
白百合と呼ばれた歌人 山川登美子
それとなく 紅き花みな 友にゆづり そむきて泣きて 忘れ草つむ
(山川登美子)
現代語訳
誰にも 気づかれないよう 幼く華やかな恋を友だちに譲り、私は背を向けて、泣きながら忘れな草を摘んですべて忘れようとします。
この後、登美子は親の決めた縁談を断れず、嫁いでいきます。つまり夢見がちで激しく儚い乙女の時代の終わり…。
山川登美子は 歌壇で、白百合、白梅、白萩、などなど、呼ばれて
古今和歌集の影響を強く受けた美しい歌詠の歌人でございます。
与謝野鉄幹に支持し、鳳晶子(のち、与謝野晶子)と共に恋愛も、歌壇も大阪時代を騒がせたお二人。
このお二人の歌を比較すると、性格がわかります。
みだれ髪を京の島田にかへし朝ふしてゐませの君ゆりおこす
(与謝野晶子)
現代語訳
寝乱れた髪を島田に結いなおした朝に(髪を結い直すまで、寝ていてくださいね、と言った)寝ているあなたを揺り起こすのです。
(男女の仲になった朝を堂々と歌にする)
これを歌壇で発表すれば、登美子は必ず読むだろうし、みんなも。わたしたちは公認の仲。不倫とは呼ばせない。と。島田髷は当時、縁談を催促する髪とも呼ばれ、「催促髷」とも呼ばれました。
それが晶子。

その後、一緒になった二人は、鉄幹の歌が落目になるところ、晶子は次々と新たな歌を歌い続けます。
彼女は愛によって翼を広げ、豊かに変貌を遂げた蝶か、鳳凰のようでありました。
当時の女性たちは、彼女の奔放な性愛の表現にドギマギし、憧れ、更に
「君死に給うこと勿かれ」にて、戦さに出かける弟君に、
「親を泣かせて、死ぬなど、戦さは間違えている」
と歌う。
当時としてはあり得ない。
登美子は、嫁いだ先できっとそれを見たであろう…。彼女の激しさを知りながらどんな想いだったか?
登美子自身、言われたまま、嫁いだ先の夫はやがて他界する。子もまた…。
彼女の胸に去来するものは何か?
わたしは登美子を影とは、思わない。
当時は、登美子の生き方が、女性のスタンダードだった。多くが当たり前のように、隠れて泣いた。世の殿方は知る由もない。
夢も愛も押し殺し、自我も殺した先に見える女としての自分の道。何が残る?
自我を解放し、奔放に生きる女性とどちらが強いのか?
地金が強いのはきっと、登美子のような女性だろう。
登美子はしかし、30代を迎えることなく、胸を患い、その白百合の命を終えた。
今を生きる女性に問いたい。
貴女方は自由である。謂わば晶子のような女性の部類である。登美子のようにも生きられる。
晶子のように生きるのに、覚悟はあるか?登美子のように生きたいと思うか?
いつかまた晶子の波瀾万丈な人生も書いてみたい。
今日はふと、登美子の短歌を見つけたので、流れだけ書いてみた。
間違えている部分があれば、正しく訂正して頂きたい。
わたしはこの二人の生きた屈折した時代が好きです。
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