
AI時代、若手エンジニアが本当に守るべきは「コード」ではなく「意志」
深夜1時、画面の前でぼうっとしていた。
提案書の書き出しを考えながら、試しにAIに投げてみたら——30秒で、自分が2時間かけて書こうとしていた文章が出てきた。
怒りでも感動でもなかった。「じゃあ、自分はここで何をしていたんだろう」という、名前のつかない感覚だけがあった。
「面倒くさい」の正体
10年間の現場経験を正直に棚卸しすると、半分以上が同じ作業の繰り返しでした。
プロジェクトが変わっても、認証まわりの処理はほぼ同じ。エラーハンドリングも似たようなパターン。「またこれか」と思いながら、手癖で書いていた時間が確かにある。
AIはその作業を、今まさに巻き取っていっています。
正直に言えば——悔しさより先に、「助かった」という気持ちの方が大きかった。
Whyを問われた夜
ただ、同じ10年の中に、もうひとつ種類の違う仕事があった。
あるとき、通信系のシステムでデータベース選定に関わったことがあります。チームの大半は機能豊富な大きなDBを想定していたのに、私だけがSQLiteを主張した。
その場ではかなり浮いていました。「なんでそんな軽いものを?」という空気が流れた。
でも、理由は明確だった。そのシステムを使う現場には、専任のDB管理者が一人もいなかったから。
華やかな機能より「誰でも壊れたときに直せること」の方がずっと重要だと判断した。その決断をAIに問いかけていたとしたら——「一般的な要件」に沿った、より重いDBを勧めてきたと思います。
「なぜそれが必要なのか」を、私しか知らなかった。
「How」は渡せる。「Why」だけは渡せない。
AIが得意とするのは、「どうやるか(How)」の最適化です。
構文を選ぶ、パターンを当てはめる、既存の解法から最善を探す——これは本当に得意。
でも「なぜそれをやるのか(Why)」は、現場の文脈の中にしかない。誰がそのシステムを使い、何に困っていて、何が壊れたら許されないか——その「肌感」は、会議室では得られない。
SQLiteが長年にわたって開発者に愛されているのも、「シンプルさを哲学として持ち続けた」という一貫した意志があるからだと、私は思っています。技術仕様ではなく、その背後にある判断軸が、ツールに魂を宿す。
現場の先輩から「PHPって、今も個人が長年支えている部分が大きいんだぞ」と聞いたとき、正直、少し震えました。巨大な企業ではなく、「これを守りたい」という人たちの意志が、今日もどこかで動いているということに。
技術の核心には、いつも「人の意志」が介在している。
あなたの「Why」は誰にも奪えない
AIの進化が怖い——その感覚は、まっとうです。私だって、あの深夜の画面の前で同じ気持ちになった。
でも恐怖の正体を分解すると、「作業を奪われる不安」と「判断を奪われる不安」の二種類に分かれます。
前者は奪われていい。むしろ喜んで手放せばいい。
後者は、まだ誰にも——AIにも——奪えていない。
「Whyを持つ」というのは難しい話ではないと思っています。「この機能は本当に誰のためにあるのか」「もし予算がゼロになっても、それでもやるか」を自分に問い続けること。その積み重ねが、10年後に「その人にしか出せない答え」になる。
**コードの量じゃなくて、「Why」の解像度が、これからの武器になる。**
あの深夜の虚しさが、今は確信になっています。
---
勝手にPR
楽天Roomやってます
気になったものをまとめています。よかったら覗いてみてください。