
憧れの自転車
自分用の自転車を買った。10年ぶりに買った。MTBタイプでちょっとばかりカッコいい。近所のホームセンターで安売りの底値を見計らって買ったのだが、赤く光るボディ、獣道でもザクザク突き進めそうなゴツゴツのタイヤ、両のグリップに埋め込まれた18段の変速機構、どれをとってもカッコいい。もう、道無き道分け入っちゃうもんね、斜度60度だって駆け下りちゃうもんね、ジャガーだって怖くないもんね!ボクみたいな60歳秒読みの分別あるジジイでもこのくらい浮かれてしまうほど自転車ってのはイイ。イイったらイイのだ、コンチクショウ!
思えば、自転車との出会いは今から50年以上前にさかのぼる。それは近所の悪ガキどもが得意げに乗り回していたボロボロの自転車。グリップの端がガリガリに擦れ、前カゴはいびつに潰れ、傷だらけ、錆まみれの子供用自転車。そんな一台を借り、コロ無しの練習をしたのが出会いである。
当時はボクもクソガキだったから、例えそれが人の自転車であったとしても、コケようが突っ込もうがお構いなし。道端どころか道路の真ん中を占領して、色んなところにぶつけたり転んだりして何日も練習した挙句、ようやくコロなしで数10m走れたときには、いや、マジで感動モノだった。それだけに、うちの息子がコロなしにする時、たった1時間練習しただけで普通に乗れるようになったのにはいささか驚いた。「うちの子運動神経イイかも!」と喜ぶ反面、「ボクっていったい…」とちょっと落胆。
「お前なあ、自転車ってのはそんなに簡単なモンじゃねえんだ。擦り傷切り傷を重ねて乗れるようになるモンなんだ。道路の真ン中で車をすり抜けすり抜け、命を削りながらやっと乗れるようになるモンなんだよ!」
と言いたいところだったが、さすがに今時そんなこと言うわけにもいかなかった(ここでいう「今時」は既に四半世紀前のことです)。
ところで、70年代のボクたちが自転車に対して並々ならぬ感情を抱き始めたのは、小学校の高学年頃だった。
年上の遊び友達どもは中学生になると同時に、次々と通学用の新しい自転車を買ってもらう。26インチの角目2灯、色は黒、使わないけどあるだけでカッコいい空気注ぎ、楕円形をしたオーバルギア、トップチューブの真中に車のオートマシフトのような大袈裟な5段チェンジレバーがついていて、後ろの荷台には折たたみ式の横籠。そして極めつけは、前後の荷台に組み込まれた、「フラッシャー」と呼ばれる何だかぴかぴか光るトラック野郎の電飾みたいなヤツ。こいつときたら、手元のスイッチ一つで、ウインカー機能は元より、オレンジ色の電気をピコピコと右から左へ、はたまた左から右へと流すこともでき、更には付属のスピーカーからけたたましい宇宙音を発するという、子供心を揺さぶるなんとも素敵なシステムなのだ。ボク達小さきものどもは皆、自分が中学生になった時にそれら憧れの機能満載の自転車を手に入れることを想像し、胸を宇宙音で高鳴らせた。
さて、かくも魅力的だった当時の自転車であるが、惜しむらくは中学校の校則でドロップハンドルが禁止されていたことだった。競輪用のような極端なドロップハンドルはもとより、水平よりわずかに下がっているセミドロップでさえ禁止。でも、ボク達の憧れの自転車は、標準では全てセミドロップ。これでは中学校の通学に使えない。
で、それをどうクリアしたかというと、わざわざハンドルをひっくり返して、無理やりセミアップとでもいうような格好に付け直していたのだ。グリップの部分なんか、熱湯をぶっ掛けて軟らかくした後、無理やり180度回転させ、セミアップの状態でグリップ形状が手に馴染むようにするわけだ。もとより、セミアップにすると自転車そのものの流麗なフォルムが崩れてしまうのだが、校則なんだから仕方ない。いつの時代も庶民はお上に従わなくてはならないのだ。でも、憧れの自転車に乗るためだからこのくらい我慢しようじゃないの、悲しいけど耐え忍ぼうよ。…これがボク達の見解だった。
ところがどうだ、肝心の自分自身が中学生になる年に状況は一変した。流行の矛先が変わったのか、あんなに子供たちの支持を得ていたフラッシャー機能が全てのメーカーの全てのラインナップから外れたのだ。ブリジストン!富士!宮田!角田!おんどれらナニしよんじゃ、こんならぁよいよ。
そして、新しくリトラクタブルライトという不細工な仕掛けがヌルリと登場だ。
リトラクタブルライトというのは、当時大流行していたスーパーカーの代表格である、ランボルギーニ・カウンタックやフェラーリ512BB、ランチャ・ストラトス、マセラティ・ボーラ、コルベット・スティングレイ、日本車ではRX-7等に採用されていた、点灯時だけボンネットからパカッと飛び出す、アップコンのようなヘッドライトである。ありていに言えば、車だからかっこいいように見えるけど自転車に付けてもなぁ…というような代物だったのだが、なし崩し的に世の主流になってしまった。
あと、ペダルを踏み込みもしないのに勝手に回る「FF(フロントフリー)」と呼ばれるフロントギアシステム。勝手に回ってくれるから坂道が楽とかいう、変なデマも流れた。そして、これら変な新システムに対する反対派への懐柔策にしか見えなかった変速の6段化。ボク達の中学では、変速が6段になったせいで、当時「変速は5段まで」となっていた校則を変えようかというくらいの反響が巻き起こった。
ったく、変速が1段増えたから何だっつーの。そんなことより、フラッシャー返せっつーの!
こんな時流に乗り切れない子供たちの中からは、当時サイクリング車と呼ばれていたロードマンやユーラシアといったタイプに流れる派閥が生まれ、古の子供がかくも熱狂的に憧れた芳しき自転車達は一挙に廃れていった。
この度自転車を購入するにあたって、いろいろなホームセンターやサイクルショップを回り、ウェブで調査もしたが、さすがにあの当時の流れをくむラインナップは、もう無い。そういえばあのタイプを見なくなってもうどれだけ年月が経つのか。全くもって想像さえつかない。
ま、仮に今それがあったとしても定年秒読みのオッサンであるボクが買う訳はないのだが。10年ぶりに自転車を購入し、つい昔を思い出して書いてしまった次第である。