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短編小説『少しだけ』

    『少しだけ』

    僕は、ミサイルを作っている。

    正確には、ミサイルに火薬を詰める仕事をしている。

    とある国の、とある町。

    町外れにある工場で、もう十二年働いている。

    朝七時に出勤し、作業着に着替え、決められた場所に立つ。

    目の前には、まだ完成していないミサイルが並んでいる。

    僕はそれを一日に何十本も扱う。

    そして僕は、戦争に反対している。

    だから、この仕事をしている。

    おかしな話だと思う。

    僕もそう思う。

    ただ、僕には理由がある。

    僕が詰める火薬は、決められた量より少しだけ少ない。

    ほんの少しだ。

    それで何が変わるのか、正直なところ分からない。

    ミサイルの性能に影響するのかも、確かめたことはない。

    それでも、僕は毎日そうしている。

    一本でも爆発しなければ、その分だけ誰かが助かるかもしれない。

    少なくとも、何もしないよりはいい。

    そう思っている。

    隣の作業台にいるマルクは、僕より三つ年上だ。

    娘が二人いる。

    上の子は来年、大学へ進学するらしい。

    「学費が高くてさ」

    昼休みになると、そんな話をする。

    「大変だね」

    「まったくだよ。でも、ここは給料がいいからな」

    マルクは笑った。

    「お前も娘がいるだろ。今のうちに貯めとけよ」

    「そうするよ」

    僕も笑った。

    マルクは仕事が丁寧で、よく気がつく。

    新人が失敗すれば手を貸すし、体調の悪い同僚がいれば代わりに仕事を引き受ける。

    以前、僕が高熱を出したときも、彼が二日分の仕事を引き受けてくれた。

    お礼を言うと、

    「困ったときはお互いさまだろ」

    と笑った。

    僕は彼を、いい人間だと思っている。

    その彼が、毎日ミサイルを作っている。

    僕と一緒に。

    火薬を少なくし始めたのは、三年前だった。

    きっかけは、一枚の写真だった。

    新聞に載っていた、爆撃された町の写真。

    崩れた建物の前に、小さな靴が片方だけ落ちていた。

    持ち主の姿はなかった。

    娘が履いている靴によく似ていた。

    僕はその写真をしばらく眺めていた。

    その夜、娘が玄関に脱ぎっぱなしにしていた靴を、いつもより丁寧にそろえた。

    翌朝、工場へ行った。

    いつものように作業を始めた。

    そして、初めて火薬を少しだけ減らした。

    大きな決意があったわけではない。

    誰かに相談したわけでもない。

    ただ、決められたとおりに作ることが、どうしてもできなかった。

    それから三年。

    僕は同じことを続けている。

    誰にも知られていない。

    もちろん、妻にも。

    ある日の朝礼で、工場長が言った。

    「先月、我が軍のミサイルに不発が発生した」

    僕は顔を上げた。

    「原因は調査中だ。各工程の点検を徹底するように」

    それだけだった。

    周りの人間は、いつもどおり仕事に戻った。

    僕も作業台に向かった。

    不発。

    その言葉が、頭から離れなかった。

    僕の作ったミサイルだろうか。

    もしそうなら。

    その日は、いつもより仕事が楽しく感じられた。

    帰り道、娘の好きなケーキを買った。

    「今日は何の日?」

    夕食のあと、箱を開けた娘が聞いた。

    「何でもないよ」

    「じゃあ、なんで?」

    「たまにはいいだろ」

    娘は喜んだ。

    妻も笑った。

    僕は、その夜よく眠れた。

    数週間後、新聞に小さな記事が載った。

    我が軍のミサイルが目標に到達せず、住宅地に落下したという。

    不発だった。

    しかし、落下した衝撃で建物が倒壊し、住民が亡くなっていた。

    僕は記事を何度も読んだ。

    写真はなかった。

    亡くなった人の名前もなかった。

    ただ、人数だけが書かれていた。

    あの朝礼で聞いたものと同じミサイルなのかは分からない。

    僕の仕事が関係していたのかも分からない。

    それでも、あの日のケーキを思い出した。

    娘は、イチゴを最後まで残していた。

    妻は、自分の分を半分くれた。

    僕は、いつもより大きな一切れを食べた。

    新聞を畳んだ。

    その日は、ケーキ屋の前を通らずに帰った。

    翌朝も工場へ行った。

    仕事を辞めようかと思った。

    しかし、僕が辞めれば別の誰かが同じ作業をする。

    その人は、決められたとおりに作るだろう。

    だったら、僕が続けた方がいい。

    そう考えた。

    僕には家族がいる。

    娘はまだ小さい。

    住宅ローンも残っている。

    この町には、ほかに給料のいい仕事がほとんどない。

    辞めない理由なら、いくらでもあった。

    その日の昼休み、マルクが新聞を読んでいた。

    「また停戦交渉だってさ」

    「そうなんだ」

