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Photo bycoooooom7

もう食べられない鯖の味噌汁

    今回は、大幅にメインのテーマを離れ、ふとしたきっかけで思い出した、おふくろの味について少し寄り道をしてみたいと思います。

    それは、たまたまYouTubeで定置網漁の様子を見ていたときのことです。その網は、大量の鯖で埋まっていました。大きなタモで掬っても掬っても鯖が暴れます。


    なにげなく今度鯖の塩焼きでも食べたいなと思ったとき、長く忘れていた母が作ってくれた「鯖の味噌汁」のことを酔った頭で思い出していました。

    母の味

    かれこれ二十数年前に他界した母は、40代の後半から関節リュウマチを患い、長い間痛みに苦しんでいました。後半は、入退院の繰り返しです。

    その頃、私は法医学教室に勤務して間もないこともあり、収入も少なく週末になると実家に帰り、夕飯をごちそうになっていました。

    ある日の夕刻、ちょうど冬の始まる寒い時期に入っていました。身を震わせながらいつものように実家に戻ると、すでに両親は夕食を済ませていましたが、私の分は作り置きしてありました。

    おかずを温めなおしていた母がふと、「味噌汁があるけど食べる?」と聞いてきました。私は、具沢山の味噌汁があまり好きではありませんので、普段はあまり食べないのですが、その日は何気なしに「うん」と返事をしていました。

    はじめての鯖の味噌汁

    そこに出てきたのが、具として鯖の切り身の入った味噌汁だったのです。もちろん初めて口にします。鯖が味噌汁になるなんてついぞ考えたこともありませんでした。

    味噌汁の具は、鯖の切り身の他に白菜だけのシンプルなものでした。リュウマチで指の関節が曲がってしまった母の手では、余り込み入った料理はできません。

    しかし、朝に作ったであろう味噌汁を温めなおしていると、味噌の香りに混じってふんわりと鯖の香りが湯気となって漂ってきます。

    そして、お椀に注がれて出てきた、その汁を一口すすると、「これは美味しい!」と、一気に飲み干し、お代わりまでしていたのです。

    しかし、その時に、ちょっと気になることがあったのです。飲み干そうとした汁の上に、小さなコバエのような虫がほんの2、3匹浮いていたのです。

    その時は別に気にすることなく、箸で取り除いて完食したのでした。

    もう食べられない鯖の味噌汁

    そして翌週、いつものように実家に夕食に向かいました。今度は、テーブルに着く前から味噌の香りが漂っていました。それは先週も、香っていた鯖の味噌汁の香りです。

    今度は、私の帰宅に合わせて味噌汁を作って待っていたのでした。

    普段ほとんど会話をすることのない私が、先週、美味しいとお代わりまでして食べたことが、実はとてもうれしかったのだと思います。

    「味噌汁食べるやろ?」と聞く母に、もちろん「うん!」と答えます。

    しかし、出された味噌汁に口をつけようとすると、今度は、先週浮いていた小さな虫が大量に汁の上に浮いていたのでした。

    それは、とても箸で取り除ける量ではありません。しばらく、無言でお椀をかき回して、そのままテーブルに戻します。その様子を見た母が、「何で食べんと?」と聞いてきます。

    私は、「虫がおる」と返します。箸でよけて食べればいいという母に対し、お椀の中を見せると、母もあきらめたらしく、「もう、食べんでいいわ」と流しに戻します。

    後ろから眺める母の背中はとても寂しそうだったことが蘇ってきます。

    きっと母は、先週美味しそうに食べた私の姿を見てうれしく思い、今週は作りたてをと意気込んでいたのだと思います。

    手指の関節が曲がってしまった、母の手では白菜の葉の隅々まで洗うことができなかったことでしょう。

    はじめに述べた、定置網漁の様子を見て、私はこんな出来事を思い出し、あの時の母の気持ちに、今頃になって思いを致すのでした。

    その後、母が鯖の味噌汁を作ることはなくなりました。もちろん病気が重くなっていったことも関係していたと思います。

    こうして、たった一度の鯖の味噌汁は、もう食べることはできなくなってしまったのです。

    ※冒頭のイラストは、noteのフォトギャラリー、「もちづき ちぃ」さんの作品「もう食べられないお味噌汁」というタイトルのものです。なぜか共感してしまったので、使わせてもらいました。


     
     
    元法医学研究者(博士)、専門は各種科学鑑定。還暦X年過ぎ。冬の寒さに震える日々を送る。現在、あるメーカーの品質保証の派遣社員として勤務中。

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