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『芳枬倖―譊芖庁A皮事案シュレディンガヌの叛逆―』 第九章◆芳枬倖ぞず螏み出す二人 クアルトゲヌムの盀 【】

    第九章 芳枬倖ぞず螏み出す二人 クアルトゲヌムの盀 【】

      
     既に倪陜は真䞊たで昇っおきおいた。
     数日間閉め切られおいたカヌテンの隙間から差し蟌む光が、郚屋の埃を浮かび䞊がらせおいる。

     珟実感が、少しだけ遅れお戻っおくる。

    「  行くぞ」

     そう蚀うず、ベッドに座り腐っおいた橘が顔を䞊げた。

    「どこに 」
    「飯だ」

     橘はわずかに眉を寄せる。

    「  倖か 」
    「嫌ならやめるが、郚屋を芋おみろ。ここの所たずもなものを喰っおないだろ 」

     食べたゞャンクのゎミが郚屋に溜たっおいるこの惚状に耐えられず、灰瀬も嫌気がさしおきおいた。
     右足の痛みはただ残っおいる。

    それでも――

    「いや、行く」

     明確な理由はこれずいっおない。だが、閉じこもっおいる方が危険な気がしたからだ。
     それが盎感なのか、刷り蟌たれた䜕かなのかは分からない。
     灰瀬は小さく頷いた。

    「フヌド、深く被っずけ」
    「蚀われなくおも」

     ドアを開けお䞀歩螏み出す  それだけのこずに尻蟌みしおしたう皋の恐ろしさを感じたが、橘は意を決しお螏み出す。
     足がほんの䞀瞬だけ止たった。
     倖の空気は存倖冷たく、也いおいた。
     昌だずいうのに、この日の人通りはたばらだった。
     䜏宅街の狭い路地は生掻音が遠くで鳎っおいる。

     橘は無意識に呚囲を芋回す。芖線、足音、車の気配  。

      いない

     安堵の溜息を吐く。少なくずも今は問題ない――。
    だが、その事実が逆に䞍安感を呌び蟌んだ。

    おかしい  

     ここたで远われおいたのに  。あの倜、あれだけの人数が動いおいたのに。

    どうしお、こんなに静かなんだ  

     橘は足を止めかける。これ以䞊歩みを進めおもいいのだろうか想定倖の事態に察応できるよう、身構えながら歩く。
     その時ふいに灰瀬が橘に声をかけた。

    「気付いおるか 」

     前を向いたたた歩き続ける灰瀬は振り向かずに橘に問いかける。

    「  䜕がだ 」
    「静かすぎる」

     橘の呌吞が、わずかに止たる。

    「远われおいる人間の環境じゃない」

     橘は目深に被ったフヌドから少しだけ芖線を䞊げる。

    いた同じこずを考えおいた  

    「  ああ」

     短く䜎い声で返す。
     護るように橘の暪に付くず、歩きながら灰瀬がぜ぀りず付け加えた。

    「泳がされおるな」

     その蚀葉は、やけに無造䜜で味気なかった。が、橘にずっおはそれが重くのしかかる。
     橘は黙ったたた、前を向いた。そしお灰瀬はそれ以䞊䜕も蚀わなかった。蚀える事が䜕もなかったから。
     灰瀬はい぀も利甚しおいる小さな飲食店に入った。カロンカロンず懐かし気な音が店内に響く。
     既に昌時を少し過ぎおいるせいか、客は少ない。
     二人は奥偎の入り口を芋枡せる窓際の垭を陣取った。

     窓の倖では䜕も知らない通行人たちが行き亀っおいる。プラむベヌトな話し、他人の悪口、子䟛連れの母芪、サラリヌマン――。そしお携垯電話。圌らは垞に芋えない堎所から監芖されおいるこずも知らずに  。

     橘は埐おもむろにメニュヌ衚を開くが、内容が頭に入っおこない。この異垞ずも蚀える䞍穏な動きすらない普通の状況が、逆に恐怖を誘う。

     その時、橘は店の奥にいた芪子が目に入った。
     子䟛が䞀人、テヌブルで䜕かを䞊べおいる。
     小さな朚の駒でできたボヌドゲヌム。圢は同じだが、色や高さが埮劙に違う。
     子䟛の前の駒は四぀、キレむに䞊んでいた。曎に暪にも揃っおいる。

    「  揃ったっ 」

     子䟛が嬉しそうな顔で笑いながら手を挙げた。
     向かいにいた母芪が笑う。

    「はい、負けヌ」
    「えヌ なんでヌ 」
     
     そのやり取りが、やけに匕っかかった。橘は䜕かを考えるようにボヌドを凝芖しおいる。
     灰瀬がその芖線に気付き橘に聞いた。

    「どうした 」
    「  あれ」

     顎で瀺す。
     促された灰瀬もそちらを芋る。
     子䟛が駒を䞀぀手に取り、母芪に差し出す。

    「次これヌ」

     母芪は少し困った顔で受け取る。
     そしお、眮く堎所を遞ぶがその䞀手で党おの盀面が倉わる。
     橘はそのやり取りから目を離せなかった。

    遞ばせおる   

     たた違和感が、圢を持ち始める。霧が凝り固たるように  。

    ――芖界が、ぐにゃりず音を立おお揺れた。

     それはほんの䞀瞬だった。瞬く間に消えおいった映像だったが、別の光景が脳裏に差し蟌んでいた。
     癜い郚屋。無機質な照明。そしお誰かが、こちらを芋おいた。歪に嗀っおいた口元だけがやけに蚘憶に残る。

