自慢話は悪?
まぁ何度でも書くが、私は元々「悪の心を持った悪人」なので誰に嫌われようが別になんとも思わないし、自分の信念を貫くだけだが…個人的に常々感じている現代の日本人達のおかしな思考について、辛辣に書かせて頂く事にしよう。
現代の日本人達の一般的に「嫌がる」事を、思い浮かぶだけとりあえず書いてみよう。
まず…誹謗中傷は当然ダメであり、悪口、暴言、嫌味、妬み、嫉妬、批判、否定、指摘、諭す、自慢、自分語り、過度の誉め言葉…
こう見ると、現代の日本人達が受け入れられる事というのは…「称賛、同調、共感、過度にならない誉め言葉、他愛のない無駄話」くらいしか、ないように思える。
特にSNS上の…言葉が全ての世界ではより厳格に、この暗黙の「ネットリテラシー」なるものを、厳守する風潮になっているように感じる。
こうやって「現代の日本人達が嫌がる事」を列挙してみると…個人的には、日本人というのはめちゃくちゃ心が狭い人種のように、常々感じている。
だから今の時代、生きづらいのかもしれないがな。
さて、タイトルにあるように「自慢話は悪?」と書いたが…率直に私は、自慢話は悪ではないと思っている。
まぁ、当然だが…自慢話というのは、誰かを傷つけているわけでも、批判しているわけでも、迷惑掛けているわけでもなんでもない。
自慢話というのは、「自分が誰よりも頑張って、努力して、成功した自らの栄光の話」をしているだけだと私は思っている。
残念ながら…自分が誰よりも努力して達成した自慢話なら、いくらでもある。
他の一般の、怠慢日本人達より遥かに努力してきたのだからな。
だが、現代の日本人達というのは…人の自慢話を聞いたりする事を、強烈に嫌がる。
確かに毎回人に自慢話するのはあまり好ましくないだろうが…日本人達というのは何故か「人間はこうあるべきが、真に美しいんだ!!」みたいな、幻想や理想を過剰に持ち過ぎだと、常々感じている。
自分達はそういう美しい人間になろうとする努力をちっともやらないクセして、人の事については文句ばかり垂れる。
正直…呆れ果てる思考回路だと常々感じている。
はっきり言って、人間そんな綺麗な生き物なんかじゃない。
では…「何故人が誰よりも努力して達成した、栄光の話を…素直に称賛できないんだ?」という、常々その事に関して非常に疑問を感じている。
もう一度書いておくが、自慢話というのは誰かを傷つけているわけでもなんでもない。
聞いた人間が勝手に不快に感じて、勝手に嫉妬や妬みを抱いて、勝手に嫌悪感を抱いてるだけだ。
「あまりにも日本人という人種は…心が狭すぎないか?」
と、現代の心の狭すぎる日本人達に対して…非常に嫌悪感なり、軽蔑心なりを抱いている。
自分達がロクに努力もしない堕落さ、怠慢さを棚に上げて、人の誰よりも必死に努力してきた尊い成功を妬むなんて…個人的には、最悪な思考回路だと常々感じている。
野球の話になってしまい恐縮だが、プロ野球で「昭和の怪物」とまで言われたあの江川卓氏は「自分の野球経歴を話すと、全部自慢話になってしまって、周りが嫌がる」とよく言っているのを聞く。
だからそのせいで、「あまり自分の野球経歴の話をしたくない」ような事を言っていたように記憶している。
それはそうだろう。
彼が高校時代投手を務めてたとき「江川の球がバットに当たるだけで、歓声が起こっていた」のだからな。
投手の投げたボールに、バットに当てる事が出来ただけで凄いみたいなどとは…。
だから、一般の日本人達の堕落常人が理解出来ないくらいに努力してしまうと…そういう次元が違う領域に達してしまって、自分の努力した過程や成功を語るだけで、日本人全員から嫌われて、妬まれて、疎まれる存在になって、孤立してしまうという事だ。
野球の事が詳しい人間ならば知っているだろうが…あの有名な「江川事件」…。
当然江川氏も、日本人全員から嫌われてました。
何も悪い事してないのに…
まぁ、日本人達というのは基本、そういう心が狭すぎる人種なのだと思う。
私はそんな、自分達の心の狭さを棚に上げて、人の誰よりも真摯に努力して掴んだ成功を妬んで、勝手に嫌ってくる人間達なんかに好かれるような事など一切致しませんし、好かれたいとも思いません。
「ふざけるな」と。
私は「自分が正しい」と思った信念を曲げてまで、人と仲良くする人生を送る気などありません。
ビジネスでは「集客、売り上げが最優先!」で、「とにかく売り上げを出せばいい!」という企業理念を掲げてる経営者ばかりだろうが…私の場合、相手選びますので。
世の中やり方問わず金を稼いで、外面だけカッコよくすればいいってもんじゃない。
私の心に秘めた信念は、絶対曲げる事はない。