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世界をひとりで背負っていない(“Hey Jude”にまつわる思い出)

     カフェで、ビートルズのHey Judeのアレンジが流れていた。

     普段、感傷に背中を掴まれるようなことはあっても、まっすぐに何か過去を思って胸が痛くなることは、私にとってはまれなことだ。
     だけど、この朝は、この曲の旋律が心の真ん中に降りてきて、自分でも驚いた。

     私とこの曲の出会いは、まったく、物語のようでも何でもない。
     中学の授業で出会った。
     だから、私だけの特別な出会いではない。同じ年、同じ学校で席に座っていた人たちは、みんな同じようにこの曲と出会った。

     悪くないメロディ。示唆のある歌詞。
     そんな風に感じて、頬杖をつくかのように聴いていた。
     いま振り返ると、歴史に残る名曲に対して、どの立場からどういう目線で言っているんだ、という感じなのだが、だからこそ中学生らしかったのだろう。言い訳ではなく。

     だけどそういうことはあまり友達とは話さず、ひたすら「ジュードじゃなくてジューンって聞こえない?」「ヘイ、ジューン」みたいな、全然曲の本質ではない、だけどだからこそとても楽しい話でいつも盛り上がっていた。
     「ジューン」は人気だった。何かあると多くの人たちが、ヘイジューン、おいジューン、と脈絡もなく言い出していた。

     ある日、ひとりの友達と並んで歩いて帰っていたとき。
     英語の授業でやった曲のなかで、どれが好き? という話になった。

     その友達とは、学校ではふざけ合うことも多かったけれど、お互い文章を書いたり絵を描いたりが好きで、ずっと、そういう話もたまにしていた。
     私は、その友達の感性がすごく好きだった。

     ジューンかな。

     彼女はたぶん、そんな言い方をしたと思う。
     できたばかりのセブンイレブンの前。オレンジがかった茶色のマンション。薬局や塾の入っているビル。そういう道を、踏みしめながら。

     え? ジューン?

     学校での流行りも相まって、私は少しおかしそうな響きもふくんで答えたような記憶がある。

     「ジューン」はすでに、学校での気安いコミュニケーションの記号の一つのようになっていて。
     すくなくとも私は、その意味をあまり真剣にとらえなくなっていた。最初に感じた、悪くないメロディ、示唆のある歌詞、その程度の感想さえどこかに飛んでしまうほどに。

     うん。ジューン。いいよね。なんか、話しかけらてるような感じがする。ジューンにも、自分にも……。

     たぶん、そういうことを、同じ制服で彼女は言っていた。

     ……そっか、ジューンが好きなんだ。
     うん。ほんとに、ジューン、って聞こえる。ヘイ、ジューン。ジュードのこと、そう呼んでる。
     ね。ジュード、って聞こえない。英語って不思議。

     たぶん、そんな会話も、交わした。

     そっちは何の曲が好きなの、と話題を振ってくれて。
     少しだけ言葉を飲み込もうとしたあと、前方に、車や自転車のくだるトンネルが見える手前の道で。
     私は、ビートルズのHelp!がよかった、とそれまであまり外には出していなかったようなことを、言った。

     誰でもよくないけれど、誰か助けてって気持ち、なんか、すごいわかる。

     たぶん私のそんな感想に対して、彼女は、そっか、という反応を返しただけだったかもしれないけれど。

     学校では概ね、ノリの良い曲、として語られていたHelp。
     確かにサウンドは軽やかだ。
     私は、その軽やかなサウンドに、あの歌詞が載っていることに、すごく意味があると思った。

     だけど私は、普段。
     ノリが良い曲だね、と言われた時に、ね、という以上のことを、言ってはいなかったのだ。

     その後、改めて、学校から配布されていた歌詞カードで、Hey JudeやHelpの歌詞を見直してみた。

     話しかけられてる感じがする。

     私は、Hey Judeに関しては、やっぱりそうはあまり思わなかった。
     自分の悩みとは少し違うと思った。

     だけど、そうか、これは、話しかけている曲なんだな、とは感じた。

     それを感じることができるのは、照れず、誤魔化さず、これが好き。と述べてくれた他者が、いたからだ。

     そのことが、いま、こんなに時が経っても続いている。
     ほんの少しの、思い出というにもささやかすぎるほどの出来事。

     だけど、こういう他者が、時間が積み重なって、いま、自分がこうしているのだなと思う。

     私は、「ジューン」に自分を重ねることはあまりなかったけれど。
     でも、何十年も後の朝のカフェで、そのメロディと言葉にこうして語りかけられている。

    Don't carry the world upon your sholders,

    Hey Jude - The Beatles

     曲の言いたかったメッセージとは違うかもしれないけれど、いま、その曲が私にも語りかけているように感じる。時を経て。そして、しかるべき時を得て。

     
     
    『後宮双妃の救国伝 〜ふたりの妃は喧嘩しながら国を救う〜』『あなたの恋、やり直します。江ノ島恋愛レンタル店』(メディアワークス文庫)、『天使は、二度泣く。』(魔法のiらんど文庫)、「アゲイン 高校の同級生が、ペットショップで売られていました。」(カクヨム)などを書いてます。

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