊藀文孞。ギリシャ神話の「男同士の愛の堎所は薔薇の朚の䞋だった」ずいう゚ピ゜ヌドから男性同士の関係を「薔薇」ず称し、それに察応させる圢で女性同士の関係を「癟合」ず呌んだ。雑誌内に「癟合族の郚屋」ずいう女性読者の投皿コヌナヌも蚭けた。

      そんな「癟合」ずいう蚀葉が䞀般的に普及したきっかけは、1983幎、日掻ロマンポルノ『セヌラヌ服 癟合族』が異䟋な圢でヒットしたこず。

     埓来のレズビアン映画は陰湿に撮られおいたが、『セヌラヌ服 癟合族』は明るくポップでスタむリッシュな撮り方を培底。おしゃれな印象によっおポルノ映画なのに女性客からの支持を獲埗。ある意味で2020幎代に盛り䞊がっおいる『ベむビヌわるきゅヌれ』など「女性バディもの」の先行䟋ずも蚀える。

     なお、監督の那須博之はこの䜜品の2幎埌、『ビヌ・バップ・ハむスクヌル』シリヌズで䞍動の人気を獲埗する。劻である脚本家の那須真知子ず共同で仕事をするこずで知られ、『セヌラヌ服 癟合族』にもその圱響があったのかもしれない。

     ずはいえ、ポルノ映画のヒットで普及した蚀葉なので、「癟合」は性的なワヌドずしお䜿われる傟向が匷かった。そのむメヌゞが激倉するのは2000幎代に入っおから。

     1998幎にコバルト文庫から第巻が発売され、䞍動の人気䜜ずなったラむトノベル『マリア様がみおる』によっお「癟合」はポップカルチャヌになっおいく。䜜者の今野緒雪は特に意識したわけではなかったず明かしおいるけれど、読者はそこに「癟合」の本質を芋出し、性的なものだけに回収されない女性同士の関係ができあがる。

     2005幎には日本初の癟合専門コミック誌『コミック癟合姫』が創刊。マンガやアニメの䞀倧ゞャンルずしお確立。それらが䞖界に進出するこずで、英語圏やアゞア圏を䞭心に海倖のオタクカルチャヌや文孊界で”Yuri”が共通蚀語ずなる。

     なお「癟合」の前身にあたる文化・文孊ゞャンルずしお「゚ス」がある。倧正時代から昭和初期にかけおの日本の女孊生の間で流行し、女性同士の特別な粟神的絆や疑䌌姉効関係が盛り䞊がった。

    「Sisterシスタヌ」の頭文字「S」が語源。友だち以䞊の情熱的で恋愛に近い感情を䌎うけれど、基本的には粟神的で枅らかな結び぀きプラトニックであるこずが重芖された。

     吉屋信子の少女小説『花物語』などを通じお広たったずされる抂念で、珟圚は柚朚麻子『BUTTER』や王谷晶『ババダガの倜』など䞖界的に人気ずなっおいるシスタヌフッドの源流ずしお泚目されおいる。

    『マリア様がみおる』は擬䌌姉効をテヌマにした䜜品なので、「癟合」は「゚ス」ず融合し、性的なワヌドから䞀般的なゞャンルぞず拡倧しおいく。


    楊双子にずっおの「癟合」


     楊双子は姉効そろっおは2008幎ごろ、日本発の癟合文化に没頭したずいう。効は癟合文化そのものを研究し、姉は癟合をテヌマずした創䜜を行った。

     䞭華圏の文孊界で2004幎、フォヌラム「癟合䌚」が立ち䞊がっお以降、「癟合」は人気ゞャンルずなっおいた。それを受けお台湟でも癟合サブカルチャヌが埐々に展開され、20代前半の楊双子姉効も魅了した。

     その䞊で楊双子はむンタビュヌにおいお、日本の癟合䜜品はファンタゞヌ色が匷いず指摘。自分が描く癟合小説は舞台ずなる歎史においお、圓時の女性たちが眮かれた過酷な珟実ず同性の仲間ずどう向き合っおきたかに焊点を圓おおいるずいう。

     このように蚀葉は同じ「癟合」であっおも、時代や地域、語り手の想いによっお瀟䌚的意味合いに倉わっおくるこずが垣間芋える。

     2024幎11月21日、『台湟挫遊鉄道のふたり』で党米図曞賞翻蚳郚門を受賞した際、楊双子は受賞スピヌチで次のように語っおいる。

     なぜ、癟幎前のこずを小説に曞くのか、ず蚊かれるこずがありたすが、その床に私は、過去に぀いお曞くこずは、未来ぞ向かっお行くためだず答えたす。
     癟幎前、ある台湟人が「台湟は台湟人の台湟である」ず蚀いたしたが、今日の台湟人も同じこずを蚀いたす。けれども盞手は違いたす。癟幎前は日本人に向けられたものでしたが、珟圚は䞭囜人に察しおです。
     台湟は垞に、䟵略的な匷倧な囜家が隣にあるずいう状況に察峙しおきたした。それず同時に、台湟人同士でも、囜家アむデンティティ、゚スニックグルヌプのアむデンティティの違いに向き合っおきたした。
     癟幎前、自分のこずを日本人だず思っおいた人々がいたように、珟圚、䞀郚の人は自分は䞭囜人だず認識しおいたす。
     私が過去を曞くのは、台湟人ずはいったい䜕者なのか、ずいう問いに答えるためです。そしお台湟の過去に関する䜜品を曞き続けるこずで、より良い未来に向かっおいきたいのです。

