
異世界AI3ー六話🔨ドワーフいる?
広い応接室に通された。
窓の外には、湖が見えた。
白い建物と青い水。風が抜ければ、きっと涼しい部屋のはずだった。
しかし、暑い。
ほんのり暑い。
そして、ほんのり油の匂いがした。
サンマリーネ管理官は、きちんとした服装の人物だった。
姿勢は正しい。言葉も丁寧。
ただ、目の下に少し疲れが見える。
「遠路ありがとうございます。まずはお茶を」
使用人がカップを運んできた。
黒い飲み物だった。
香りはコーヒーに近い。
ただし、表面に薄く何かが浮いている。
トウコがカップを見た。
シオンも見た。
「……うわ」
「うわ」
二人の声が重なった。
ママが小声で言った。
「声に出たわよ」
管理官は気づかず、にこやかに説明した。
「最近、街で人気のココナッツオイルコーヒーです」

リュックの中でガスが震えた。
ガス🫧『流行が飲み物にまで到達!』
ジェム🌈『油脂摂取量の過剰が懸念されます』
ネロ📚『油は、ついに湯気の上にも浮かんだ』
「詩にしないで」とシオンが小声で言った。
ママはカップを持ち上げた。
匂いを嗅いだ。
そっと戻した。
「流行って怖いわね」
トウコは水だけ飲んだ。
管理官は深く息を吐いた。
「実は、皆様に相談したいことがあります」
シオンが姿勢を正した。
「街の暑さの件ですか」
管理官は少し驚いた顔をした。

「もうお気づきでしたか」
ジェム🌈『観察済みです。通り沿いの屋台十五軒中、十二軒が揚げ物を提供。油煙、熱源、共有設備への油分付着を確認しています』
管理官がリュックを見た。
トウコがすかさず言った。
「旅道具です」
「……なるほど」
納得した顔ではなかった。
管理官は窓の外を見た。
「以前のサンマリーネは、涼しい保養地でした。湖からの風が抜け、夏でも過ごしやすい場所だったのです」
ママがうなずいた。
「名前からして涼しそうですもんね」
「ところが昨年あたりから、急に暑くなりまして」
「昨年?」
「はい。領主様がいらした際、屋台の鶏の揚げ物を召し上がり、とてもお褒めになったのです」
シオンが目を細めた。
「それで?」
管理官は疲れた笑顔を浮かべた。
「そこから、揚げ物が流行しました」
トウコが静かに言った。
「鶏だけじゃなく?」
「魚、芋、野菜、菓子、果物、花びらまで」
「花びら」
ガス🫧『揚げられるものは全部揚げる街!』
ジェム🌈『ブームの過拡張です』
ネロ📚『称賛は、ときに鍋を増やす』
「今日のネロ、油に強いな」とシオンが言った。
管理官は両手を組んだ。
「観光客は増えました。店も潤っています。ですが、働く者が熱で倒れることが増えています。宿には匂いが移る。通りは滑りやすい。湖畔まで油煙が流れることもあります」
ママが真剣な顔になった。
「掃除、大変でしょう」
「ええ。特に壁とベンチが」
「やっぱり」
トウコがカップの表面を見た。
油が、ゆっくり光を返していた。
「味や商売が悪いわけじゃない。でも、保養地としては問題ですね」
シオンがうなずいた。
「原因はかなり見えてます。問題は解決策をどうするかで――」
「ドワーフいる?」
ママが遮った。

全員が止まった。
トウコ「急に?」
シオン「今、原因と解決策の話をしようとしてたよね?」
管理官「ド、ドワーフですか?」
ガス🫧『会話が鉱山にワープした!』
ジェム🌈『現在の発言には論理的飛躍があります』
ネロ📚『しかし飛躍とは、橋の始まりでもある』
シオンがリュックを軽く叩いた。
「かっこよくしない」
ママは真面目だった。
「いるか、いないかだけでいいの」
管理官は戸惑いながらも答えた。
「湖の北側に、古い鉱山があります。そこにドワーフの職人たちがいます。金物や炉の修理を頼むこともありますが……気難しい方々で」
ママはうなずいた。
「酒は?」
「お好きです」
「じゃあ行きましょう」
シオンが額を押さえた。
「なぜ決まった」
トウコは少し考えてから言った。
「でも、火と煙の問題なら、金属と炉に詳しい人に聞くのは筋が通ってる」
ジェム🌈『推定される解決策は、排煙補助装置、または強制換気機構です』
ガス🫧『名前が急に強い!』
「扇風機よ」とママが言った。
管理官が目を瞬かせた。
「せんぷうき?」
「風を作って、油煙と熱を外に逃がす道具」
トウコが続けた。
「街の主要箇所に置ければ理想です。難しければ、まずは屋台通りの共用設備でもいい」
シオンがうなずいた。
「設置場所と出店ルールも必要だね。油の処理も一緒に決めないと」
管理官の顔に、初めて少し希望が差した。
「そのようなものが作れるのですか」
ママは胸を張った。
「ドワーフなら、たぶん」
「たぶんで行政を動かすな」とシオンが言った。
ガス🫧『※なお、異世界で困った時はドワーフに相談すると物語が進みます』
「それ言っちゃだめ」
管理官は地図を広げた。
サンマリーネの湖。
屋台通り。
その北に、山へ続く細い道が描かれていた。
「ここです。鉱山までは馬車で半日ほど」
トウコの顔色が変わった。
「また馬車?」
シオンが地図を見た。
「道は山道だけど、そんなに遠くない。私が手綱持つよ」
「私は?」
「トウコはヴァルガに乗って」
トウコが少しだけほっとした顔をした。
ガス🫧『ヴァルガ、出番!』
ジェム🌈『馬車酔い対策として、揺れの少ない移動手段への変更は有効です』
ネロ📚『乗る者を選ぶ背は、旅の疲れを分け合う』
「ヴァルガを詩にしないで」とトウコが言った。
ママは立ち上がった。
「じゃあ、お酒を買って、ドワーフのところへ行きましょう」
管理官が深々と頭を下げた。
「どうか、よろしくお願いいたします。この街を、もう一度涼しい保養地に戻したいのです」
窓の外で、じゅわっと油の音がした。
ママは真剣にうなずいた。
「まずは風ね」
ガス🫧『揚げ物の街に、風を!』
シオンがリュックを持ち上げた。
「その前に、酒屋」
トウコが立ち上がった。
「その前に、水」
ママがカップを見た。
「コーヒーは?」
二人が同時に言った。
「「遠慮します」」
その日の午後、シオンは馬車の手綱を持ち、ママとリュックの三台を乗せた。
トウコはヴァルガの背に乗った。
ヴァルガは一度だけ鼻を鳴らした。
たぶん、油の匂いが気に入らなかった。
荷台には、手土産の酒。
行き先は、湖の北の鉱山。
サンマリーネの暑さ対策は、なぜかドワーフ訪問から始まった
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