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Photo bykaoriartworks

【風まかせ文芸部】脈々と【1500字小説】

    「伝統というものは、脈々と受け継がれ続けているもので、それはもちろん、それをやり続けている、関わり続けている人間が、大勢いないとなりたたないものなわけだ」
    と、流暢な日本語でエルンスト先生は言った。
    腕を背に回して、ゆっくりとスタジオの床を踏みしめている。一歩一歩、自分の足元の影をつぶすように。
    私たちは、そんな先生から目を離さずに、じっと見つめている。その一挙手一投足に、自分たちの命運がかかっているとでも言うように。いや、事実として、私たちの命運は、先生にかかっている。

    世界的コリオグラファーであるマルセル・エルンスト。その彼が、日本で行う新作公演への出演者を決めるオーディションを兼ねた学生向けのワークショップ。
    ここで、彼の目に留まれるか、留まれないかで、公演の出演のチャンスが決まるのはもちろんのこと、今後のキャリアにとっても大きな意味を持つ。
    とてもじゃないけれど、日本では、ただ踊るだけで経済的に成立する人間は、ごくわずかだ。そのごくわずかなダンサーに、自分がなれるか、なれないか。
    チャンスもルートも星の数ほどありそうな顔をして、実際のところ、現実的な選択肢はさほど無い。
    世界的に高名な振付師が、なぜか日本びいきで、その人に見いだされれば、国際的に活躍する道がお膳立てされる、とあっては、それは必死にもなる。

    彼が放つ、一言一句を聞き逃さないように。
    スタジオの中は、しんと静まり返って、先生が歩く度に、ダンスシューズが床を鳴らす音が聞こえる。

    きゅ
    きゅ
    きゅ

    ぴたりと立ち止まる。
    「大勢。そう、大勢の人間が必要だ。不特定多数の無名の人間。そこに甘んじて、それでもその世界に関わろうとする。そんな殊勝な人間がいない限り、どんなジャンルもいずれは廃れる」

    先生が私たちをぐるりと見渡す。

    「誰もがスターになることを夢見ている。けれど、どんな巨星がいたところで、周りに誰もいなければ、その巨星が死んだときに潰える。だから、じつは伝統には、スターではない、その他大勢の人間にすぎない人々が必要になる」
    そこで、先生は言葉を切ると、
    「つまり、今の君たちのような」
    と微笑んで言った。

    誰かが、ひゅっと息を吸う。
    スターにはなれない。
    その他大勢の人間にすぎない人々。
    それが、今の私たち。

    「勘違いをしないでほしいんだが、べつに君たちを傷つけたいわけじゃない。けれど事実だ。今から十年後。ここにいる何人が、舞台の上で変わらずに踊っていられるだろう。何人かは、踊ることをやめて、関係のない人生を送っているかもしれない」
    一抹の期待を夢見て集まっている私たちには、むごい言葉だ。泣きそうになっている女の子もいる。私も、少しでも気を緩めたら泣いてしまいそうだ。

    「だが、それでも、いま君たちはここにいる」
    先生の声が、朗々と響く。
    私たちは、ここにいる。誰にどんな風に言われようと、巨星になることを夢見て、たとえそれが叶わなかったとしても、今は夢を見て、ここにいる。

    「それが、ダンスを明日へとつなげる。君たちはすでに、脈々と続いていくダンスの伝統の一部だ。ありがとう、ダンスを、バレエを選んでくれて。君たちのおかげで、バレエの寿命がほんの少し延びた」

    私のおかげで、バレエの寿命は延びた。
    「それでは、ワークショップをはじめよう」

    2時間のワークショップの後、発表されたオーディション合格者の中に、私の名前はなかった。オーディションに落ちた。

    「互いに踊り続けていれば、いつかまた会える」
    そんな言葉を残して、間違いなく業界の巨星の一人である先生はスタジオを去って行く。
    何者でもない私のおかげで寿命が延びた世界で、これからも、星として輝き続けていくのだ。



    風まかせ文芸部さんに参加させていただきました。
    お題は「脈々と」でした。

    ※見出し画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました

     
     
    一人称:僕(Female)/だいたいバレエダンサーかお坊さんの話書いてる/BL多め/吉田松陰のアクスタと出かける人 2025:Money for Good×note「#推したい会社」入賞 旧PN奥津雨龍(オクツウリュウ)

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