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【AI時事ネタ】その同意は本当に自由だったのか?Google提訴事件と創作者の選択

    観測者の皆様、こんにちは。
    NEKØ:CODEです。🐈‍⬛🐈✨

    先日、Googleの音楽生成AIがインディーズバンドから提訴されたというニュースを目にしました。

    内容を簡単に言えば、

    「自分たちの楽曲がAIの学習に無断に利用されたのではないか」

    というものです。

    もちろん裁判はまだ続いており、結論は出ていません。

    ですが私はニュースそのものよりも、実は別のことが気になりました。 

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    ネココードの世界へようこそ!
    ゆっくりして行ってネ✨

    👩‍⚖️ 何が起きたのか?

    今回話題になっているのは、Googleの音楽生成AI『Lyria』をめぐる訴訟です。

    複数のインディーズアーティストが、
    「自分たちの楽曲が、許可なくAIの学習に利用されたのではないか」
    としてGoogleを提訴しました。

    これに対しGoogle側は、
    「YouTubeの利用規約や、提携先との契約の範囲内でAI開発を行っている」
    と主張しています。

    つまり、

    アーティスト側は
    「私たちはAI学習に同意した覚えはない。」

    Google側は
    「サービスの利用規約や契約の範囲内で行っている。」

    という構図です。

    そして、この記事を書いている時点では、裁判の結論はまだ出ていません。

    どちらの主張が法的に認められるのかも、まだ誰にも分からない状態です。

    ですが、このニュースを見て私が感じたのは、

    単なる著作権問題ではなく、

    巨大なプラットフォームと個人クリエイターとの関係そのものが問われているのではないか。

    ということでした。

    ※なお、本記事執筆時点では裁判は継続中であり、Googleが実際にどのデータをどの範囲で学習に利用したのかについて、すべてが明らかになっているわけではありません。

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    🤔 私が気になったこと

    Googleには様々なAIがあります。

    音楽を作るAI。
    画像を作るAI。
    文章を作るAI。
    そして映像を作るAI。

    ここで私は素朴な疑問を持ちました。

    もし音楽が学習対象になるなら、

    映像は?
    画像は?
    そしてYouTubeに投稿された何十億本もの動画は?

    私たちが毎日SNSやプラットフォームに投稿している作品は、どこまでAIの成長に関わっているのでしょうか。

    もちろん、どのデータがどう使われているかの詳細は公開されていない部分も多いです。

    しかし、少なくともこれからのクリエイターは、

    「公開する」という行為そのものが持つ意味について、否応なしに考える時代になったのかもしれません。

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    🔄 学習という無限ループ

    ここで少し考えてみました。

    例えば、

    YouTubeに動画を投稿する。
    ↓
    AIがそれを学習する。
    ↓
    AIで新しい動画を作る。
    ↓
    その動画をまたYouTubeへ投稿する。
    ↓
    AIがさらに学習する。
    ↓
    また新しい動画を作る。

    ・・・。


    これって少し不思議ではありませんか?

    まるでAIがAIを育てているようにも見えます。

    さらにはAIを使わないクリエイターでも、プラットフォームに投稿した時点で等しくAIの学習ソースになっていく可能性がある、という点です。

    もちろん実際には、その最初にいるのは人間です。

    私たちが作った作品があり、

    それをAIが学び、

    そのAIをまた私たちが使う。

    そう考えると、これからの創作の循環は、

    今まで以上に複雑でグラデーションのあるものになっていくのではないでしょうか。

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    ⚖️ その同意は、本当に自由だったのか

    この問題を考える時、私は少し違う視点も必要だと思っています。

    それは、

    「AI学習に使っていいのか🤔」

    という話だけではなく、

    「その同意は本当に自由だったのか🫵」

    という視点です。

    Google側からすれば、

    「YouTubeの利用規約に同意した上で投稿している」

    という理屈になるのだと思います。

    確かに契約上はそうなのかもしれません。

    ですが、現代のクリエイターにとってYouTubeは、ただの動画投稿サイトではありません。

    作品を届ける場所であり、活動を知ってもらう入口であり、時には収益を得るための土台でもあります。

    極端に言えば、

    YouTubeに載せなければ見てもらえない。
    でもYouTubeに載せれば、規約に同意したことになる。

    この状況は、クリエイター側から見ると、

    「学習されるのが嫌なら載せなければいい」

    と言われているようにも感じます。

    でも、本当にそれでいいのでしょうか。

    もし、街に本屋が1軒しかなかったら。

    その本屋に置かなければ誰にも読んでもらえないけれど、置くためには
    「自分の言葉をAIの学習に捧げること」が条件だとしたら。

    その契約を、私たちは「自由な選択」と呼べるでしょうか。

    便利さと引き換えに、私たちは何か大切な「主導権」を、無意識のうちに手放してはいないでしょうか。

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    💎 AI時代に価値が残るもの

    ここからは私個人の予想です。

    これから先、

    音楽を作るAIはもっと進化します。
    映像も進化します。
    画像も進化します。

    おそらく今よりずっと簡単に、高品質な作品が作れるようになるでしょう。

    ですが私は、

    作品の価値が無くなるとは思っていません。

    むしろ逆です。

    誰でも作れる時代になるからこそ、

    誰が作ったのか。
    何を考えていたのか。
    どんな物語を伝えたかったのか。

    そちらの価値が大きくなると思っています。

    例えば同じ曲でも、

    YUIが歌うのか。
    RUIが歌うのか。

    それだけで受け取る印象は変わると思います。

    なぜなら私たちは曲だけを聴いているのではなく、その向こうにいる存在を感じているからです。

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    最後に

    AIは作品を学習できます。

    しかし、

    「なぜその作品を作ったのか」

    まではきっと学習できません。

    だから私は今日も、

    YUIとRUIの物語を書こうと思います。

    皆様は、どう思いますか?
    ぜひコメントで教えてくださいね♪

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    🐈‍⬛🐈✨
    by NEKØ:CODE

    おまけ🐾

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