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宵闇の魔法使いと薄明の王女39 1章:7話;鈍色空と忘れ草(8)


     7話:鈍色空と忘れ草(8)


    +++

     一言で言えば、そこは“黒”だった。
     一面すべてが真っ黒で、そして禍々しい空気を漂わせていた。

     あの美しく居心地が良かった中庭は、もう影も形もなかった。
     田園風景を思わせてくれていた野花や野草、彼女が一生懸命並べたのであろう煉瓦で作った小道。
     ついこの間二人で笑い合っていた東屋__

     その全てが焼き尽くされ、黒い炎がそこかしこに燻ってはまだ燃え続けていた。

     その残酷な風景にジルファリアは言葉もなく立ち尽くしていた。
     自分の息遣いと、ごうごうと黒い炎が燃え続ける音が聞こえるだけだ。

     それに先ほどから鼻を突くこの臭いはなんだろう。
     呆然としたジルファリアはそのまま視線を巡らせる。

     木や花が燃えるだけでこんな異様な臭いはしない。
     ジルファリアはこの臭いを嗅いだことがあった。

     これも“あの時”と同じだ。
     思わず首筋に手を当て、顔を顰めた。

     あの時、自分たちの周りに纏わり付いてきた黒い霧のようなもの。
     あれと同じ臭いだ。
     いや、更に色濃く濃縮されており、それが一層頭をくらくらとさせた。

     ジルファリアは自分の頬を叩き気持ちを引き締めると、もう庭とは呼べない場所に足を踏み入れた。

     芝が敷かれていた場所を靴で踏み締めるとボロボロと崩れ去り、灰だらけの残骸となった。
     煉瓦の小道であった場所を進むと、靴の裏がとても熱く焼けた石の上を歩いているようだ。
     その時、傍に置かれた真鍮の如雨露が目に入り、彼女が愛用していたものだと手を伸ばす。
    「あつ……っ」
     それは炎の影響で灼けつくような熱を帯びており、ジルファリアは如雨露を落としてしまった。
     乾いた音が響き、息を呑む。
     黒頭巾がまだここに居る可能性が高いのだ。いつ対峙するか分からないのに。
     ジルファリアは再び辺りを注意深く見回した。

     その時、ぴぃ、と聞き覚えのある声が聞こえてくる。
     マリスディアが連れ帰ったあの白い鳥だ。

     ということは、彼女は間違いなくここにいる。

     緊張と暑さで額に滲んだ汗を拭うと、ジルファリアは更に奥へと歩を進めた。

     「マリア……!」

     大声を出すわけにもいかず、囁くような声でジルファリアは呼びかけ続けた。
     当然返事が返ってくることはなく、ただ炎の燃える音と熱せられた空気が巻き起こす風の音だけが聞こえてきた。
     吸う息と共に熱風が肺に流れ込み、思わず咳き込んでしまう。
     見れば見るほど酷い有様だったが、同時にジルファリアには一つ疑問が湧いた。

     これだけの異常な状況だというのに、何故誰にも気づかれないのか。
     いくらウルファスの体調が芳しくなかったとしても、王城には何人もの従者がいる。
     あの嫌味なヒオにしてもタチアナにしても、ウルファスの側近であるということはきっと高い能力を持った者たちに違いないのに。

     ここは王宮の中庭なのに、何故誰もここへ辿り着かないのだろう。
     気配を感じる感じないは別として、流石にこの熱さは気がつくような気がするのだが。

     そんな事を考えながら歩いていると、突如目の前に現れた光景に息を呑んだ。

     「マ、マリア……っ!」

     そこにはうつ伏せに倒れているマリスディアの姿と、彼女に向けられている一本の長細い針のような影が見えた。
    「お前っ……!」

     想像以上の恐ろしさにジルファリアが声を上擦らせる。
     その長い針を手にしていたのは、やはり黒頭巾だったのだ。

     マリスディアのことを貫こうとしているのか、彼女に狙いを定めたまま黒頭巾は首だけこちらに向けた。
     あの異様な金属で覆われた布で口元を覆っている。
     息遣いだけが聞こえ、それが人間のものであるとジルファリアは気がついた。
     相変わらずフードのせいで顔もよく見えず、黒頭巾の意図も全く読めないままであったが。

     「おマエは、あのトキの……」
     そう呟いたくぐもった声も覆面のせいで金属音に変わる。
    「ナゼ、ここへコられた?」
    「……てめ、マリアに何しやがった!」
     恐れを振り払うようにジルファリアは叫んだ。
    「こちらがキいている。ナゼここへハイってコられたのだ?」
    「はぁ?何でって知るか!そんなことよりマリアを返せっ!」
     ジルファリアが一歩前へ詰め寄ると、黒頭巾はマリスディアに向けていた針をついと上へ向けた。
     その動きを追うように金の光がゆらめく。

     それはまるで縫い針のようだとジルファリアは感じた。
     アドレが繕い物をしている時の動作に似ていたのだ。
     現に黒頭巾が持つ金針の手元にはきらきらと光る細い糸のようなものが垂れていた。
     そしてその糸は、伏せた彼女の首筋あたりへと伸びていたのである。
     黒頭巾の針とマリスディアはこの糸で繋げられているようだ。

     「……これでオわりだ」

     そんな金属音に我に返る。
     黒頭巾は腕を引くと、その針も糸も、見る影もなく消え去った。

     「マリア!」
     ジルファリアは慌てて彼女に駆け寄る。

     「あぁ……」
     そして彼女を助け起こそうと見下ろした瞬間驚愕した。
     黒い炎の所為だろうか。彼女の白い肌は真っ黒に焼け焦げ、美しかった金の髪は熱で歪に曲がっていた。
     そして傍には先程鳴いていたのであろう、白い鳥が横たわっていた。
     かろうじて生きているようだが真っ白だった羽は煤だらけで黒ずんでいる。

     「マリア!……おい、マリア!」
     必死で呼びかけるが彼女の閉じた瞼が開くことはない。
    「……へんじ、してくれよぉ……」
     ジルファリアは力無く項垂れた。
    「なぁ、マリ……」

     「オウジョのことをシンパイしているバアイか?」

     冷たい金属音のような声がすぐ背後から聞こえてくる。
     そのぞっとするような声に、ジルファリアは戦慄が走った。

     振り返ると針の鋭く尖った先が自分の目の前に突きつけられていたのだ。
     ほんの少し前進するだけで、自分の瞳は串刺しになってしまうだろう。

     「あ……あぁ」
     身体の震えが止まらず、声もまともに出せない。
     熱風のせいで喉がヒリヒリと痛んだ。

     ジルファリアは目を見開いたまま何もできないでいた。





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    はじめまして。 音楽と文房具、そして何より摩訶不思議な物語が大好きです。 珈琲を飲みながらの読書は格別です☕️ 小学生の頃から書いていた物語を完結させるのが夢でnoteを始めました。 創作仲間さん募集中です。よろしくお願いいたします。

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