    赀束矎和子『台湟文孊の䞭心にあるもの』, むヌスト・プレス, 2024, 240頁


    「芪日」ずいう蚀葉の危うさ


     この背景には䞀郚の偏った意芋が圓事者の声ずしお、政治的に郜合よく利甚されおきたこずぞの抵抗感がある。

     台湟文孊研究者の赀束矎和子は著曞『台湟文孊の䞭心にあるもの』(2024)の䞭で「芪日」ずいう蚀葉の危うさを指摘しおいる。そしお歎史瀟䌚孊者の措郁劂『誰の日本時代』(2021)を匕甚し、「芪日」ずいう蚀葉によっお、ないものずされおきた過去の痛みを瀺しおいる。

    台湟は垞に「芪日」ずいう修食語を冠され、あたかも和解の課題ずは遠く隔たり、甚だしく異なる存圚のようである。「芪日」は、そのたた日本怍民統治に察する台湟の歎史評䟡であるかのように芋なされ、各皮の蚀論空間に氟濫しおいる。「芪日台湟」は固有名詞ずしお、「反日韓囜」「反日䞭囜」ずは察極的な存圚ずされおいる。このように単玔化された図匏は、今日の日本瀟䌚においお、歎史問題をめぐる東アゞア諞囜の立堎を認識する枠組みずしお垞甚されおいる。過去の歎史に察する台湟人の「非批刀的な語り」をいかに理解すべきであろうか。䞀九〇〇幎代以降の日本瀟䌚では以䞋の四぀のタむプの解釈が芋受けられる。第䞀の解釈は、「芪日」を日本怍民地統治の正圓性の蚌ず芋なすものである。䞭略第二の解釈は、囜民党統治ずいう台湟人の戊埌経隓に着目するものである。䞭略第䞉のタむプは、台湟人の戊略によるずいう説明である。䞭略第四のタむプは、ラむフ・コヌスの芳点から、戊前䞖代が自らの青春の蚘憶を懐かしみ、ある皮のノスタルゞアの衚出ずしお「芪日」をずらえる立堎である。

    さらに続ける。

    耇数の䞖代間に走る蚘憶の断局は、台湟における五䞀幎間の日本怍民地統治、そしお䞀〇〇幎来の政治倉動の歎史的産物であった。日本の怍民地支配に察する台湟瀟䌚の歎史評䟡は耇雑で幟重にも枝分かれしおおり、単玔な怍民地批刀には収斂しおいかない。だからずいっおこのような「非批刀的な語り」を安易に「芪日」に結び぀けるのは避けるべきだろう。「われわれの過去」を明快に語れない苊しみそのものが、数䞖代にわたり刻印された怍民地䞻矩の傷痕であり、和解はこうした他者の歎史を理解しお初めお可胜ずなるであろう。

    赀束矎和子『台湟文孊の䞭心にあるもの』, むヌスト・プレス, 2024, 182-184頁

     ここで具䜓的に問題芖されおいるのは叞銬遌倪郎ず小林よしのりなどが行った日本䞭心の台湟理解。

    『台湟玀行』で、叞銬遌倪郎1923-1996は、戒厳什解陀埌ただ日が浅く、民䞻化の熱をたずった1993幎の1月ず4月に、日本文化に通暁し台湟文化に誇りを持぀「老台北」こず蔡焜霖さい・こんりん、1927 - 2017などの案内で台湟をめぐり、李登茝り・ずうき、1923 - 2020匕甚者泚盎接遞挙で遞ばれた初の総統ずも察談しおいる。
     日本語の台湟に関する曞籍を読み呚到に準備をした叞銬は、日本語人匕甚者泚1895幎から1945幎たでの日本統治時代に台湟で生たれ、孊校教育などで日本語を習埗した人々の案内を通しお、珟地で芋たこず感じたこずを、台湟、日本の歎史に䜍眮づけ、囜ずは䜕かを読み解いおいく。
     歩道は公共のものだが「台北では商店ごずの私が優っおいる」から歩道が凞凹しおいるずいう叞銬の分析に察しお、蔡焜霖は、「戊前の台北では、ありえないこずでした  䞭略蔣介石氏がきおから倧陞の䞇人身勝手ずいう颚をもちこんだのです」ず応じおいる。
     資本䞻矩が「私」から出発しおいるず考える叞銬は、倧繁盛する台北を芋お、犏沢諭吉の「立囜は私なり、公に非ざるなり」を思い出し、資本䞻矩がより巚倧になる前に公の粟神を搔き立おねばず李登茝に䌝える。李登茝は、「シバさん、私は二十二歳たで日本人だったのですよ  䞭略  初等教育以来、先生たちから日本人はいかにすばらしい心を持っおいるか ヌ おそらく公に奉ずる粟神に぀いおに盞違ない ヌ ずいう教育を受け続けたんです」ず返答する。叞銬はそれに察しお「そういわれおみるず、李登茝さんは日本人の理想像に近い人かもずも思えおくる」ず述べおいる。

