
ISFJは店長に向いている?店長経験から考える「適材適所」
こんにちは。
元アパレル店長のなぎです。
適応障害をきっかけに退職し、現在療養中です。
仕事を辞めてから、自分のこれまでの働き方について考える時間が増えました。
その中で、ふと思ったことがあります。
「私って、店長に向いていなかったのでは?」
今の私が出した答えは、少し違います。
私は、店長に向いていなかったわけではありません。
実際に6年間、店長として働くことができました。
ただ、「店長ができたこと」と「店長という仕事が、自分の強みを一番発揮できる仕事だったこと」は、少し違うのかもしれない。
私は、前に立って人を引っ張ることよりも、誰かのそばで支えたり、その人のいいところを見つけたりすることのほうが、自然にできる人間でした。
この記事では、そんな自分の性格を、以前受けたMBTIの「ISFJ」という結果も一つの手がかりにしながら、振り返ってみようと思います。
・数年前にやったMBTIを、もう一度考えてみた
数年前、MBTIが流行ったときに、私もやってみたことがあります。
そのときの結果は「ISFJ・擁護者」でした。
当時は、流行っているからやってみよう、くらいの気持ち。
「私はISFJなんだ」と思っただけで、深く考えることはありませんでした。
でも、仕事を辞めて自分自身について考える時間ができた今、自己分析の一つとして、改めてMBTIについて調べてみました。
もちろん、MBTIだけで人の性格が決まるとは思っていません。
ただ、「人それぞれ違うけれど、大きく分けるとこういう傾向がある」と考えてみると、私には妙に納得できるところがありました。
ISFJについて調べると、「人を支える」「周囲に気を配る」「責任感が強い」といった特徴が出てきます。
そして、向いている仕事について調べていると、人をサポートするような仕事が紹介されていることもありました。
それを見て、
「……確かに、私ってそっちのほうが合っているんじゃない?」
と思ったのです。
・昔からリーダーになりたくなかった
考えてみれば、私は小さい頃からリーダーになりたいタイプではありませんでした。
委員長になったこともないし、クラスの5~6人くらいのグループの班長になるのも嫌でした。
どうにかして、ならなくて済むようにしていた記憶があります。
そんな私が、入社2年目で副店長になり、4年目で店長になりました。
最初から「店長になりたい!」と思っていたわけではありません。
販売員として接客をすることが好きだったので、店舗で働き続けたいという気持ちはありました。
ただ、店舗で働くなら、副店長、店長という道が自然でした。
そして、人員状況や異動などが重なり、SVからも「副店長になってほしい」「店長になってほしい」と言ってもらいました。
「私には無理だと思っていたけど、そんなふうに言ってもらえるなら、もしかしたら私にもできるのかもしれない」
そう思って、店長になりました。
・私は「引っ張る店長」ではなかった
実際に店長になってからも、私は一人でみんなを引っ張っていくタイプではありませんでした。
初めて店長になったときの副店長は、私より2歳下の後輩。
コミュニケーション力もサポート力もあって、「この子こそ店長になったほうがいいんじゃないかな」と思うくらいの人でした。
本当にたくさん支えてもらいました。
その後も異動により副店長が変わるたびに、一緒に頑張ってくれる人たちに支えてもらいました。
だから私は、一人で店を動かしてきたわけではありません。
みんなの力を借りながら店長をやってきたのだと思います。
・仕事にはかなり真剣に向き合っていた
一方で、私は仕事に対しては、かなり真剣だったと思います。
例えば、仕事にあまりやる気がないように見えるスタッフがいたとき、
心の中では、「自分で選んだ仕事なんだから、ちゃんとやってよ。」
と思うことがありました。
今振り返ると、そう思ったのは、私自身が仕事に真剣に向き合っていたからなんだと思います。
私は、仕事が楽しかった。
任されたことはちゃんとやりたい。
そんな気持ちが強かったんだと思います。
見た目には、熱血タイプには見えなかったと思います。
でも、私の中には、静かな仕事への情熱がありました。
・私の特技は「人のいいところを見つける」こと
店長として、自分に足りなかったと思うところもあります。
私は、スタッフ一人ひとりの「ここを改善したほうがいい」という部分を見つけるのが、あまり得意ではありませんでした。
