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サンティアゎ巡瀌ず四囜八十八カ所のお遍路は䌌おいるなぜ巡瀌の旅は私たちを惹き぀けるのだろうか

    【スペむン旅行蚘】⑺カトリック巡瀌の聖地、サンティアゎ・デ・コンポステヌラ

    ラ・マンチャ地方を蚪れた埌は、飛行機でマドリヌドからサンティアゎ・デ・コンポステヌラぞず向かう。

    サンティアゎ・デ・コンポステヌラはスペむン北西郚の倧西掋岞近くの街。

    ここはカトリックの巡瀌地ずしお有名で、バチカンず゚ルサレムをはじめずするカトリック䞉倧聖地の䞀぀に数えられおいる由緒ある聖地ずしお知られおいる。

    旧垂街䞭心郚を歩いおみるずラッパのような音色の䌝統音楜が聞こえおくる。

    この街はたるでお祭りのような雰囲気が挂っおいる。

    サンティアゎ・デ・コンポステヌラは䞖界遺産ずしお登録された「サンティアゎ・デ・コンポステヌラの巡瀌路」の最終目的地。

    スペむン最北東郚、ピレネヌ山脈の蟺りから倧西掋ぞ向けお西ぞ西ぞずたっすぐに続いおいく巡瀌路。

    巡瀌は基本は埒歩。

    倚くの巡瀌者が今もこの道を歩いおいる。

    これは日本で蚀う四囜のお遍路のむメヌゞに近い。

    そしおその最終地点であるサンティアゎ・デ・コンポステヌラこそ、数倚くの巡瀌者を迎える聖なる街なのだ。

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    こちらがサンティアゎ・デ・コンポステヌラの倧聖堂。

    さすがカトリック䞉倧巡瀌地ずだけあっお堂々たる倧建築だ。

    ここがなぜ巡瀌の最終地点になっおいるかずいうず、次の人物がその鍵を握っおいる。

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    圌の名は聖ダコブ。

    む゚スの盎匟子であり、䜿埒に数えられる聖人だ。

    その聖ダコブの遺骚が䞖玀にこの地で発芋されたずいうのがこの倧聖堂の始たりであるず蚀われおいる。

    䞖玀のスペむンずいえば、先の蚘事でも玹介したレコンキスタ真っ盛りの時代だ。

    みなさんは芚えおいるだろうか、レコンキスタはスペむン北郚に逃れたキリスト教埒ずスペむン党土を支配するむスラム教埒ずの領土の奪い合いの歎史であった。

    そんなレコンキスタ真っ盛りの時期に、絶劙なタむミングで聖ダコブの墓が芋぀かり、さらになお絶劙なこずに、それが芋぀かったのはキリスト教埒勢の前線基地であったサンティアゎ・デ・コンポステヌラだったずいう。

    さお、これは偶然のできごずなのだろうか。

    それずも神のお導きずいう必然のできごずだったのだろうか。

    これは非垞に興味深い問題だ。

    そしお先ほどの写真を芋お少し違和感を感じられた方もおられたず思う。

    そう。珟圚、この倧聖堂は倧芏暡修埩䞭だったのだ。※幎月圓時

    聖堂内には所狭しず足堎が組たれ、本来の姿を芋るこずができない状態だったのである。

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    ずはいえ、巡瀌者のために聖堂内はしっかり開攟はされおいる。

    この写真の右偎に人が䞊んでいるのが芋えるだろうか。

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    この列は写真䞭倮に芋える聖ダコブ像に觊れるための列。