    赀束矎和子『台湟文孊の䞭心にあるもの』むヌスト・プレス, 2024, 176-177頁

     叞銬遌倪郎(1923-1996) は同䞖代の日本語人2人ず共鳎し぀぀、同時に怍民地支配の非人道性を認めおいる。察しお、戊埌生たれの小林よしのりにそういう自責の念は芋られない。

    『台湟玀行』から7幎埌、小林よしのり『台湟論』小孊通が刊行された。『台湟玀行』ず同じく李登茝ず蔡焜霖のふたりに、蚱文韍きよ・ぶんりゅう、1928-2023が加わり1920幎代生たれの被怍民経隓のある日本語人の声を通しお、台湟の囜生み物語が展開される構成だ。『台湟論』は小林よしのりの蚀葉で次のように終わる。

    䞭囜のように「私」が蔓延しおいる地ではなく、日本ず共に歩んだ時代に受け取っおくれた「日本粟神」を今も宿しお 「公」の感芚を育おようずしおいるこんな囜を倧切に思わないわけにはいかない。 䞭略 
    歎史的にも地理的にも人の情の面においおも日本に䞀番近い島台湟日本はもうこの囜を無芖できないずころたで来おいる。囜民囜家・台湟が誕生した時、圌ら台湟人の未来の知識人の䞭からこそわが日本の歎史を客芳的に評䟡し盎す人々も出おくるかもしれない

     ぀たり、「「私」が蔓延しおいる」䞭囜ず「公」を育おようずする台湟を察比し、䞭囜批刀のための台湟論が展開されおいる。「私」の䞭囜ず「公」の台湟ずの差異は「日本粟神」を宿しおいるか吊かずいう論拠を提瀺し、日本自己肯定の物語、延いおは日本怍民地統治肯定の物語、日本の歎史論戊のための「台湟」ずしお、『台湟論』は締めくくられおいるのだった。ちなみに叞銬の『台湟玀行』には「日本粟神」ずいう蚀葉は䞀蚀も出おこない。

    赀束矎和子『台湟文孊の䞭心にあるもの』むヌスト・プレス, 2024, 184頁

     叞銬遌倪郎も小林よしのりも、日本語人で瀟䌚的に成功した高霢者ずいう特殊な人たちの話だけを聞き、自分たちの思想に匕き付けお台湟を理解した気になっおいた。

     しかし、実際の台湟には様々な立堎の人たちがいる。挢民族が移䜏しおくる以前から台湟に暮らしおいるオヌストロネシア語族南島語族の原䜏民、怍民地支配の過皋で殺されおいった人々、声をあげるこずを蚱されなかった女性たち。

     そういう人たちの意芋はないものずされおきた。

     わたしたちは自分が話せる盞手をその集団の代衚ず勘違いしがちだ。カズオ・むシグロは分断が進む瀟䌚の原因ずしお、こうした同族バむアスがポスト・トゥルヌスの分断に぀ながるず指摘しおいる。

     俗に蚀うリベラルアヌツ系、あるいはむンテリ系の人々は、実はずおも狭い䞖界の䞭で暮らしおいたす。東京からパリ、ロサンれルスなどを飛び回っおあたかも囜際的に暮らしおいるず思いがちですが、実はどこぞ行っおも自分ず䌌たような人たちずしか䌚っおいないのです。

     私は最近劻ずよく、地域を超える「暪の旅行」ではなく、同じ通りに䜏んでいる人がどういう人かをもっず深く知る「瞊の旅行」が私たちには必芁なのではないか、ず話しおいたす。自分の近くに䜏んでいる人でさえ、私ずはたったく違う䞖界に䜏んでいるこずがあり、そういう人たちのこずこそ知るべきなのです。

    東掋経枈オンラむン
    カズオむシグロ語る感情優先瀟䌚の危うさ事実より䜕を感じるかが倧事だずどうなるか

     䌌たような芖点で赀束矎和子は過去の歎史に向き合うこずの重芁性を述べ、『台湟挫遊鉄道のふたり』のような歎史小説が過去の痛みを理解するために必芁なんだず䞻匵する。

     䞀郚の日本語人の「非批刀的な語り」を「台湟」ずいう倧きな䞻語に眮き換え、創られた怍民地肯定の語りから、どのように脱华するのか。措郁劂は、あずがきで、「「もう䞀぀の日本時代」を提起するこずは、告発でもなく、糟匟でもない。日本ず台湟の間には、戊埌の民間瀟䌚の亀流の䞭で䞀歩䞀歩、着実に築き䞊げおきた信頌関係があるからこそ、これからも互いの過去の歎史に向き合い、理解を深めるずいう、本圓の意味での和解が実珟できるず信じおいる」ず蚘しおいる。
     理解するための鍵は、歎史を盎芖するこずももちろんだが、珟圚の台湟における日本統治期ぞの県差しずその倉遷に぀いおは、個人の物語ずしお、日本統治時代に向き合い、衚珟し続け、その瀟䌚をアヌカむブしおきた台湟文孊も道暙ずなる。

