
ハサミ一丁で海を渡った理髪師――サンパウロ「理容サロン大塚」の物語

大塚さんとの出会い
海外駐在生活において、切実な悩みの一つが「散髪」です。
90年代、パナマに6年住んでいた頃、現地の理髪店は、お世辞にも丁寧とは言えず、いつも苦労していました。
2003年、私はブラジルのサンパウロに赴任しました。
この街の素晴らしいところは、日本人の理髪師がいることです。私はリベルダージ東洋人街の地下駐車場近くに、「理容サロン大塚」という店を見つけました。

サンパウロでの生活は1年足らずで終わり、私は岡山へ異動することになりました。そのため、大塚さんに髪を切ってもらったのは数えるほどしかありません。しかし、鏡の前で椅子に座っている間、大塚さんは自身の半生を、静かに、数回に分けて語ってくれました。
上智大学の理髪コーナーから始まった夢
大塚さんは佐賀県で育ち、福岡の理容学校で技術を習得した後、上京しました。修行先の理髪店では一番の若手。ある日、店主から「上智大学の理髪コーナーへ行くように」と命じられたことが、彼の運命を大きく変えることになります。
そこで出会ったのは、上智大学の先生方や学生たちでした。
特にスペイン語学科の学生からは弟のように可愛がられ、個人的にスペイン語を教えてもらうことになったそうです。地元にいた頃は英語すらまともに勉強しなかったという大塚さんでしたが、次第にスペイン語の魅力に取りつかれ、懸命に学びました。
「ブラジルに移民してみたい」
そんな海外雄飛の夢が芽生えたのは、大学での出会いがあったからこそでした。大塚青年は理髪用具一式を携え、移民船でブラジルを目指す決意を固めたのです。
「スペイン語を学んだおかげで、リオデジャネイロのビーチで現地の人と会話ができたんですよ。相手の言うことは(スペイン語とポルトガル語の違いで)ちょっと分からなかったけれど、自分の言うことは結構通じたんだ」
大塚さんは当時のことを懐かしそうに思い出しながら、私に語ってくれました。
異国での成功
その後、サンパウロの大きな理髪店で腕を磨いた大塚さんは、やがて独立します。
大変な読書家でもあった彼は、日本の書籍を扱う書店に足繁く通い、歴史小説などを読み耽る日々を送っていました。
私生活ではドイツ系の女性と結ばれ、二人の息子に恵まれました。息子さんたちは優秀で、ドイツ系の私立学校から大学へと進学されたそうです。
私の帰国と大塚さんとの再会
私が日本に帰国し、岡山で3年勤務した後、東京の部署に異動になりました。その部署は業務でサンパウロへ行く機会があり、時にはひと月半ほど滞在することもありました。
久しぶりのサンパウロ出張を前に、私はネットで大塚さんの故郷・佐賀の名産品を探しました。日持ちがして、かさばらないもの。それを選んでスーツケースに詰め、私は再びリベルダージの「理容サロン大塚」を訪ねました。
大塚さんに当時のことを伝えると、すぐに私のことを思い出してくれました。そして、ご自身の半生について前回から続きを語り始めてくれたのです。
理髪師という仕事を天職としてひたむきに仕事に励んだ大塚さんは、投資のセンスもあり、やがてサンパウロ郊外に瀟洒な住宅を構え、海辺に別荘を持つまでになりました。その間、日本への帰国はわずか一回。まさにブラジルの地に根を張り、自らの腕一本で家族を養い、成功を掴み取ったのです。
届いた訃報
その後、私は東京から大阪へと転勤になり、また部署も移り、サンパウロへ出張する機会もなくなってしまいました。
月日が流れ、2019年2月2日に大塚さんの息子であるダニエルさんから、一通のメールが届きました。
大塚さんが2019年1月4日に肺がんで亡くなったこと。
コンゴーニャス墓地に埋葬されたこと。
そして、没後一ヶ月のミサの案内(メールの翌々日)が記されていました。
ダニエルへの返信
ダニエル、お父様の訃報に接し、心よりお悔やみ申し上げます。大塚さんは、私にとって人生の師とも呼べる大切な存在でした。
散髪をしていただいている間、いつもご自身の歩んでこられた人生について聞かせてくださいました。その波乱万丈でドラマのようなお話には、いつも引き込まれる思いでした。困難を乗り越え、プロフェッショナルとして、そして一人の父親として立派に人生を全うされたお姿を、心から尊敬しております。
仕事の都合で長くブラジルを離れておりますが、不思議なことに、つい先日、昔の写真の中から大塚さんと一緒に写った一枚を見つけたばかりでした。まるでお別れの挨拶に来てくださったかのような、不思議な縁(サイン)を感じております。
遠方のため、残念ながら今回のミサに参列することは叶いませんが、次にサンパウロを訪れる際には必ず連絡します。
お知らせいただき、本当にありがとうございました。
ポルトガル語
Daniel, meus mais sinceros sentimentos pelo falecimento do seu querido pai. Ele foi um dos meus grandes mentores de vida.
O seu pai sempre me contava sobre a vida dele enquanto cortava o meu cabelo. A história dele era tão interessante que parecia uma novela. Ele batalhou muito e se tornou um excelente profissional e um bom pai.
Devido à minha transferência de trabalho, já faz tempo que não vou ao Brasil. Mas, curiosamente, encontrei recentemente algumas fotos com ele nos meus arquivos. Sinto que ele me deu um sinal.
Como moro longe, infelizmente não poderei comparecer à missa desta vez. Mas quando for a São Paulo, avisarei você.
Obrigado por me avisar.
残念ながら、その後はブラジルへ行く機会がないまま今日に至ります。
いつかいつの日か、大塚さんの墓前で手を合わせたい。それが今の私の願いです。
