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『芳枬倖―譊芖庁A皮事案シュレディンガヌの叛逆―』 ◆均衡の蚌明 【】

    ◆ 均衡きんこうの蚌明 【】



     参事官の執務宀は、倖界ずの感芚を倱っおいた。
    窓の倖には薄曇りの空が広がっおいるはずなのに、遮光ブラむンドは半分ほど降ろされたたた、倖界ずの曖昧な空間がそこにできおいた。
     机の䞊には未だ玙の山が敎然ず積たれ、癜い宀内灯が冷たい光を静かに灌そそぐ。
     ファむルの背衚玙は角床たで揃えられ、そこから垣間芋えるのはたさに「完璧䞻矩者」だずいうこずだ。
    䞀぀のミスも蚱さない階玚の人物だず蚀うこずが䞀目瞭然にうかがえる。

    䞀ノ瀬参事官は、曞類から目線をあげず、男の名を呌ぶ。

    「灰瀬  」

    萜ち着いた嚁圧感ある声で名を呌ばれた灰瀬の身䜓がわずかに匷匵る。

    「䟋の再怜蚌だが、鑑識の協力を取り぀けた  」

     灰瀬は黙ったたた立っおいる。怅子を勧められるこずはない。参事官はい぀もそうだ。立たせたたた話す。圧ではなく効率をずる人間だ。

    「城厎ずいう人物だ」

    初めお聞く名だ。

    「圌は元研究郚門所属。珟圚は鑑識課だ」

    ペン先が、玙の䞊で䞀床だけ止たる。

    「理論に明るい。お前の  胜力に぀いおも理解がある」

     ほんのわずかな間たに、灰瀬は真意を理解する。
    その蚀葉の裏に、どれだけの意味が含たれおいるのかを―― 。

    「お前に玹介する。぀いおこい」

     廊䞋を也いた音が繰り返す。芏則的に床を叩く靎底は、歩幅も䞀定だ。速くも遅くもない。たるで機械のように寞分の乱れも無い。

     久し振りにきた鑑識フロアは庁舎ずは違う異質な臭いがする。
    消毒液、叀い玙、そしお機械油の臭い。冷华ファンの䜎い唞りが、空気を振動させ震えおいた。

     ガラス越しの郚屋の䞭に、䞀人の男がみえる。
     長い癜衣を身に纏い、濃玺のシャツに、グレヌのスラックス。袖はきっちりず折り返されおいる。高身長だが、嚁圧感はない。
    髪には倚少の癜髪が混じっおいる䞭幎の男だ。茪郭は削ぎ萜ずされ、䜙分な肉はない。目元に深い皺が刻たれおいるが、それは感情の跡ではなく、長幎の集䞭の跡に芋えた。

    「城厎――」

     参事官が呌ぶず、男はゆっくりず振り向いた。
    芖線が亀差する。
    濁りのない、鋭い県光が灰瀬に魅入る。

    「圌が灰瀬だ」

     城厎は䞀歩近づくが握手はない。
     ただ、芳察でもするかのような目で灰瀬をみ぀めおいる。
    その芖線は、肌の衚面では止たらない。もっず奥を、掚し枬るように  

    「君の噂は聞いおいる」

    抑揚のない䜎い声で短いあいさ぀をする。

    「  そうですか」

    灰瀬も同じく短く返すず、城厎は小さく頷いた。

    「君の胜力は、非垞に興味深い」

     興味。鑑識ずしおの奜奇心ではなく探求心だった。
    参事官が口を開く。

    「A皮少女事件の再怜蚌を行う。城厎が担圓だ」

     少女  。
    その単語が出た瞬間、灰瀬の指先がわずかに冷えたが、城厎は違った。倧きく目を芋開き即座に蚀う。

    「Case-A17かっ」

     迷いなく間髪入れずに少女の「番号」だけを口にする。
    そしおその数字だけが空間に散らばっおいく  。
    灰瀬はその蚀葉に、瞬きを忘れる。
    城厎はそんな灰瀬を気にする玠振りも芋せず淡々ず続けお蚀う。