    赀束矎和子『台湟文孊の䞭心にあるもの』, むヌスト・プレス, 2024, 184頁


    日本統治時代の台湟に関する幻の資料


     台湟で『台湟挫遊鉄道のふたり』が発売されたずき、以䞋のような宣䌝文が話題ずなった。

    戊前の台湟を旅した日本人䜜家・青山千鶎子の
    長らく絶版ずなっおいた自䌝的小説を
    楊双子が発掘し、新たに䞭文に蚳した䜜品

     これによっお歎史に関心を持぀人たちが「日本統治時代の台湟に関する幻の資料が発芋されたらしい」ず泚目し、読んでみたいずいう声が盛り䞊がった。

     実際、本の冒頭には昭和13幎(1938)の青山千鶎子の新聞蚘事や昭和29幎(1954)に初版が出たずきの前曞き、昭和45幎(1970)に再版されたずきの青山の嚘のコメントが掲茉されおいる。

     ちなみに『台湟挫遊鉄道のふたり』のあらすじは以䞋の通り。

     1938幎、芪が勝手に進めようずしおるお芋合い話から逃れるように、日本の若き女性䜜家・青山千鶎子は日本統治䞋の台湟ぞやっおきた。ちょうど自分の䜜品が映画化され、台湟で暮らす日本人から講挔䌚のオファヌが盞次ぎ、講挔旅行しながら各地の矎味しいものを食べ、玀行文を曞こうず蚈画しおいる。

     しかし、日本人のスタッフが甚意しおくれる食事は日本人向けのものばかり。地元で日垞的に食べられおいる本圓の台湟料理を出しおずお願いするも、日本人通蚳は過去にそれでトラブルがあったので、適圓に誀魔化し続ける。

     そんな圌女の前に、新しい通蚳兌付添人ずしお珟れたのが、地元の高名な旧家の什嬢である台湟人女性・王千鶎だった。千鶎は聡明で、日本語も完璧、さらには台湟の歎史や矎味しい食文化、料理の腕にたで長けた青山千鶎子にずっお理想的な女性だった。

     名前に同じ「千鶎」の字を持぀二人はあっずいう間に意気投合。台湟のすべおを食べ尜くそうず盛り䞊がるも、ちょっずした䌚話の端々に、青山千鶎子の無自芚な差別がにじみ出お、二人は少しづ぀、でも着実にすれ違っおしたう。


     そんなわけで各章のタむトルはおいしい食べ物なのが特城。二人は次から次ぞずご銳走を平らげおいく。

     青山千鶎子は王千鶎ずおいしいものを食べる時間に幞せを感じ、い぀たでも䞀緒に暮らしおいたいず望み、日本に垰るずき、䞀緒に぀いおおいでず繰り返し誘う。

     王千鶎に家族が決めた蚱嫁がいるず聞けば、あなたみたいに才胜がある若い女性なら、もっずやりたいこずがあるはずでしょ ず、家族を捚おお、わたしず日本で暮らしたしょうず蚀う。

     さらに日本人が泚目しない台湟文化に觊れるたび、日本のものず同じぐらいすごいずか、日本の文化を取り入れお発展しおいるずか、日本の方が発展しおいるずいう前提で、王千鶎を守るために連れお行っおあげるずいう無意識の芖点が垣間芋える発蚀が増えおいく。

     これに王千鶎は溜め蟌んでいた気持ちを爆発させおしたう。

    「この䞖界に、青山さんほど私のこずを倧切にしおくれる人はいたせん。私にずっお、青山さんは唯䞀無二の、特別な人です。これは決しお動かすこずのできない事実です。䞀緒に時間を過ごすに぀れお、私は青山さんにどんどん近づいおきたした。このたたゆけば、私たちはそれぞれの心を開き、お互いの倧事な人になっおしたうでしょう。 ヌ でも、私はそのこずを恐れおいたす。青山さんが倧事にしたいのは、青山さんの保護を必芁ずする、物わかりの良い本島人の通蚳です。でもそれは、本圓の王千鶎ではない、本圓の私ではないのです。こんなこずで、青山千鶎子ず王千鶎は本圓の友達だず蚀えるのでしょうか   私は最埌に、ずおも傲慢な結論に至りたした。私ず青山さんは、仕事䞊の関係を保っおおくのが、最も理想的な状態なのです」

    楊双子『台湟挫遊鉄道のふたり』䞉浊裕子(èš³), 䞭倮公論新瀟, 2023, 289頁

     おいしいものをきっかけに境遇の異なる二人の女性が出䌚い、女性であるこずを理由に抌し付けられた生きづらさを通しお、シスタヌフッドを築く垌望が描かれる。おいしいものを䞀緒に食べるずいう日々が氞遠に続けばいいずお互いに願っおもいる。

     しかし、怍民地支配や戊争ずいう個人レベルではたたならない問題によっお、瀟䌚的に察等な関係を築けないずいう壁にぶ぀かる珟実の厳しさも描かれる。

     最終的に第二次䞖界倧戊で日本は負け、青山千鶎子ず王千鶎は離れ離れになり、もう二床ず再䌚するこずはなかった

     そしお、青山千鶎子が亡くなった埌、その逊女が『台湟挫遊鉄道のふたり』を埩刊させる過皋で奇跡的な出䌚いが積み重なり、二人の間に友情以䞊の愛情があったこずが時代を超えお確かめられおいく。


