
2026年10月23日(金)の日記
自由意志とはそんなに大事なものなのだろうか?という話
この話もAi(GEMINI)に聖書の解釈について聞いていた時の話です。
Ai曰く「アダムとエヴァの楽園追放は、神が自由意志を与えてくれたという説がある」
とのこと
まあAi自身が「多数派の説ではない」と言っているので、「私が知っているキリスト教と違うな~」と思う人がいても、それは正しい。
まあでも「アダムとエヴァが食べれる所にリンゴの樹植えたの誰なんだよ?」って考えたら
「神じゃない?」って思うし
そうなると「何の意図もなくリンゴの樹植えんやろ」って考えるのは自然な気がする。
つまりアダムとエヴァは追放されたようで「自由意志」を与えられている。
「めんどくせぇ、アダムとエヴァにリンゴ切り分けて食べさせてやれよ」と思うけど
「神が与えた物をそのまま疑いなく頂くのは、それは自由意志なのか?」という話になって
「自由意志を与える」ということは「食べることも出来る 食べないことも出来る」という状態にしないと「アダムは選んだ」にできない
つまり「アダムは選んだ」が大事なんだって説。
これがどういう話になっていくのかと言うと
「この世に悪があるのはなぜなのか?」という話につながっていって
「あなたには悪に堕ちる選択もあれば、悪に堕ちない選択もある、どちらを選ぶ?」という選択制
これは「悪が選べない状態」では「善を選んだ」ことにならない
「神が与えたものを何の疑いもなく頂いただけ」になる。
つまり「あなたは人を殺すこともできるし、あなたは人を騙すこともできるそういう世界にしておいたけど、あなたはどうする?」と
この世界はそういう仕組みになっている。
「殺されないし、騙せない世界にしておいたよ」と神はしなかった。
「無茶苦茶酷い世界にしておいたんだけどキミはどうするの?」という設計になっている。
これAiと話していて「みんな善を選ぶ社会になったら神はどうするんだろう?」って考えたら
「それは実質善しか選べない社会なんじゃない?」ってなって
「それは自由意志を与えた神からしたら望んでない世界だよね?」と
神は「自由意志を持て」と言っているのだから、永遠に「あなたが悪に堕ちれる環境」を用意してくれるのだろうと思う
「そんなに自由意志が大事か?」と思うけど
「神が与える幸福をただ受け入れるだけの究極系は、ただのシャブ中、永遠の幸福感にまどろむだけで、それは生きているとは言えない」という気がする。
まあハルマゲドン後の世界は「そういう世界」に感じるので、神が望んでいることもイマイチわからないのだけどさ(笑)
そして「俺から猫を奪うもの(巨悪)が現れたら?」って考えたら「それはそいつ(悪)だけじゃなくて、世界を神ごと恨むけど?」って思う。
そう考えると「生きていると実感できる世界(悪も存在する世界)は必ずしも理想郷ではないし、神の手によって幸福をじゃぶじゃぶ与えられる世界(シャブ漬け世界)も理想郷ではない」と「両方理想ではない」と思う。
つまり「悪い人は絶対に必要なんだよ」と思いはするけど、「でも俺から猫を奪う奴がいたらこの世界最悪だよ」とも思う。
疲れ切った後にはシャブ漬け幸福の世界にいくのかもしれん(笑)
よくわからない話でした。