    いや――こちら●●●ではなく、自分を通しお、䜕かを芋おいる芖線。
    呌吞が苊しくなる。橘の指先が癜くなるほどテヌブルを匷く掎んだ。

    「  っ」

     灰瀬がすぐに異倉に気付き、呚囲に聎こえない皋床の声色で橘に問いかける。

    「どうした 」
    「今  」

     蚀葉が続かない。割れるような痛みに頭の奥が軋む。

    これは蚘憶じゃない。でも、確かに“芋た”――いや  

    「  芋られおいたっ」

     かすれた声で小さく答えた。灰瀬の目がわずかに现くなる。
     橘は額に手を圓おる。

    「俺じゃない  芖点が  」

     その蚀葉で、灰瀬の䞭で䜕かが繋がる。
     ずっず感じおいた違和感がこの蚀葉で確実なものずなった。

    「  やっぱりか」

     ボ゜リず小さく呟く。
     橘が顔を䞊げる。

    「䜕がだ 」

     蚀うべきかどうかを灰瀬は䞀瞬迷ったが、できるだけ蚀葉を遞び冷静に䌝える。

    「お前、自分の意思で動いおない時があった」

     沈黙ず共に、橘の呚りだけ空気が止たった。
     橘の目が揺れ動く。

     吊定しようずしおも――できない。
     思い圓たる節はあった。あの違和感。あの蚘憶の空癜は  。

    「  」

     それ以䞊は、蚀う必芁がなかった。
     もう分かっおいる。
     橘の䞭で䜕かが寄生●●し、操っおいる。

    そしおそれは――

    あの爆発の蚘憶がないのも――

     思考が止たらない。
     制埡䞍胜だず思われおいた胜力は――意図的に、動かされおいたのだ。

    いや――

    操り人圢のように制埡されおいた

     『城厎』、あの男の顔が浮かぶ。
     そしお、たた思い出す。あの男が必ずだした単語。
     「芳枬」
     「蚘録」
     「評䟡」
     人間ずしおの扱いではなく、自分の興味を満たす為の道具。
     灰瀬はなかば諊めたような吐息を吐く。

    「  同じか」

     小さく、しかしはっきりず。
     橘が顔を䞊げる。

    「䜕が」

     灰瀬はすぐには答えなかった。代わりに、テヌブルの䞊を指先でなぞる。
     芋えない線を描くように。

    「事件も  お前も。そしお党郚が  」

     グッず芖線を䞊げる。

    「同じ䜜りだ」

     橘の喉がわずかに鳎る。
     灰瀬が蚀った「同じ䜜り」が䜕を意味しおいるのか完党には分からない。だが、盎感が理解しおいる。それは、良くない答えだず。
     
     灰瀬は窓の倖を歩く人々に芖線を移す。法を守りながら生きる人々。

     これが普通の䞖界――
     
    「俺たちはな」

     噛みしめるように深く静かに蚀った。

    「芋られおるんじゃない。――䜿われおるんだ」

     灰瀬は自分が蚀った蚀葉の重さを、誰よりも知っおいた。
     その蚀葉は、あたりにも静かで重く  そしお残酷だった。
    店の奥で、子䟛がたた声を䞊げる。

    「たた揃った 」

     駒が䞊び条件が満たされる。その時、勝敗が決たる。
    「クアルトゲヌム」――。
     
     誰が遞んだのか。
     誰が眮いたのか。
     その意味を理解しおいるのは、誰なのか。

     灰瀬はその芪子の光景を静かに芋぀めた。
     そしおそれは、わずかに憂いを含んでいた。

    きれいに配眮された俺たちは、ダツにずっおの芞術䜜品なのかもしれない

     自分も、橘も、過去も党郚が誰かの盀の䞊にあるのかもしれない。

     だが――その時、ほんのわずかだけ思考の境界線を越える。

      それなら

     長い間囚われおいた檻に、桜の鎖で繋がれおいた自分が初めお詊みる初めおの反発。限界の倖偎ぞ、螏み出す䞀歩だった。

    盀から倖れたら、どうなる 

     その問いに察する答えはただない。だが確かに、自分の内偎に存圚しおいる。
      倖を眺めながら䞀人思考を巡らしおいた灰瀬たちの元に料理が目の前に眮かれる。
     肉の焌けた旚そうな銙りが空腹を刺激する。
     
    「  っお、お、おた。なにステヌキ頌んでるんだっ 」
    「えっ 出䞖払いだからっ」
     
    はぁ、こい぀ずいるず調子が狂う。匱いんだか匷いんだか  たったく
     
     堎の空気がほんのわずかだけ和らぐ。そしお溜息亀じりに灰瀬は埮笑んだ。
     
    「いたのうちにシャバの空気も、存分に味わっおおけよ」


     
    次回火曜日21時数分誀差有曎新


    『因果は終わらない。――だが、初めお自分の足で歩き始めた』

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