     そんな内容の小説が以䞋の宣䌝文で売り出されたこずになる。

    戊前の台湟を旅した日本人䜜家・青山千鶎子の
    長らく絶版ずなっおいた自䌝的小説を
    楊双子が発掘し、新たに䞭文に蚳した䜜品

     圓然、すごい実話があったずなるわけだけど、本圓はぜんぶ楊双子による創䜜。フェむクドキュメンタリヌ的な䜜品だった。

     このこずが発芚するず台湟のSNSでは炎䞊隒動になり、出版瀟は謝眪し、楊双子も釈明文をFacebookに投皿した。

     ずはいえ、フィクションず公衚した埌も䜜品のクオリティが倉わるわけではなく、むしろどんどん売れおいった。食ずシスタヌフッドを組み合わせた物語は読者の支持を集め、台湟だけでなく䞻芁な囜際文孊賞を受賞。楊双子はいずれノヌベル文孊賞をずるこずも十分あり埗るだろう。個人的な予想

     特に「食」は時代も地域も超越した題材ずしお、分断が進む珟代においおも、䞖界䞭の人が共感可胜であり、他者の気持ちを思い出すための重芁な芁玠であるこずを蚌明した。

     もちろん「食」だけでなく「癟合」を文孊のモチヌフに遞んだこずも重芁。

     先述の通り日本の癟合䜜品はファンタゞヌ色が匷く、『台湟挫遊鉄道のふたり』みたいに䌝統的な文孊のフォヌマットで描き切ったものは芋圓たらない。正確にはあっおも公的な評䟡を埗おいないか、「癟合」ずいうラベルでは売り出されおいないか。

     なぜ台湟文孊ではそれが可胜だったのか

     背景にクィア文孊同志文孊が発展しおきた歎史がある


    なぜ台湟でクィア文孊同志文孊が発展したか


     ちなみに「クィア」ずは、もずもずは䟮蔑語だった「クィアQueer」ずいう呌ばれ方を、1980幎代埌半、暩利運動の䞭で性的マむノリティの人たちがあえお自らのアむデンティティずしお匕き受けた抂念。

     これは1930幎代にフランス領マルティニヌク出身の詩人゚メ・セれヌルらが蔑称だった「NÚgreネグロ」をあえお匕き受け、「黒人であるこずの誇り・固有の文化䟡倀」を意味する抂念ずしお「ネグリチュヌド」を䜜り出した文孊運動に通じるものがある。癜人からの差別をなくそうずするのではなく、差異があるずいう枠組みだけは認めた䞊で、むしろこちらの方に䟡倀があるず反転攻勢に出るための戊略的䞻匵である。

     こうした「蔑称の逆利甚ず䟡倀の反転」を性的マむノリティの暩利拡倧を進める䞊で必芁なものずしお、理論的な基瀎を構築したのは哲孊者ゞュディス・バトラヌ。

     バトラヌは『ゞェンダヌ・トラブル』(1990)の䞭で、「女性」や「男性」ずいった性別ゞェンダヌは生たれ぀きの䞍倉なものではなく、瀟䌚の芏範や蚀葉、日々の振る舞いの繰り返しによっお䜜り䞊げられおいるパフォヌマティノィティ行為遂行性ず䞻匵した。さらにゞェンダヌずセックス身䜓的な性差ずいう枠組みの解䜓も詊みた。

     芁するに、男女ずいう区別が存圚するかどうかだけではなく、わたしたちが性別をどのように理解し、瀟䌚の芏範や制床を通じお、䜕を「自然」で「普通」だずみなしおいるのか、ずいうこずを問い盎した。

     これは1990幎代の第䞉波フェミニズムの粟神的支柱ずなり、未だに賛吊䞡論を呌び続けおいるけれど、それがバトラヌの狙いだった。

     䌝統的な性的芏範をよしずする人たちの考え方を倉えるためには、むしろ、おかしいずされおきた偎が正圓であるず論理的な䞻匵を行い、これたでの普通を砎壊する必芁があった。

     そうやっお誰もが普通ではないずいう䞖界を䜜るこずで、マゞョリティも自分は普通だから倧䞈倫ず安心できなくなるため、制床を倉える議論がはじめお可胜ずなる。

     バトラヌはこれたでの暩利獲埗運動においお、マゞョリティが怒るマむノリティに察し、「もっず冷静に話をしおくれないず聞く気がおきない」ず蚀っおきたこずを問題芖した。

     マゞョリティが制床を倉えたくないのは自分たちが珟状に満足しおいるからで、マむノリティのために制床を倉え、䞇が䞀でも損するこずになったら困るから、「態床がよければ話ぐらい聞いおやるよ」ずいう発想にあるのではないかず分析。

     だからバトラヌは珟状の制床をバグらせ、マゞョリティもこのたただず困るようにしないず議論は進たないず考えた。䟋えば、それが「ゞェンダヌずセックスの無効化」や「蔑称の逆利甚ず䟡倀の反転」などであった。

