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事故で死にかけた時と、バンジージャンプ飛んだ時が同じだと思った話

    実は私、車に轢かれて死にかけたことがある。
    「人対車」の事故ってやつだ。

    こういうと大袈裟に聞こえるが、車に轢かれたものの、骨折とか死にそうな怪我はしていない。

    ただ、警察の人には「もう一歩、あなたが前に進んでいたら、当たるところが悪くて死んでいた」と言われたくらいには、結構ギリギリだったらしい。

    ラッキー、私生きてる。


    それで、「タイトル回収いつなん?」と言われそうなので、そろそろ本題に戻ろうと思う。

    車に轢かれる直前、走馬灯のようなものを体験した。

    「車がこっちに来ている、これヤバいかも」ってスローモーションみたいに、すごく長く感じたのだ。
    多分、車と私が30メートルくらいの距離の出来事だった。

    本当の時間は数秒だと思うが、体感では、30秒から1分くらいは余裕であった気がする。

    「そんなに時間があるなら動けるでしょ?」って思うかもしれない。

    でも、それは出来ない。
    体が固定されている。時間停止したみたいに、その場の私と周りの道路の景色は変わらなくて。

    ただ、頭の中の思考だけがたくさん流れていったことを今でも覚えている。

    それこそ、「え、これ轢かれるやん」みたいなわちゃわちゃと焦る私の思考だったり、「新婚だけど夫を残していくのかな、ごめん」とか。
    あとは両親や兄妹のことをチラッと思い浮かべたり。
    そんで、「死にたくないなー」って思ったのだ。

    そういった感情や思考が頭の中でどわーっと一気に流れて、体感時間がとても長く感じた。

    一般的には、「過去の人生が一瞬で駆け巡る」とか言うのかもしれないが、私は過去の人生がそんなに丁寧に流れてこなかった。


    そんな出来事を経て、怪我も治って体も復活した頃に、

    事故にあった時とバンジージャンプ飛んだ時の感覚って似てない?

    って発見した。

    大学生の頃に、人生でやってみたいことリストの「バンジージャンプを飛ぶ」を経験した。
    確か、60メートルくらいの高さから飛び降りた。

    ジェットコースターなどの絶叫系が好きだったので、怖さよりもワクワクで飛んだが、途中でめっちゃ後悔した。

    自分で「アイ キャン フラーイ!」って飛んだあと、ジェットコースターで落ちる直前のふわっとした浮遊感がずっと続くのだ。

    友達が先に飛ぶのを見ていたから、実際にはすぐ終わるなというのは分かっていた。
    でも、体感ではそんなに短い時間じゃなかった。
    それこそ、事故の時のスローモーションみたいに。

    自分ではどうしようもなくて、体は落ち続けているのに、頭の中では色々な思考が流れてくる。
    こっちの方が、これまでの人生の振り返りがあったかも。

    もう本の名前は忘れてしまったけれど、昔読んだ本に、「飛び降り自殺する人は、最後の瞬間に後悔しても、もう落ちることを辞められないから、絶望したまま死ぬんじゃないか」みたいなことが書いてあった。

    それを思い出して、本当にそうかもしれないと思った。

    ジェットコースターの落ちる直前の気持ち悪い浮遊感が、ある程度下に落ちるまでずっと続きながら、人生を振り返るスローモーションみたいな時間が発生するって、なかなかしんどくない?

    私、この先どんな辛いことがあっても、絶対に飛び降り自殺はしないでおこうって思った。

    アクティビティとしては、とてもスリルを味わえる楽しいものだと思うけれど、無駄に思考を捏ねくり回す性格なので、こんなことを考えて終わるシュールな体験だった。

    しかし、バンジージャンプを飛んだときの感覚が、まさか後々、事故で答え合わせされるとは思っていなかった。


    できれば、人生の伏線回収はもっと平和なジャンルでお願いしたい。



    ここまで読んでいただきありがとうございました。

    走馬灯にもバリエーションがあるのか、少し気になります。
    でも、もう走馬灯を見るようなことは起こってほしくないので、疑問のままです。

     
     
    元会社員→専業主婦 リアルでは話せないことを書きたくてnoteをはじめました。 せっかくの人生、楽しみたいです。 会社を辞めて暇になったアラサー主婦の暇つぶし記録。 ※Amazonのアソシエイトとして、夏子は適格販売により収入を得ています。(挑戦中)

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