
ちばてつや死去、87歳。『あしたのジョー』が戦後日本に残した「燃え尽きる」という美学
2026年10月27日、
漫画家のちばてつやさんが10月22日に87歳で
亡くなっていたという報せを目にしたとき、
私はしばらく画面から目を離せなかった。
ニュースとしてはほんの数行の事実にすぎない。けれども、その数行の向こう側で、
自分の中にずっと沈んでいた何かが静かに
動くのがわかった。
『あしたのジョー』を描いた人が逝った。
ただそれだけのことなのに、
胸の奥に小さな穴があいたような感覚が残った。
私は広島で青果の仲卸の仕事をしながら、
noteに文章を書いている。
普段は暮らしのことや、
これまで触れてきた文化のことを書いているが、今日だけは書かずにはいられなかった。
追悼文というほど大げさなものではない。
一人の読者として、一人の男として、
ちばてつやという人と矢吹丈という少年から
自分が何をもらったのかを、自分の言葉で残しておきたい。
そう思って、この文章を書き始めている。
訃報の日に思い出すものは人それぞれだろうが、私の場合それは、
あの暗い客席に座っていた子どもの自分だった。
私が矢吹丈に初めて出会ったのは、
小学生の頃に劇場で観た映画だった。
連載を同時代で追いかけた世代ではない。
だから最初の出会いは単行本のページではなく、暗い映画館のスクリーンに映った、
動く丈の姿だった。
当時の私は
「美学」などという言葉は知らなかったし、
物語のすべてを理解できていたわけでもない。
ただ、画面の中の少年が、誰にも媚びず、
傷だらけになりながら、それでも拳を握って
前へ出ていく姿から目が離せなかった。
負けることがあっても立ち上がる。
孤独であっても人のせいにはしない。
そういうものを、私は言葉ではなく光と音の塊として受け取ったのだと思う。
大人になってから振り返ると、
あの時に「こういう男でありたい」という輪郭の最初の線が引かれていたのだとわかる。
誰かに教えられた価値観ではなかった。
学校の道徳でも家庭のしつけでもなく、
暗闇の中で偶然出会ったものが、
そのまま自分の背骨の一部になった。
美学とは教わるものではなく、
出会うものなのだと今は思っている。
その最初のピースを置いていってくれたのが、
ちばてつやという漫画家だった。
それから何十年もの間、
私は折に触れてあの映画館の暗闇を
思い出してきた。
仕事で理不尽な目に遭ったときも、
思うようにいかない時期が続いたときも、
心のどこかで丈の背中が
「それでもやるんだろう」と言っているような気がした。
もちろんそれは私の勝手な思い込みである。
けれども、人が踏ん張るときに必要なのは、
立派な教訓よりも、
そうした一枚の像なのかもしれない。
ちばてつやさんは1939年に東京で生まれ、
幼少期を旧満州で過ごした。
敗戦後には引き揚げを経験し、寒さや飢え、
家族の不安の中を日本へ戻ったと
伝えられている。
その体験は、
のちに平和を語り続ける原点にもなったという。
1956年、17歳で漫画家としてデビューし、
少女漫画からスポーツ漫画まで幅広い作品を描いた。
そして1967年12月、
『あしたのジョー』の連載が始まる。
連載は1973年まで続いた。
単行本の累計は2500万部を超えるとされている。
この作品は、
原作を高森朝雄さん(梶原一騎さんの別名義)、
作画をちばてつやさんが担った共作である。
物語の骨格を生んだ原作者と、
それを一人の少年の表情や息づかいとして
紙の上に立ち上がらせた漫画家。
二人の仕事が噛み合ってこそ、
あの丈は生まれたのだと思う。
私は、作画を担ったちばさん自身が戦後の混乱と貧しさを子どもの目で見てきた人だったことが、丈というキャラクターの孤独の質に深く関わっているのではないかと感じている。
これは資料に基づく断定ではなく、
読者としての私の受け取り方にすぎない。
それでも、焼け跡を知る人が描いたからこそ、
あの少年の拳には作り物ではない重さがあったのだと思えてならない。
『あしたのジョー』が連載された1960年代後半は、日本が高度経済成長の只中にあった時代で
ある。
新幹線が走り、東京オリンピックを経て、
街は明るくなり、テレビは家庭に行き渡っていった。
一方で、その光が届かない場所も確かにあった。丈は、まさにそうした場所から現れた少年だった。
ドヤ街で荒れた日々を送り、少年院に入り、
そこでボクシングと出会う。
元ボクサーの丹下段平が丈の才能を見抜き、
「あしたのために」と拳の握り方を教え込んでいく場面は、豊かさへ向かう社会の物語に乗れない者にも、自分の力で掴める明日があるのだと示していたように思う。
当時の学生や若い労働者が丈に自分を重ねたと
言われるのも、わかる気がする。
私は後追いの読者だが、
読み返すたびに感じるのは、
この作品が努力すれば報われるという
単純な物語ではないということだ。
報われないかもしれない世界で、
それでも自分の拳で何かを掴もうとする。
その切実さが、光の時代の影の側にいた
人々の心を掴んだのだろう。
私が早い時間から市場に立って仕事をしているとき、ふとあの少年の姿が頭をよぎることがある。大げさかもしれないが、働くということの底には、あの種の意地のようなものがあると思うのだ。