     この考え方が性的マむノリティの暩利獲埗運動ず共鳎しおいく。

     埓来、性的マむノリティは自分たちのアむデンティティを認めおほしいず䞻匵するこずを目的に運動をしおいた。そのためレズビアンずゲむ、バむセクシュアル、トランスゞェンダヌはそれぞれ別のグルヌプで、なんなら察立関係で憎しみ合うこずもあった。

     そうなるず民䞻䞻矩のもずで制床を倉えるこずは難しい。䞀応、1980幎代埌半から芏暡を倧きく芋せる連垯ずしお「LGBT」を名乗るようになるも、実際はうたくたずたらなかったずいう。

     しかし、1990幎代に入るず、バトラヌらが提瀺した「性にた぀わる固定的な枠組みそのものをバグらせる」ずいう思想がアクティビズムの珟堎ず互いに圱響し合う。これにより性的マむノリティ同士を隔おおいた壁も流動的なものぞず解䜓されおいく。「LGBT」は単なる個別属性の詰め合わせではなく、珟状の䞍条理な制床や芏範によっお排陀されおいる人々の共闘関係ずしお再定矩された。

     その結果、既存の「L・G・B・T」ずいう固定的なカテゎリヌに圓おはたらない人々や、枠組みそのものに抗う人々をも包括する蚀葉ずしお「クィアQueer」が決定的な意味を持぀ようになる。こうしお「LGBTQ+」の「Q+」は、単にカテゎリヌを1぀増やしたのではなく、これたでの境界線を垞に開き続け、連垯を拡匵し続けるための重芁な゚ンゞンずなった。


     こうしお発展しおきた「クィア」の思想は90幎代の台湟でも「酷兒」ず翻蚳される圢で普及する、

     台湟は1987幎たで戒厳什䞋にあり、蚀論や衚珟の自由が厳しく制限されおいた。87幎に戒厳什が解陀されるず、それたで匟圧されおいた政治運動や瀟䌚運動が䞀気に噎出。その䞭でフェミニズムやセクシュアル・マむノリティの暩利運動も急激に掻発化。

     自由を手にした䜜家たちはこれたでタブヌだった「性の倚様性」や「瀟䌚の暗郚」を文孊のテヌマずしお積極的に取り䞊げるようになる。

     その埌、1989幎に銙枯で開催されたLGBT映画祭が「銙枯同志圱展」ず蚳されたこずから「同志」「LGBTQ+」ずなり、クィア文孊は同志文孊ず呌ばれるようになっおいく。


     翻蚳がプレミア䟡栌になっおいるの日本語で読むのは難しいけど重芁な台湟クィア文孊に぀いお、抂芁をご玹介。

    癜先勇『孜子げ぀し』(1983)

    1983幎ただ戒厳什䞋に発衚された、ゲむの若者たちを描いた長線小説。同性愛を理由に退孊凊分を受け、父芪からも家を远い出され、圷埚いたどり着いた公園で、倜な倜な同性愛者たちが集たり、自分たちの「王囜」を築いおいるず知るずいうもの。のちにドラマ化され、瀟䌚珟象になった。


    邱劙接『ある鰐の手蚘』(1994)

    台湟倧孊に通うレズビアン倧孊生の物語。女友だちを奜きであるこずの苊しみが描かれる。自らを鰐のような性別䞍明なモンスタヌに喩え、人間の着ぐるみで誀魔化しおいるけれど、い぀正䜓がバレお凊分されおもおかしくないず怯えおいる。著者は25歳のずき、留孊先のフランスで自殺。日本文孊の圱響特に村䞊春暹が芋られる。


     なお、邱劙接『ある鰐の手蚘』の曞き出しは以䞋の通り。

    「来る時に、䜕かおもちゃ持っお来おくれない」ず鰐が蚀う。
    「いいさ。僕が瞫ったお手補の䞋着を持っおいっおあげよう」ず倪宰治。
    「䞖界䞀矎しい曞架ずいうのはどうだね」ずこれは䞉島由玀倫。
    「ボクの早皲田の卒業蚌曞のコピヌ癟枚をキミのトむレに貌るっおのはどうかな」ず村䞊春暹。
              『ある鰐の手蚘』垂氎千恵蚳、䜜品瀟、7頁

    赀束矎和子『台湟文孊の䞭心にあるもの』, むヌスト・プレス, 2024, 34-35頁

     孀独な䞻人公が頭の䞭で、奜きな䜜家たちず深く察話しおいるようなむメヌゞずしお、日本の䜜家たちが登堎する。特に䞉島由玀倫『仮面の告癜』はゲむ文孊ずしお、村䞊春暹『ノルりェむの森』はレズビアン文孊ずしお、台湟では受容されおきたようで、その圱響力の匷さが䌝わっおくる。


     ちなみにいた日本語で読みやすい台湟クィア文孊にはこんなものがある。

    陳雪『蝶のしるし』(1996)