    「今度こそ終わるといいな」

    「うん」

    マルクは新聞を畳んだ。

    「でも、終わったら俺たち失業かな」

    「どうだろうね」

    「まあ、平和が一番だけどな」

    そう言って笑った。

    僕も笑った。

    マルクは少し考えてから言った。

    「俺たちの作ったものが、人を守ってるんだよな」

    僕は返事をしなかった。

    「そう思わないと、やってられないだろ」

    彼はそう言って、残っていたパンを口に入れた。

    僕はマルクを見ていた。

    彼も、人を守っているつもりなのだ。

    僕とは違う方法で。

    それが少し意外だった。

    その夜、娘が学校の宿題をしていた。

    将来の夢について作文を書くのだという。

    「パパは、子どものころ何になりたかった?」

    「何だったかな」

    「忘れちゃったの?」

    「うん」

    「今のお仕事は好き?」

    僕は少し考えた。

    「どうだろう」

    「好きじゃないの?」

    「嫌いってわけでもないよ」

    「じゃあ、好きなんじゃない?」

    娘はそう言って、また鉛筆を動かし始めた。

    「パパは何を作ってるの?」

    「ミサイルだよ」

    「ミサイル?」

    「うん」

    「テレビで見るやつ?」

    「そうだね」

    娘は少し考えた。

    「それって、戦争で使うんだよね」

    「うん」

    「パパは戦争が好きなの?」

    「嫌いだよ」

    「そっか」

    娘はそれ以上、何も聞かなかった。

    作文に戻り、消しゴムで何かを消していた。

    僕は、もう少し聞いてほしかった。

    なぜこの仕事を続けているのか。

    工場で何をしているのか。

    説明したいことはあった。

    けれど、娘はもう僕を見ていなかった。

    「消しゴム、なくなっちゃった」

    娘が言った。

    僕は机の下に落ちていた消しゴムを拾って渡した。

    「ありがとう」

    娘はそう言って、続きを書き始めた。

    数日後、工場に新しい掲示物が貼られた。

    生産目標の達成を知らせるものだった。

    先月は予定より多くのミサイルを完成させたらしい。

    工場長からの感謝の言葉が書かれていた。

    僕たちの努力が、国の安全を支えている。

    そんな内容だった。

    マルクはそれを見て言った。

    「これでボーナスが出ればいいんだけどな」

    「そうだね」

    僕も欲しかった。

    娘の誕生日が近かった。

    新しい自転車を買ってやる約束をしていた。

    その日の夕方、工場長から臨時手当の支給が発表された。

    生産量が増えたことへの報奨だった。

    みんな喜んだ。

    マルクは娘の学費の足しになると言った。

    僕は、帰り道に自転車屋へ寄った。

    娘が欲しがっていた赤い自転車が、店の奥に置いてあった。

    「お父さんからのプレゼントですか?」

    店員が聞いた。

    「はい」

    「きっと喜びますよ」

    「そうだといいんですけど」

    僕はその場で購入を決めた。

    娘の誕生日。

    庭に置いた自転車を見て、娘は飛び跳ねて喜んだ。

    「ありがとう、パパ!」

    何度もそう言った。

    妻が写真を撮った。

    娘は自転車にまたがり、庭を何周も走った。

    転びそうになるたびに、僕は手を伸ばした。

    「大丈夫、大丈夫」

    そう言いながら、後ろを追いかけた。

    「パパ、見て!」

    娘は何度も振り返った。

    「前を見なさい」

    僕が言うと、娘は笑った。

    僕も笑った。

    その日の夕食は、娘の好きな料理ばかりだった。

    家族三人でケーキを食べた。

    ろうそくを吹き消した娘が、もう一度言った。

    「パパ、ありがとう」

    「どういたしまして」

    僕は答えた。

    娘は本当に嬉しそうだった。

    僕も嬉しかった。

    翌朝、工場へ行くと、マルクが先に来ていた。

    「自転車、喜んだか?」

    「うん。すごく」

    「よかったな」

    「ありがとう」

    僕たちは作業着に着替えた。

    工場の中は、いつもと変わらなかった。

    機械の音。

    金属の匂い。

    整然と並ぶミサイル。

    作業台に立つと、マルクが言った。

    「来月もボーナス出るといいな」

    「そうだね」

    僕は答えた。

    目の前に、一本目のミサイルが運ばれてきた。

    昨日、娘は自転車に乗りながら、何度も僕を振り返っていた。

    「パパ、見て!」

    その声を思い出した。

    作業開始の音が鳴る。

    僕は手を動かした。

    今日も、少しだけ。

     
     
    短編小説とエッセイを書いています。 近未来SF、AIと人間、家族、仕事、記憶、経験。 読んだあとに、少しだけ景色が変わる文章を目指しています。

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