市場には、
朝の早い時間から黙々と荷を捌く人たちがいる。誰に褒められるわけでもなく、
ただ自分の持ち場を全うする。
その姿に、
私は丈の不器用な誠実さを重ねてしまう。
富裕な家の令嬢である白木葉子が丈を見つめ続ける構図にも、豊かさの側と貧しさの側が同じ時代に同居していることへの視線があった。
原作者とちばさんは、
その落差から目をそらさずに物語と
画に刻んだのだと思う。
物語が社会現象になった最大の転機は、
力石徹の死だった。
丈の宿敵として登場した力石は、過酷な減量を
経て丈との試合に臨み、試合の直後に亡くなる。
連載中の1970年、
この死に読者は強く反応し、
講談社では力石の告別式が営まれ、
約700人が参列したとも伝えられている。
漫画の登場人物のために出版社が葬儀を開く。
今の感覚で見ても異例の出来事だ。
私はそこに、読者がどれほど真剣にこの物語を
生きていたかが表れていると思う。
力石は試合には勝った。
しかし、その勝利の代償はあまりにも大きかった。
勝つことの重さと、人間の誇り。
そこに読者が何かを見たからこそ、
あれほどの涙が流れたのではないか。
力石を失った丈が、
その重さに苦しみながらもやがてリングに戻っていく姿もまた、この物語の大きな柱になっている。
人は誰かの死を抱えたまま、
それでも前へ進まなければならない。
子どもだった私にはそこまで言葉にできなかったが、小学生の私が受け取った
「負けても立ち上がる」という感覚の根には、
力石の死が置いた重みも確かにあったのだと、
今になって思う。
フィクションの死に、
あれほど多くの人が本気で悲しんだという事実は、物語というものが人の心にどこまで深く
入り込めるかを教えてくれる。
私は文章を書く人間の端くれとして、
いつかそんなふうに誰かの心に居場所を持てる
言葉を書いてみたいと、半ば憧れのように思う。そして物語の最後、
丈はホセ・メンドーサとの試合を終え、
コーナーの椅子に座ったまま、
真っ白に燃え尽きる。
「燃え尽きる」という言葉を聞くと、
今も丈の最後の姿を思い浮かべる人は多いだろう。
今では疲れ切った状態を指して使われることも
多い言葉だが、丈の場合は空っぽになったのではなく、満たされた末の静けさだったと私は思う。
若い頃の私は、
あの場面を単に格好いい終わり方として
受け取っていた。
しかし今の私の感覚は少し違う。
55歳になり、仕事でも暮らしでも、
すべてを出し切ったと言える瞬間がどれほど貴重で、どれほど稀なものなのかがわかってきた。
たいていの人生は、
勝ち負けがはっきりしないまま続いていく。
後悔も、やり残しも、
抱えたまま日々を回していく。
そのなかで、丈の最後の姿は、
勝ったか負けたかではなく、
出し切ったかどうかだけが問われる世界を見せてくれる。
試合の終盤、
丈の身体が限界を超えていることは、
読む者にはわかっている。
それでも彼は最後まで戦い抜く。
そこに残るのは勝敗ではなく、ひとりの人間が
自分の持てるものをすべて差し出したという
事実だった。
これは評論ではなく、私自身の読み方だ。
燃え尽きることは終わりではなく、
全力で生きた人の静けさなのだと、
今は思っている。
ちばてつやさんは2024年、
漫画家として初めて文化勲章を受章した。
漫画が長く低く見られてきた時代を思えば、
象徴的な出来事だったと報じられている。
晩年には『ひねもすのたり日記』で、
老いや日々の暮らしを穏やかな筆致で描いた。
暮らしを見つめるその筆にも、
人の生き方を真剣に見つめる眼差しは変わらず
流れているのではないか。
また、引き揚げの体験を語り、
平和の大切さを伝え続けたとも伝えられている。丈が一瞬の炎のように燃え尽きたのに対して、
ちばさんは長い時間をかけて、
静かに燃え続けた人だったように思う。
激しさと穏やかさ、
その両方を一人の人間が抱えていたことに、
私は深い敬意を覚える。
その中で描き続け、
文化として認められる日まで歩き通した粘り強さは、丈の拳にも通じるものだったのではないか。
ちばさんが逝っても、
矢吹丈は消えない。
作品は読者一人ひとりの中で、
それぞれの形で生き続ける。
私にとってのジョーは、
小学生の私が暗い映画館で受け取った、
あの最初の輪郭のままだ。
年月を重ねて読み方が変わっても、
あの輪郭だけは色あせることなく、
むしろ歳を取るほどに濃くなっていく。
それは作品の力であり、
同時に、
時代を超えて読まれ続ける作品を残した
作り手たちの力でもある。
負けても立ち上がること。
孤独でも人のせいにしないこと。
出し切って一日を終えること。
そのどれもがまだ道半ばの私だが、
これからも折に触れて丈の背中を
思い出しながら、
ちばてつやさんにもらったものを胸に、
明日も生きて行こうと思う。
そして時間ができたら、
もう一度『あしたのジョー』を最初のページから読み返してみたい。
派手な勝利は要らない。
ただ、
与えられた一日を出し切って終えられたなら、
それで十分だと思えるようになりたい。
ちばてつやさん、
素晴らしい物語をありがとうございました。
どうか安らかにお休みください。
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