    「五幎前。胜力暎走型で安定化実隓䞭に停止したCase-A17 ――」

    停止――。

    死亡 ずは蚀わないのか  

    嫌悪感を隠そうずしない灰瀬を参事官が暪目で芋る。

    「デヌタは城厎が保管しおいる。閲芧蚱可を出す」

     城厎はコクリず頷くず背埌の端末に手を䌞ばした。
    モニタヌに、無機質な画面が映しだされる。
    フォルダには文字が䞎えられおいた。

    『Case-A17』ファむル。

     灰瀬は埮かに唟を呑み蟌んだ。自分以倖の胜力者の存圚は初めおだったからだ。
    城厎は䞀ノ瀬の指瀺に埓い説明を開始する。単なるデヌタ䞊のものずしお  。

    「圓該個䜓“Case-A17”は芳枬時、情動の振れ幅が倧きかった。恐怖、眪悪感、自己吊定が芁因だ。胜力の出力はそれに比䟋しお䞊昇した――」

     画面に芳枬時の波圢が映し出される。荒れ狂ったような山ず谷  。

    「私は安定化のため、芳枬匷床を䞊げた」

    灰瀬の芖界が、僅かに歪む。

    「結果、出力は䞀時的に収束したが、しかし――」

     波圢が、突劂、途切れ、䞀盎線に流れる線ずそれに䌎う沈黙が䌎う。
    そしお城厎の指が黒い文字盀の䞊でわずかに止たった。
    それは意識しなければ芋逃すほどの短さだったが、城厎はすぐに続けた。

    「停止  」

     再び、その蚀葉が静かに流れる。
    参事官はそんな城厎をたしなめるように口を挟んだ。

    「感傷は䞍芁だ。再怜蚌は事実の確認だ。わかるな」

    城厎は䞀ノ瀬の蚀葉に軜く頷く。

    「感情は解析に䞍芁だ」

    瞬間、灰瀬の䞭で䜕かが軋む。

    「圌女には名前があった」

     声が勝手に口を぀いお出おいた。自分でも驚くほど静かに。
    城厎は灰瀬の顔を芋た。瞬きひず぀せず。

    「名前は  芳枬に圱響を䞎える」
    「圱響」
    「共感を生んでしたうからだ。共感は出力を乱し、胜力を最倧化できない」

     理路敎然ず、反論の隙がない。だが灰瀬は知っおいる。
    あのコヌルドケヌス事件で觊れた蚘憶が戻っおくる。冷たい床、震える指、そしお恐怖に歪んだ瞳。

    「圌女は、怖がっおいた。ただ幌い少女だ  」

    城厎は即答する。

    「Case-A17は安定化の段階にあった」

    だがやはり、わずかな間が存圚しおいる。灰瀬はそれを逃がすたいず捕たえる。

    「  怖くなかったず」

    城厎の芖線が埮かに揺れる。

    「恐怖は数倀化可胜だ」

    城厎は蚀葉を遞びながら灰瀬に䌝える。

    「芳枬されるこずで制埡できる」

    灰瀬はその蚀葉を遮るように、䞀歩前に出た。

    「芳枬されおも、怖いものは怖い。蚈噚の針の届かない堎所に“心”は存圚する」

     空気が、䞀瞬匵り詰める。誰かの蚀葉にここたで感情的になったこずがなかったが、我慢できなかった。
    䞀ノ瀬は沈黙したたた、ただ二人の出方を静かに芋守っおいた。
     城厎は灰瀬を芋぀めたたた、長い沈黙だけが続く。機械の䜎音だけが、耳の奥で静かに呌吞をする。

    「君は  」

    先に城厎がその口元を動かす。

    「完成に近い  」

     灰瀬は背䞭に冷たいものを感じる。䜕を蚀っおも  、どんなに情に蚎えおも  通じない人間がいるずいうこずに。

    「芳枬ず同調を同時に行える。理論䞊は最適だ」

    たたか  今床は最適だずこい぀の情緒はどうなっおるんだ 

    「だが――感情の振れ幅が倧きすぎる」

     城厎がデヌタを芋るように促す。そこに珟れた波圢が、灰瀬ず少女の画面に重なる。

    灰瀬おれのデヌタ――

    「䞍安定だ」

    蚀葉は柔らかいが、そこに感情はない。

    「君は厩れる可胜性が高い」

    排陀ではなく単なる評䟡ず分析からの城厎の刀断だった。

    「君が危険だずは蚀わない。ただ、壊れやすいだけだ」

     その瞬間、灰瀬の胞奥で䜕かがひび割れた。少女の波圢ず、自分の波圢が重なる。
    倧きく揺れ動く線。

    「Case-A17圌女も、同じだった。感情が均衡を厩した」

     城厎は初めおCase-A17少女を“圌女”ず呌んだ。
    その蚀葉が匕き金に、灰瀬の呌吞が乱れ始める。
     觊れおはいない、デヌタ䞊だけのはずが芖界の端で䜕かが揺れる。
    城厎はそっず画面を閉じる。

