
私の大切な日 白露
朝の散歩中、いつもより念入りに道端の草花に目を凝らしていた。
二十四節気の『白露』。
大気が冷え込み、草木に白い朝露が宿るという。
どこかに朝露ないかなあと、雑草も丹念に見て歩く。
犬がクンクンとしている横の雑草にいくつもの水滴をみつけた。

いつもは見向きもしない雑草なのに、白露という言葉を知ってから、朝露探しに余念がなく、雑草までもじっくり観察している。
日中の気温が23度前後。朝晩は15度前後と急に肌寒くなってきました。
本格的な秋の到来を感じます。
二十四節気の白露。
私にとって、白露は少し特別な日でもある。
大好きだった母方の祖母の命日であり、甥の誕生日でもある。
そう、私が正真正銘のおばさんになった日だ。
祖母にとって私は初孫で、妹や従妹たちよりも一緒に過ごすことが多かった。その分、たくさんの思い出がある。
必要なものだけを持った小さな家に住み、一年中着物で、とてもつつましく過ごしていたようだった。
和裁をしていたので、私や妹の浴衣は、いつも祖母が縫ってくれた。
幼稚園に入る前の私にお裁縫を教えてくれたのは祖母だ。
糸の玉結びと波縫いを教えてもらった。
波縫いができたところで、端切れをザクザク切り、2枚を合わせて小さな袋を作った。
はじめて針と糸を使って、自分で作り出すことが楽しくて、端切れがなくなるまで、小さな袋をたくさん作った。
袋を作りすぎたので、祖母の提案で中に綿を入れて、針山を作り、母へのお土産にした。
裁縫の英才教育を受けたにも関わらず、私の才能は開花しなかった。
ごめんね、おばあちゃん。
幼い私に、祖母は使い終わった針や折れた針にありがとうっていうんだよって話をしてくれた。
もっと大きくなった時に、針供養の話をしてくれたことがあった。
その時には、ふーんくらいしか思っていなかった。
和裁をし、物を大切にしていた祖母の気持ちに今頃気づく。
祖母と過ごした時間は、楽しかった思い出とともに、わずかに引っかかるものがある。
体が弱く、入院を繰り返しており、病院に見舞いに行くことが度々あった。
晩年、祖母の背中がどんどん小さくなっていくのを見るのが辛くて、部活や習い事を理由に会わずに過ごしてしまった。
祖母は息を引き取る前、集まった子供達に昼食の時間だからと、準備に家に帰り、家族の世話を優先するように言い、みんなが席を外したあと息を引き取った。
祖母の命日に甥が生まれた。
さすがに生まれ変わりとは思わないけど、縁のようなものを感じる。
手を合わせ、祝う日になった。
あの日は、白露で秋のはじまりだったのだと、あらためて感じている。
これから白露を迎えるたび、朝露を探し、そのたびに祖母のことを思い出すのだと思う。

#私の二十四節気 一緒に季節を追いかけませんか。
記事に#私の二十四節気 をつけて投稿してください。
季節のこと、白露の時期に感じること、写真、イラスト、短歌、俳句、詩、創作なんでもOKです。
こちらのマガジンにご参加の記事はこちらのマガジンにまとめています。