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🌳庭面積詐称事件〜そこはうちの庭じゃない!

     うちの実家には、個人の家にしてはそこそこ大きな庭がある。

     まあそこまでは確かにうちの庭なのである。


     が、うちの実家の隣地は長いこと、具体的にはうちの親がここに住み始めた昭和四十年代から数年前──、令和直前まで、持主が山林のまま保有し、開発されていない藪だった。

     タイトルの上に見える、塀の向こうの藪である。

     うちの母は、昭和四十年代に家を建ててから、毎日、この庭と庭の向こうの林と藪を見ながら生活してきた。

     率直に言って、むしろ今まで開発されなかったのが奇跡である。

     だが、その所有者の方もとうとう高齢で具合が悪くなり、その方のご事情なので詳細は省くが、相続の関係で、山林を開発して住宅として売り出し、現金化すると言うことになった。

     その話は、もちろん、所有者の方が自由になさる権利のあることだから、隣地としては残念だが、仕方のないことだ。

     この写真は、写真を撮りまくるのが好きな私が、開発直前、実家の庭の景色を撮影しておいたものだ。

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    これが、開発前に、うちの母の部屋から庭に出て見える眺めだった。

    それが(雨が降っていたので室内からだが)、こうなる。

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     まあ、母の部屋からの眺めが、緑と石垣から、こう、今時の四角い住宅と切り立ったコンクリートになったのだから、愚痴りまくる気持ちは分からんでもない。

    だが、日々庭を見ては

    「うちの庭をこんなにしてから!」

    というのは何かが違う。

    それは借景で、あってうちの庭ではない。

    あとついでに、うるさい。

    まあ工事の業者は、うちの高齢の両親に言質を取って、造成時、うちの庭の芝生にガンガン飛散防止シート用の鉄杭を打って、うちの芝生に穴が空いたとか、うちの植木が一部飛散防止シートの内側になって、明らかに粉塵や瓦礫で枝が折られたり、外側のは外側ので、日照の関係か、ネズミモチや海堂などが数本枯れたりしたので、名前を出したいレベルで許してはいないのだが、一応、藪はうちのものではないので別の話である。

    撮っておいた写真を見せると、大きく現像してこいというが、どうせまた日の当たる部屋に置いてあっという間に退色させるのは目に見えている。

    そこで私は一計を案じた。

    最近は私はオリジナル・グッズなどを作ってネット・ショップに置いているのである(ここね!)が、世の中は簡単に色んなものが作れる時代になってきている。

    この写真で、キャンバス作ってやった方が見栄えがするんじゃね?
    その後も普通にインテリアとして飾れるし!

    早速私は自分が撮影した写真を元に、2020年10月、キャンバスを発注した。

    サイズはF3、若干小さいかと思わんでもないが、まあ一般家庭に飾るには十分だろう。

    届いたのがこちら。

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    うん、かなり良いんじゃない?
    早速、母に見せる。

    「はぁー!これは良かねー!」

    気に入ったようである、よかった、と思う間もなく。

    「これは額はないとね!

    額買ってきて!」

    一瞬、そのまま飾っとけよと思わないでもなかったが、まあ、後々自分のものである。

    ついでに、額もネット注文できるこの時代。

    凄い。

    親の趣味と自分の許容範囲を勘案し、額はキンキラにしておく。

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     10月末。出来上がりがこれである。

    相当良くね?

    私天才じゃね?

    母親に見せる。

    「届いたよー。

    見てみて。」

    「これは良いねえ!
    やっぱ額に入れたら、全然違う。

    あんたも覚えてるやろ、うちの庭はこんなやったとよ!」

    そう言って写真を指差す母だが、どう見ても、

    その指がさしている先は、隣地の藪である。


    そこはうちの敷地じゃない。

    そう思ったが、言うだけ無駄である。

    母は写真を気に入ったらしく、ひとしきり眺めていたが、おもむろに言い出した。

    「ちょっとそこ飾って!

    やっぱ掛けないけん!」

    母が指さしたのは客間の、天井に近い壁。

    そこには既にA2パネル程度の頂き物の絵が飾ってあった。

    今から?

    だいたい実家には夕方行くので既に午後八時は回っている。

    掛け替えるだけなら良いが、サイズ感が合わないので(その位置にF3は小さすぎる)、他の絵とかと調整して釘の位置を変えないとダメだという気がする。

    「いや、これ、あの位置には小さ過ぎん?」

    まあだが、言い出したら聞かないので、とりあえず掛け替えるだけでも試させてやろうと、パネルとキャンバスを入れ替える。

    しばらくキャンバスをご満悦で見ていた母だったが、数分後、やはり言い出した。

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    「あれはやっぱり小さ過ぎるね。あれを右にずらして、元の絵を戻してもらわんといかん。」

    いや言ったやん。

    小さ過ぎるって。

    人の話を聞け、と思いながら、しかし母の御所望の「右にずらす」をするためには、工具と釘が必要だ(そうでないと掛けられない。)。

    時刻は午後九時近くなっていた。

    私はそのまま

    「今日はここまで!

    続きは今度!」

    と言って帰宅した。


    高齢者と付き合うコツがあるとすれば、とりあえず高齢者よりも、最終的には自分(或いは自分の予定)を大切にすることじゃなかろうか?

    とりあえず絵はまだ掛け替えていない。


    今度、私ができるときに思い出したんだったらやっても良いよ。

    そのうちまた突然思い出して言い出すだろう。

    (終わり)






     
     

    高梨

     
     
    高齢両親のために介護離職(現在は個人事業主)日々の記録。父親は永眠、老母は認知症進行中。🏤高梨マザー劇場(母)及び🏤高梨ファミリー劇場(両親)目次はサボり中🏤 https://note.com/nasigorendayo/n/nac0cbfa89b82

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