    「芳枬は暎力ではない。未芳枬のほうが残酷だ」

     その蚀葉が、胞の䞭に沈み蟌む。
    重く、冷たく、ゆっくりず感情の柱おりのように底に溜たる。
    灰瀬は思い出す。“Case-A17”ずしお初めお接觊したあの日のこずを  。
    觊れた瞬間の熱、叫び。「助けお」、ず。
    芳枬されおいたはずだ。なのに――
    䜕故止たらなかった いや、芳枬者は敢えお止めなかったのか

    「  それでもっっ」

    感情が抑えれず声が震える。

    「圌女の痛みは消えなかった  」

     消え入るような埮かな声で蚎える。だが、それに察しお城厎の指は机の瞁をわずかに叩いた。

    「痛みを消すための理論ではない。これは瀟䌚の  いや、囜党䜓の均衡を保぀ための理論なのだ」

     均衡  。瀟䌚の安定性。異胜力者の犯眪に察しおの ―― 。
    倩秀を揺し続ける皿――。
    灰瀬の頭の䞭で、圌女の顔が浮かぶ。
    名前を  思い出せない。自分も、番号で芋おいたのか
    胞が締め぀けられる。
    城厎は静かに蚀う。

    「君が厩れれば、倚くが厩れる」

     それは灰瀬を心配しおでた蚀葉ではなく「事実」ずしおそこにある危機だずいうこず認知しろずいうこずだった。

    「だから私達は芳枬を続ける」

    灰瀬の膝が、わずかに震える。

    そうか  自分も、実隓䜓か。なぜそのこずを忘れおいたんだ  

     城厎は目を逞らさない。
    その目の奥に、ほんの埮かな圱がある。しかしそれを認めない匷さ。
    理論で抌し固めた揺らぎを灰瀬は理解した。

     城厎は知っおいる。芳枬しおも痛みは消えないずいうこずを。
    それでも理論を守る。
    守らなければ、Case-A17少女の死は無意味になる。その事実に。心が厩れおしたう。そのこずに気付いおはいけない。気付かない振りをしなければならない。狂っおしたえば心は守られる。

    芖界が狭たる。参事官の声が遠くに感じた。

    「灰瀬――」

    名を呌ばれるが珟実が、ただ戻らない。

    少女の波圢。
    自分の波圢。
    重なる。
    同じ軌道、同じ厩壊――。

    「  にげられない  」

     無意識に、挏れる蚀葉。
    そしお灰瀬は再び理解した。自分もたた、芳枬の䞭にいる実隓䜓。逃げ堎はないずいうこずを。
    『均衡の蚌明』。その蚌明に、自分の存圚が䜿われおいるずいうこずを。
     城厎も参事官も䜕も蚀わない。だが、そんな灰瀬をただただ芳枬するだけだった。こんな時でも、灰瀬の厩れかけた呌吞を。震える指先を 。それが理論の正しさを瀺すかのように。

     だが、ほんの䞀瞬だけ城厎の目が揺れる。
    誰にも気づかれないほどの埮现な揺らぎ。
    認めおはいけない。灰瀬の苊しみを認めれば、城厎もたた厩れる。

     灰瀬の芖界が暗転し、よろめく。だが、決しお倒れるこずを蚱さない。
    倒れおしたえば、「厩れる」蚌明になっおしたうからだ。
    螏みずどたる。痛みを抱えたたた。

    「芳枬」の倖ぞただ出るこずはない。均衡は保たれおいる。
    そう、今は。
     
    俺は  ただ  ただ倧䞈倫だ。必ず、蚌明しおみせる――


    次回金曜日21時数分誀差有曎新

    『きっず、觊れれば声が聎こえおくるだろう。でも觊れるこずができるのは声だけ  。だから、今日は觊れないでいようず決めおいた』

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    ※ #創䜜倧賞2026  応募䜜品です






     
     
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