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この世の行(ぎょう)を納めずに誠の道はわかりません。いくら頭で理論理屈を捏ねても理解することは出来ないのです。

    *本記事は、神典研究家であり画家の岡本天明氏を霊媒として、昭和19年(1944)から昭和36年(1961)にかけて降ろされた『日月神示』を読みやすい現代語に翻訳したものです。難解な表現や暗号的表現、時代にそぐわない部分は割愛し、あくまでご神示の意訳に特化した編集を施しています。


    第十四巻(風の巻)・第八帖より


    世界中を自分たちのものにして、
    好き放題に国盗くにとり合戦をしていた神々は、
    一日も早く改心してください。
    今度という今度は、元なる一つの王おうでこの世を治めるのです。
    誠の天子てんし様とは、天地あめつち和合なされた元なる神のことなのです。


    この世の行ぎょうを納めずに誠の道はわかりません。
    いくら頭で理論理屈を捏こねても理解することは出来ないのです。
    神の道は無理のない道だと言って来ましたが、
    それぞれに課された借金払いの行ぎょうは、
    誰もがしなければなりません。
    この神でさえ三千年の行ぎょうをしたのです。
    人間には一日と耐えられないような禊みそぎの行ぎょうを、
    三千年かけて納めて来たのです。


    龍宮の乙姫おとひめ様は、この世あらゆる宝を持ち、
    時が来るまで海に隠して来たのです。
    この世の宝という宝は、皆この神が作ったのです。


    神の道は無理のない道ですが、楽な道という意味ではありません。
    神に祀ろえば自ずとなすべきことがわかるという意味であり、
    行けども行けども尊き御用ごようの尽きない道なのです。


    元の日本のスメラの身魂みたまも、
    渡って来たユツタ(元なるユダヤ)の身魂みたまも、
    この世を好き放題に荒らした神々も、
    これまでの世の誰も彼もが大神様の御心みこころとは違っていたのです。
    九分くぶ九分くぶ九厘くりんと一厘いちりんで
    岩戸開きは成就じょうじゅするのだと伝えて来ました。
    この世を治める格かくではない天地の大泥棒をいつまでも大将だと思い込まされ、
    ここまでの世を見せてもまだ目覚めないのですか?
    よくもそこまで身魂みたまを曇らせたものです。


    神が力ちからを奮えば、
    建て替え(古い世界の破壊)は今日明日にでも出来ますが、
    そこからの世直しと建て直し(新しい世界の創造)は一朝一夕いっちょういっせきでは出来ませんから、
    人々の用意が出来ないことにはますます先延ばしになるのです。
    それで早くそれぞれの身魂みたま、それぞれの家々で
    雛型ひながたを示してくださいと言って来たのです。


    どこもかしこも垢あかの溜まった腸はらわたばかりですから、
    あまり掃除を先延ばしにしていれば、
    一度に引き出して日干ひぼしにしなければならなくなるのです。
    日干ひぼしにされたらとても耐えられない人々ばかりですから、
    早いうちから何度も忠告して来たのです。


    善の仮面に隠されていますが、
    今の世はあまりに狂っています。
    今度の岩戸開きは、元の元の世よりもう一つ元の
    始まりの世に戻さなければならないのですから、
    中からの神々様にも見当は取れないのです。
    元の元の生神いきがみ様でなければ、
    今度の御用ごようを成就じょうじゅさせることは出来ませんから、
    よく神示を読んで、この神と祀り合ってください。



    『日月神示』原文は以下のサイトをご参照ください。
    https://hifumi.nakamuramakoto.net/14.html