     恋愛結婚し、出産し、真面目に働く倫ず可愛い嚘を愛し、䞉十歳の女子校教垫は自他ずもに認める「幞せな家庭」に満足しおいた。
     あるずき、幎䞋の女の子ず出䌚い恋に萜ち、自分がこれたで「よき嚘」「よき劻」を人圢のように挔じおきただけだず認識しおしたう。それでも萜ち床のない倫に申し蚳なくお、こっそりず浮気を続ける。
     そんな䞭で教え子から同玚生を奜きになっおしたったず盞談を受ける。か぀お自分も同玚生を奜きになり、でも、瀟䌚の反発に負けお諊めた過去を思い出し、教え子を応揎するこずに。
     しかし、教え子たちの関係は噂を呌び、そのこずを知った芪が激怒した結果、取り返しの぀かない悲劇が起きおしたう。教垫ずしおの責任を問われ、倫からも垞識がないず怒られ、無理やり「普通」を求められるうちに圌女の䞭でなにかが壊れる。
     倫ず子どもを捚お、愛する女の子ず生きる道を遞ぶ。


     90幎代のこうした同志文孊ぱンタメを越え、政治運動や瀟䌚運動ず結び぀き、様々な問題を可芖化する重芁な圹割を果たしおいく。知識人や孊生の間でゞェンダヌ意識が浞透し、2004幎の性別平等教育法の制定、2019幎の同性婚法制化など法的な政治改革を埌抌しする䞖論のベヌスずなっおいく。

     特にレズビアン文孊は瀟䌚や家庭からの孀立、粟神的苊痛による自死を結末ずする䜜品が倚く、これは圓時の抑圧的な政治・瀟䌚状況の反映であり、レズビアンが自殺しなくおいい瀟䌚を目指すが共通認識ずなっおいく。

      こうした文孊の圱響もあり、90幎代から女性の暩利意識が広がっおいく。遞挙においおは䞀定数の議垭を女性に割り圓おる「クオヌタ制」の導入が進められ、2000幎代以降の法改正を経お制床化が定着。

     その結果、囜䌚議員立法委員に占める女性の割合は40%を超えるたでに増加し、アゞア最高氎準のゞェンダヌ平等議䌚を実珟しおいる。

     最近では「クオヌタ制」に頌らず遞挙で勝利する女性議員も増え、2016幎には蔡英文が初の女性総統に就任した。

     䞀方で、家父長制も未だ根匷く、特に男性同性愛者が子どもを䜜らず、家系を途絶えさせるこずに察する抵抗は匷いずいう。

     そのためゲむ映画では色々あったけど子どもは䜜るずいう萜ずし所を遞ばざるを埗ない䜜品が倚いず赀束矎和子は指摘しおいる。

     それでも1990幎代以降の台湟は、政治・経枈・テクノロゞヌ・瀟䌚制床などあらゆる偎面で先進的な倉革を遂げおきた。なぜ急激に倉わるこずができたのかず蚀えば、これたで䜕床か出おきた「戒厳什」ず「癜色テロ時代」が関係しおいる。


    「戒厳什」ず「癜色テロ時代」


     癜色テロ時代ずは1949幎から1987幎たで続いた䞭華民囜䞭囜囜民党政暩の戒厳什䞋で、反䜓制掟や知識人が激しく匟圧・虐殺された歎史のこず。その背景には第二次䞖界倧戊の終わりが深く関係し、日本統治からの解攟、囜民党の汚職、共産党ずの内戊、䞉぀の芁玠が耇雑に絡み合っおいる。

     ご存知の通り、日本は台湟を玄五十幎に枡っお統治しおきた。戊埌、それは䞭囜本土からやっおきた囜民党ぞず匕き継がれたわけなのだが、新しい官僚や軍人は汚職や䞍正を連発。台湟の経枈はハむパヌむンフレで厩壊しおしたう。

     さらに、同時期、䞭囜本土では蒋介石率いる囜民党ず毛沢東率いる共産党が激しい内戊囜共内戊を繰り広げおいた。結果ずしお、囜民党はこれに惚敗し、1949幎、蒋介石は政暩ごず台湟ぞ逃げ蟌むこずになるのだが、その以前から囜民党は「台湟に共産党のスパむが朜り蟌んでいるかもしれない」ずいう疑心暗鬌に陥っおしたう。

     そんな火薬庫状態で1947幎2月28日、恐怖政治の匕き金ずなる事件が起きおしたう。台北垂内で圹人が闇タバコを売っおいた未亡人の女性を銃の柄で殎打。激怒した呚囲の矀衆に発砲し、死者が出おしたう。垂民はこれに激怒。日頃の䞍満が爆発する圢で台湟党土に倧芏暡抗議デモが広がっおいく。

     囜民党政府はこのデモに関しお、共産党が裏で扇動した暎動であるず決め぀け、䞭囜本土から倧芏暡な軍隊を呌び寄せお歊力鎮圧しおしたう。もちろん、それは陰謀論めいおいるので、冷静な知識人たちは事件の仲裁に入ろうず努力する。が、囜民党は自分たちの意向に反する知識人を共産党のスパむ認定し、医垫や匁護士、政治家、孊者ずいった゚リヌト局が根拠のないたた虐殺された。その被害者は数䞇人にのがるず掚定される。これを二・二八事件ず呌ぶ。

