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白百合と呼ばれた歌人 山川登美子

    それとなく 紅き花みな 友にゆづり そむきて泣きて 忘れ草つむ

            (山川登美子)
    現代語訳
    誰にも 気づかれないよう 幼く華やかな恋を友だちに譲り、私は背を向けて、泣きながら忘れな草を摘んですべて忘れようとします。

    この後、登美子は親の決めた縁談を断れず、嫁いでいきます。つまり夢見がちで激しく儚い乙女の時代の終わり…。

    山川登美子は 歌壇で、白百合、白梅、白萩、などなど、呼ばれて
    古今和歌集の影響を強く受けた美しい歌詠の歌人でございます。

    与謝野鉄幹に支持し、鳳晶子(のち、与謝野晶子)と共に恋愛も、歌壇も大阪時代を騒がせたお二人。

    このお二人の歌を比較すると、性格がわかります。

    みだれ髪を京の島田にかへし朝ふしてゐませの君ゆりおこす

             (与謝野晶子)

    現代語訳
    寝乱れた髪を島田に結いなおした朝に(髪を結い直すまで、寝ていてくださいね、と言った)寝ているあなたを揺り起こすのです。
    (男女の仲になった朝を堂々と歌にする) 
    これを歌壇で発表すれば、登美子は必ず読むだろうし、みんなも。わたしたちは公認の仲。不倫とは呼ばせない。と。島田髷は当時、縁談を催促する髪とも呼ばれ、「催促髷」とも呼ばれました。
    それが晶子。

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    ピクサベイより拝借

    その後、一緒になった二人は、鉄幹の歌が落目になるところ、晶子は次々と新たな歌を歌い続けます。

    彼女は愛によって翼を広げ、豊かに変貌を遂げた蝶か、鳳凰のようでありました。

    当時の女性たちは、彼女の奔放な性愛の表現にドギマギし、憧れ、更に
    「君死に給うこと勿かれ」にて、戦さに出かける弟君に、
    「親を泣かせて、死ぬなど、戦さは間違えている」
    と歌う。
    当時としてはあり得ない。

    登美子は、嫁いだ先できっとそれを見たであろう…。彼女の激しさを知りながらどんな想いだったか?

    登美子自身、言われたまま、嫁いだ先の夫はやがて他界する。子もまた…。
    彼女の胸に去来するものは何か?

    わたしは登美子を影とは、思わない。
    当時は、登美子の生き方が、女性のスタンダードだった。多くが当たり前のように、隠れて泣いた。世の殿方は知る由もない。

    夢も愛も押し殺し、自我も殺した先に見える女としての自分の道。何が残る?

    自我を解放し、奔放に生きる女性とどちらが強いのか?

    地金が強いのはきっと、登美子のような女性だろう。

    登美子はしかし、30代を迎えることなく、胸を患い、その白百合の命を終えた。

    今を生きる女性に問いたい。
    貴女方は自由である。謂わば晶子のような女性の部類である。登美子のようにも生きられる。

    晶子のように生きるのに、覚悟はあるか?登美子のように生きたいと思うか?

    いつかまた晶子の波瀾万丈な人生も書いてみたい。
    今日はふと、登美子の短歌を見つけたので、流れだけ書いてみた。

    間違えている部分があれば、正しく訂正して頂きたい。

    わたしはこの二人の生きた屈折した時代が好きです。

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