    よく芋るず聖ダコブ像の背埌から人の手が芋える。

    こうしお聖ダコブ像に觊れるこずでご利益があるずされおいるのだ。

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    近くの公園から芋た倧聖堂

    サンティアゎ・デ・コンポステヌラの倧聖堂䞭心は非垞に賑やかだ。

    どこか゚ルサレムの旧垂街を思い出すかのような、䜕かめでたい雰囲気がある。

    もちろん、歎史䞊数え切れない衝突があった゚ルサレムは今でもなお重たい空気感が挂っおいるのは吊定できない。

    しかし、巡瀌の最終目的地ずいうのはやはり苊しい巡瀌を終えようやくたどり着いたこずを祝う独特の空気感がある。

    特にこのサンティアゎ・デ・コンポステヌラは埒歩の巡瀌が今なお残っおいる堎所だ。

    ゚ルサレムやバチカンに埒歩で行く人間は珟代ではほずんどいないだろう。

    しかしここサンティアゎ・デ・コンポステヌラは今なお苊劎しおここを目指しおきた巡瀌者であふれおいる。

    苊劎したからこそわかる感芚ずいうものがきっずあるのだろう。

    そしおそれら巡瀌者を迎え入れる街の人々のおもおなし。

    こうした独特な雰囲気を味わえるのがサンティアゎ・デ・コンポステヌラの魅力だろうず私は思う。

    サンティアゎ・デ・コンポステヌラの巡瀌ずお遍路巡瀌の旅を考える

    聖なるもののパワヌは実際に人間の心身に䜜甚し、歎史を動かしおきた。

    そしお珟圚でも倚くの人がサンティアゎ・デ・コンポステヌラを目指し、巡瀌の旅を続けおいる。

    サンティアゎ・デ・コンポステヌラの巡瀌はスペむン北西郚のピレネヌ山脈の蟺りからスタヌトするこずが倚い。

    この巡瀌は実はスタヌト地点は明確には定められおいない。

    聖地を目指すルヌトはいく぀もあるのだ。

    その䞭でも人気なのはフランスずスペむンの囜境付近にあるサンゞャンピ゚ドポヌルずいう町をスタヌト地点にした「フランス人の道」ずいうルヌトだ。

    道のりはおよそkm。

    埒歩でおよそ日間の巡瀌路だ。

    このルヌトはアルベルゲず呌ばれる巡瀌者甚の宿泊斜蚭も倚く、ブルゎスやレオンなど、歎史ある街を通りながら巡瀌できるため人気なのだそうだ。

    さお、サンティアゎ・デ・コンポステヌラの巡瀌をここたでざっくりずお話ししおきたのであるが、みなさんはこのような思いが頭をよぎったりはしなかっただろうか。

    「なんだか、サンティアゎ・デ・コンポステヌラの巡瀌っお四囜のお遍路に䌌おるなぁ・・・」

    サンティアゎ・デ・コンポステヌラの巡瀌ず四囜八十八カ所のお遍路・・・

    囜や文化も違えど、やはり「巡瀌の旅」ずいう点ではやはり共通点がある。

    四囜八十八カ所もおよそkmの道のりで埒歩だず日もかかる長旅だ。

    そしお旅の途䞭では宿坊ず呌ばれるお遍路さんのための宿泊斜蚭もある。

    そしお䜕より番札所霊山寺から順に回り、最埌の番倧窪寺ずいうゎヌルを目指すずいう本の道のり。

    四囜八十八カ所もサンティアゎ・デ・コンポステヌラず同じく、信仰ある者を惹き付け続けおいる聖なる巡瀌だ。

    そしおたた同時に、特定の信仰の面だけではなく個人個人の願いの成就、願掛けずいう偎面からも今なお倚くの人が足を運んでいる。

    ちなみに私自身も四囜八十八カ所のお遍路が倧奜きで、孊生時代に呚回っおいる。

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    レンタカヌでのお遍路ではあったがこれを着甚しおお遍路の札所を巡った。

    車でのお遍路でも週間ほど時間を芁する四囜八十八カ所。

    现いうねうねの山道を走り続けるお遍路は車でもなかなかにハヌドな旅だ。

    だが、旅の間は䞍思議な高揚感に包たれる。

    自分はお遍路をしおいるのだずいう事実そのものがなんだかありがたい。

    やっおみお感じたこずだが、巡瀌ずいうものにはなんだか䞍思議な魅力がある。

    機䌚があるならばもう䞀床行きたいず心の底から思えおしたう。

    そんなお遍路の旅であるが、ここでやはり疑問に思う。

    「そもそもなぜ人は巡瀌の旅に出るのだろうか」ず。

    「巡瀌はなぜ人を惹き付けるのか」

    前眮きが長くなっおしたったがここからはそのこずに぀いお少し考えおいきたい。

    さお、巡瀌の旅ずはたず前提ずしおゎヌルずしおの聖地が存圚する。そしおその聖地を目指しお旅に出るずいうのが巡瀌のひな型だ。

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    ゚ルサレム旧垂街

    䟋えば、人々は自分たちの䜏むペヌロッパからはるか圌方の聖地゚ルサレムぞず歩き出す。か぀おはすべお埒歩であったが珟代では飛行機に乗る

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    ゚ルサレム 聖墳墓教䌚

    そしお聖墳墓教䌚ずいうむ゚スのお墓にお参りし巡瀌はフィナヌレを迎え、再び自分たちの家のあるペヌロッパぞず垰っおいく。

    ぀たり日垞の生掻圏から聖地ぞず赎き、聖地に着いおからたたい぀もの日垞ぞず垰っおいく。

    これが巡瀌の倧きな流れだ。

    これは圓たり前のように思えるこずではあるが実はこの構造がものすごく重芁な意味を持っおいる。

    いや、この構造こそが人々を匕き付ける秘密なのだず蚀っおも過蚀ではない。

    䞀䜓、これのどこがそんなに重芁なこずなのだろうか。

    それを理解する鍵は「聖ず俗」ずいう考え方にある。

    「聖」に぀いおは先の蚘事でも述べおきたように、「聖なるもの」、そしお「聖なる力を持぀聖地」ずいう意味だ。汚れのない枅らかな䞖界、そのような䞖界を「聖なる䞖界」ず蚀う。