     二・二八事件で民衆をねじ䌏せた囜民党政府は、1949幎5月20日、台湟党土ぞ戒厳什を発垃。新しい政党の結成は犁止され、集䌚、結瀟、蚀論、出版の自由もすべおなくなった。さらにはスパむを密告したら報奚金が払われるようになった。このスパむ認定は非垞にガバガバで、政府ぞのちょっずした批刀や発犁凊分の本を知らずに読んだだけでもスパむ容疑が成立。簡単に逮捕された。逮捕されるず匁護人は぀かず、非公開の軍事法廷にかけられ、倚くの堎合で即座に銃殺。運がよくお離島の刑務所で䜕十幎も監犁された。

     そんな地獄のような恐怖政治が台湟の癜色テロ時代であり、お互いを密告し合う緊匵感に耐える状態は1987幎の戒厳什解陀たで38幎も続いた。

    囜家暩力や保守掟・反革呜偎が巊掟・革呜掟に察しお行う暎力を癜色テロず呌ぶ。逆は赀色テロ。フランス革呜に由来する蚀葉

     ずころで21䞖玀の映画に絶察的な圱響を䞎え続けおいるホり・シャオシェン『悲情城垂』(1989)、゚ドワヌド・ダン『牯嶺街少幎殺人事件』(1991)はこの時期を描いた䜜品。監督たちの人生も反映されおいる。

     たず『悲情城垂』によっお二・二八事件は初めお公で語られるようになった。専門家は別ずしお、䞖界の人々が二・二八事件を認識したのもこの映画がきっかけ。

     そしお、『牯嶺街少幎殺人事件』は癜色テロ時代の息苊しさが子どもたちをいかに狂わせたかを䞖界に知らしめた。

     それでも未だに圓時を語る人は圧倒的に少なく、『悲情城垂』や『牯嶺街少幎殺人事件』のような䜜品を芋おいなければ、戒厳什が解陀された埌に生たれた䞖代や他の囜の人たちが癜色テロ時代に぀いお知らない状態が続いた。

     実際、圓時を生きた人たちは眪の意識を抱えおいる。

     自分を守るために身近な人を裏切ったり、私怚で嘘を぀いお無眪の人をスパむずしお告発したり、目の前で䞍圓なこずが行われおいるのに芋お芋ぬフリをしたり。

     未だに投獄・凊刑された人数が䞍明なたたなので、圓時の蚘憶は封印されおしたいそうになっおいた。

     しかし、2017幎に 䌝説的なホラヌゲヌム『返校 -Detention-』が発売され、䞖界䞭が癜色テロ時代を知るきっかけずなる。

    『返校 -Detention-』(2017)

     1960幎代、癜色テロ時代の高校が舞台。
     優等生だった少女は父芪の䞍倫ずDVがきっかけで家庭がぐちゃぐちゃになり、たわりからの噂で粟神的に远い詰められおいく。
     留孊経隓がある先進的な男性教垫は圌女を心配し、盞談に乗っおいるうち恋愛関係に発展。圌は意識の高い孊生を集め、犁曞の読曞䌚をこっそり開催しおいたが、圌女を巻き蟌みたくないず考えおいた。しかし、圓局の取り締たりは厳しくなり、䞇が䞀逮捕されたら巻き蟌んでしたうこずになるず圌女を突き攟す。
     唯䞀の理解者に芋捚おられたず感じた少女はよりを戻したく、先生の郚屋を尋ねる。するず、䞭から先生ず䞀緒に読曞䌚をやっおいた若い女性教垫ずの芪密な䌚話が聞こえおくる。
     わたしよりあの女を遞んだんだ 憎しみに駆られた少女は読曞䌚に参加しおいた男子生埒を隙し、犁曞リストを手に入れ、圓局に告発。結果、関係者は逮捕され、先生は死刑が決定する。
     少女はやがお自分がしおしたったこずの倧きさを認識し、眪の意識に耐えられず自ら死を遞ぶ。が、成仏できず、地獄をめぐるように孊校を圷埚い、眪ず向き合い続けるずいうホラヌゲヌム。

    『返校 -Detention-』は発売から数ヶ月で20䞇本を突砎、Steamランキングで䞀時䞖界第3䜍ずなり、PlayStation 4版ずNintendo Switch版でいたも広く遊ばれ続けおいる。

     むンディヌズゲヌムずしおは異䟋のヒットずなり、ゲヌム実況動画で実際にプレむしおいなくおも倚くの人が内容を把握しおいる。

     2019幎には台湟で実写映画化され、24日間で芳客動員数100䞇人を突砎し、幎間No.1の興行収入を叩き出すなど瀟䌚珟象ずなった。Netflixでドラマ化もされ、改めお䞖界が癜色テロ時代を知るこずになった。

     このように1990幎代以降の台湟では、小説も映画もゲヌムも楜しむためだけの゚ンタメではなく、政治的なものずしお負の歎史ず向き合い、具䜓的に瀟䌚の意識を倉えるための匷力な手段であり続けおいる。

     そのこずを螏たえお、楊双子『台湟挫遊鉄道のふたり』を読んでみるず、日本人であるわたしたちは向き合わなければいけない問題があるこずに気付かされる。いや、思い出されるず蚀った方が適切か。

     忘れおはいけないこずを知るために本を読たなくおはいけない。楜しいだけではどうにもならない時代を生きおいる以䞊、そういう読曞が必芁だ。




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