でも、その人のいいところはよく目に入りました。
「〇〇が上手だね」
「〇〇ができていてすごいよ」
と思うことはたくさんありました。
だから、よく褒めていたと思います。
私が異動するときにもらった色紙には、
「なぎさんはすごく褒めてくれて、それがモチベーションになりました」
「なぎさんに褒めてもらったことで、私も店長になる自信がつきました」
というような言葉が書かれていました。
私が言ったことがしっかり伝わっていて
嬉しい気持ちでいっぱいでした。
今振り返ると、
「これは私なりの店長のやり方だったのかもしれない」と思います。
・私が作りたかったのは「仕事が楽しい」と思える場所
私は、スタッフを圧倒的な力で引っ張っていく店長になりたかったわけではありません。
それよりも、
「仕事=つらいもの」
にはしたくなかった。
「明日仕事か……嫌だな」と思いながら働く場所にはしたくなかった。
仕事をするなら、できるだけ楽しく。居心地よく。
それぞれが自分の仕事をちゃんと頑張れる場所にしたい。
そんな気持ちがありました。
実際にスタッフのみんながどう感じていたのかは、私には分かりません。
でも、私から見た店舗は、みんなが楽しそうに働いている時間が多かったように思います。
私は「みんなで頑張りたい」と思っていたし、そんな私を支えて、一緒に頑張ってくれるスタッフもたくさんいました。
・「できる」と「向いている」は、違うのかもしれない
MBTIがすべてだとは思っていません。
でも、自己分析の一つとして見てみると、
「確かに私は、支える側のほうが自分の良さを発揮しやすいのかもしれない」
と、すごく納得できました。
そういえば小学生の頃、親から、
「なぎは縁の下の力持ちだから」
と言われたことがあります。
当時は気にしていませんでした。
でも、学校でも私は、リーダー的な子と仲良くなることが多かった。
グループの中でも、目立つ子の近くにいるような立場でした。
もしかしたら私は、昔から「前に立つ人」より「その人のそばにいる人」のほうが自然だったのかもしれません。
そこで私の心に残った言葉が、
「適材適所」
人には、向き不向きがある。
できる仕事と、自分の良さを一番発揮できる仕事は、必ずしも同じではない。
私は6年間店長を続けることができました。
だから、店長が「できなかった仕事」だったわけではありません。
むしろ、「私にも、店長ってできるんだ」
という発見がありました。
それまでほとんどリーダー的なことをしてこなかった私が、店長を6年間やった。
これは、私にとって大きな経験です。
・自分の力を発揮できる場所を探したい
では、最初の問いに戻ります。
「私は店長に向いていなかったのでは?」
今の私の答えは、
「向いていなかったわけではない。でも、私の強みを一番発揮できる仕事だったかというと、そうではなかったのかもしれない」です。
私は、店長として6年間働きました。
大変なこともありましたが、その中で人と関わり、お店をつくっていくこともできました。
だから、「私は店長に向いていなかった」と過去の自分を否定する必要はないのだと思います。
ただ、振り返ってみると、私は人を強く引っ張っていくタイプではありませんでした。
誰かの前に立って道を示すよりも、隣に並んで話を聞いたり、その人のいいところを見つけたり、できることを一緒に考えたりする。
そういうことのほうが、私には自然だったのだと思います。
店長を経験したからこそ、「自分は何ができるのか」だけではなく、「自分はどんなことをしているときに、自然と力を発揮できるのか」も見えてきました。
だからこれからは、「できる仕事」だけを探すのではなく、
「自分の強みを一番発揮できる仕事」
を探していきたいと思います。
店長になった6年間も、決して無駄ではありません。
むしろ、あの経験があったからこそ、自分にとっての「適材適所」を考えられるようになったのだと思います。
できる場所ではなく、自分らしく力を発揮できる場所へ。
これからは、そんな場所を探していきたいと思います。
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最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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