    それに察しお「俗」ずいう抂念。

    「俗」ずはたさにその通り、俗なる䞖界のこず。さらに蚀うならば私たちの日垞の䞖界のこずだ。

    日垞生掻はきれいごずだけでは枈たされないこずでいっぱいだ。

    煩悩が荒れ狂う䞖界。欲望や怒り、劬み怚み。

    「俗なる䞖界」は「聖なる䞖界」ずは察称的な汚れた䞖界ず蚀えるのだ。

    もう䞀床おさらいしょう。

    巡瀌のひな型は、「日垞生掻→聖地→日垞生掻」ずいう流れだ。

    これは蚀い換えれば「俗䞖界→聖なる䞖界→俗䞖界」ずいうこずになる。

    巡瀌の旅は䞀歩旅ぞず足を螏み出したその瞬間から日垞の俗䞖界を離れるこずになる。

    単に違う堎所ぞ移動するずいうこずずは本質的に異なる行動なのだ。

    さらに巡瀌の旅の重芁な点は、旅そのものが非日垞の聖なる行であるずいうずころにある。

    ぀たり旅そのものが聖なる修行なのだ。

    巡瀌者は苊しい旅路を続けながらも「自分は神に認められた聖なる修行を修めおいるのだ。」ずいう感芚を持ち続けるこずになる。

    この感芚は匷い自己肯定感をもたらす。

    「自分は神に認められおいる。自分は今間違いなくよいこずをしおいるのだ。」ずいう、俗䞖界ではなかなか味わうこずのできない感芚を巡瀌の旅では埗るこずができるのだ。

    そしお聖地で聖なるものの根源に觊れ、心身を浄化し、眪の汚れを取りさらい、たた日垞ぞず垰っおいく。

    日垞ぞ再び垰っおくるずきには、聖なる力で浄化された新しい人間ずしお日垞生掻を再スタヌトするこずができる。

    蚀い換えるならば巡瀌の旅ずいう営みが眪に汚れた人間を浄化し蘇らせ、人間に新たな掻力を䞎えるのだ。

    俗→聖→俗ずいう流れはそのような働きを持ち、これが巡瀌の旅の根本に流れる呜なのである。

    ―ず、蚀っおもそれは珟代文明が生たれる前の昔の人たちのこずの話なんでしょ

    ・・・たしかにそうだ。

    か぀おは地獄が本圓に存圚するず皆が信じおいたし、自分が死埌どうなるかは生きる䞊での最倧の問題だった。

    自分のような眪深い人間はどうしたら地獄に行かなくお枈むのか。

    これは本圓に死掻問題だった。

    その問題は珟代を生きる私達には想像もできないくらいのリアリティがあった。

    だからこそ皆必死で眪の浄化を願ったのだある。

    そしお教䌚も眪の浄化の手段をいく぀も人々に提䟛しおいた。

    それが懺悔であったり、教䌚のミサであったり、そしおこれたで述べおきた巡瀌ずいう行でもあったのだ。

    日本でも状況は䞀緒だ。

    日本でも人々は地獄のリアリティに恐れおののき自らの眪に苊しんでいた。

    だからこそ救いや浄化が心の底から望たれおいたのだった。

    たしかに今を生きる私たちにはそこたでのリアリティを䌎った眪の意識はない。教䌚やお寺から「これをすればあなたは地獄行きにはなりたせんよ」ず蚀われおもなかなかぎんずは来ないず思う。

    か぀おのような宗教的な意味合いでの巡瀌は珟代ではかなり倱われおしたったが、それでも巡瀌は今なお人々を惹き付けおいる。

    それはなぜか。

    そこにはやはり人間の心が「聖なるもの」を求めおいるからなのではないかず私は思う。

    か぀おのような特定の宗教教団による信仰の圢は倱われおしたっおきおはいるものの、どうやら人間は「俗䞖間」を離れた「聖なるもの」を今でも求め続けおいるのではないかず私は思うのだ。

    衚向きには宗教離れが加速しおいる今、パワヌスポット巡りや埡朱印巡りなどが人々の心を捉えおいる。

    それらも倧きな意味では「聖なるもの」を求める気持ちから起こっおいるこずではないだろうか。もちろん様々な偎面もあるが・・・

    そしおお遍路はその最たるものだ。

    お遍路をお参りする人はそれぞれ心に匷い思いを抱いお巡瀌する。

    その匷い思いを成就するために聖なる旅ぞず螏み出すのだ。

    匷い思いさえあればどこを歩いおもいいずいうわけではない。日本瞊断のほうがはるかに距離もあるし時間もかかる。でも、それではだめなのだ。

    お遍路だからこそ意味があるのである。

    「聖なるもの」がそこにあるからこそ、人は匷い思いを抱いおそこを歩くのだ。

    サンティアゎ・デ・コンポステヌラの巡瀌もたさしくそうだ。

    か぀おのような信仰はもはやなくなっおしたったのかもしれないが、「聖なるもの」の力は今なお人々を惹き付け続けおいるのだろう。

    さお、ここたでサンティアゎ・デ・コンポステヌラの巡瀌ずお遍路を「聖ず俗」ずいう芳点からお話ししおきた。

    巡瀌がなぜ人々の心を捉えるのか、私は今回このような芳点からお話ししたがもちろんこれが巡瀌の党おではない。

    様々な芁玠が絡たっお過去から珟圚にかけお聖地は人々を惹き付け続けおいる。

    私にずっお、サンティアゎ・デ・コンポステヌラは「聖なるもの」に぀いお考えさせられた堎所であった。

    続く

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