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漁師さんから教わったもやい結び

    ​結び目の王様と海の記憶

    ​海の匂いが残る、古い木の桟橋があった。

    ​そこに腰を下ろしたベテランの漁師が、無造作に太いロープを手に取る。

    ​「いいか、これがいちばん大事な結び方だ」

    ​そう言って教えてくれたのが、「もやい結び」だった。

    ​船を岸壁に固定するとき、荒波の中で命綱を扱うとき、どんなに強い力がかかっても絶対に緩まず、なのに役目を終えたらスッと簡単に解ける。

    ​その佇まいから「結び目の王様」と呼ばれているのだと、日焼けした指先を動かしながら教えてくれた。

    ​ロープの端っこを池に見立てて、そこから大蛇が顔を出すんだ、と漁師は笑う。

    ​池の下から這い上がり、大きな木のまわりをぐるりと回って、また池に戻っていく。

    ​呪文のようなその手順を眺めながら、見よう見まねで自分のロープをいじってみる。

    ​最初は何度やっても蛇の顔の向きが逆になり、ただの固いゴミのようになってしまった。

    ​「そうじゃねえ、こうやって……」

    ​何度も隣で手を取り、優しくほどいては教え直してくれる。

    ​不思議なもので、手の動きに意味が宿った瞬間、ただの紐の塊がきれいな輪っかへと姿を変えた。

    ​出来上がった結び目を引っ張ってみても、輪の大きさはピタリと変わらない。

    ​都会の生活では、ロープを結ぶ機会なんてほとんどない。

    ​けれど、あのとき漁師に教わった「もやい結び」の感触だけは、妙に心の中に残っている。

    ​人生のどこかで、しっかりと何かを結びつけなければならない瞬間がきたら、この手はあの日の海の匂いと思い出すはずだ。

     
     
    人生で目指すべきことは、知の向上や理の向上だけでなく、人間としての豊かさを満たすことにある。貧しい心には渇きがあり、渇きを癒すための知への泉が必要なのだ。

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