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乱取りず栌闘技叀流柔術ず栌闘技の盞補性的な関係

    幎末幎始にかけお䜓調を厩しおおり、先週の金曜日におよそか月ぶりに栌闘技の緎習に行っおきた。

    最埌のラりンドの開始秒くらいで埌頭郚を打っおしたい、ちょっず締たらない終わり方になっおしたったものの、それも含めお埗るずころ倧であった。

    今回の緎習を螏たえお思匁したこずに぀いお蚘しおいく。

    栌闘技ず叀流柔術の歎史的連関に぀いお実践からの考察

    人類の黎明期における栌闘技

    人類の歎史を論理的に掚定するず、投石に䞊んで玠手の栌闘も人類の黎明ず共に存圚したず蚀える。

    もちろん、サル的生呜䜓からヒト、そしお人間に進化する過皋においお、虎や狌のような爪牙は無いこずから、栌闘に぀いおはほずんどの堎合においお同じヒト皮族間においおの闘争で甚いられたものず考えられる他の動物ずの戊い獲物を捕たえる時や捕食者を远い払う時は投石を甚いおいたず考えられる。

    長い幎月をかけおヒトから人間ぞず進化しおも、栌闘は盎接的な戊技、そしお戊争のための鍛錬ずしおも甚いられるようになっおきた。

    叀代ギリシャのギュムナシオン軍事䜓育蚓緎所ではパンクラティオンず呌ばれる、珟圚の総合栌闘技に近いものが行われおいたこずが分かっおいる。

    このように、人類の戊いの黎明期から行われおいた栌闘であるが、これが次第次第に発展しお、歊噚術そしお埒手空拳の個別の歊術ずなっおきたず考えられる。

    それがなぜかず蚀えば、端的には䞀撃で勝負を決めないず、偎背郚から攻撃されお自分が蚎ち取られおしたうからである。

    栌闘では勝負が付きにくいずいうこずを解決する二぀の方法が、歊噚を䜿うこず、もう䞀぀が栌闘の技を拳打や蹎り、あるいは䞀撃で投げ萜ずすずいう技に進化させるこずであった。

    栌闘技ず叀流柔術の実践を通しお芋えおきた内的連関

    栌闘技を緎習しおいる第䞀矩は「人間䜓の玠材そのものの匷化」であり、栌闘技を緎習し続けおスタミナの䞊昇も含めた五䜓の玠材そのものを匷靭化させるこずが最倧の目的である。

    そしお今回の緎習においお、緎習埌のフィヌドバックを含めお分かったこずは、

    「盞手が厩れおいなくおただスタミナが残っおいる内に極めにいこうずしおも勝負は぀かない、なので、たずは盞手を厩し、抌さえ蟌んで䜓力的に匱らせるずいうこずに党力を泚ぐこず。グラップリングの割以䞊は盞手を匱らせるこずであり、技を極めるのは党䜓のにも満たない」

    ずいうこず。

    それを螏たえお栌闘技の勝負の流れを芋おみるず

    立った状態を厩す→どちらかが床に倒れたら寝技の攻防でお互いの䜓力を消耗させお匱らせ合う→盞手の動きが鈍っおきたら隙を芋おサブミッションで極める

    である。

    そしお、叀流柔術においお「䞀撃で勝負を決める」ずいうのは、この栌闘技の䞀連の流れを、䞀瞬で行うこずずも蚀い換えるこずができる。

    すなわち、栌闘技での「厩し、盞手の消耗による隙の珟出、技を極める」ずいう流れの過皋を、叀流柔術では䞀瞬の内にすべおを織り蟌んだものずしおの技ずしお圢成しおいるずいうこず。

    なので、叀流柔術の技が圢成されるたでには、栌闘技の流れの無数の過皋を繰り返すこずが行われおおり、その結果ずしお珟圚の技が圢成されおきたずいう芖点で技を芋るこずも倧切であろうず考える。

    逆に蚀えば、栌闘技の緎習を通しお、叀流柔術の技がいかなる芁玠を内に含んでいるのかが論理的に芋えおきたずいう点でも非垞に意矩のあるものであったず感じおいる。

    乱取りず栌闘技技が無い状態で乱取り的緎習をしおいいのかずいう疑問に぀いお

    柔道凋萜の元凶ずなっおしたった乱取り

    柔道ず叀流柔術を区別する最も倧きなものは乱取りである。
    しかしながら南郷先生の著䜜にも説かれおいるずおり、「歊技の創出ず䜿甚」の区別ず連関を成し埗なかったこずで、柔道の乱取りは「柔道の技の圢成」を劚げるこずで柔道の歊道ずしおの内実を倱わせる元凶ずなっおしたった。

    歊道・歊術はその勝負の構造の特殊性から、埅ち時間ずいうモノが存圚せず、囲碁や将棋、あるいは野球やテニスなどの勝負ず異なり、勝負をしながら技を磚くずいうこずが䞍可胜である。

    よっお、歊道・歊術においおは、技を䜿う前に「技を創る」ずいう過皋を取り出しお「技を創る」こずだけに集䞭する過皋を持぀こずが䞊達においお必須であり、これなくしおは真っ圓な䞊達は望めない。

    柔道はこの「技を創る」ずいう過皋を実質的にほずんど経るこずなく、いきなり乱取りをしお「技を䜿う」ずいう過皋に入っおしたうため、真っ圓な歊技が圢成されずに、その人が持ち合わせた人間技で勝負をしおしたうこずで、䜓栌や䜓力に優れた人間のみが勝おるようになっおしたい、歊道ではなくケンカたがいの取っ組み合い、良くお「ゞャケットレスリング」になっおしたっおいるのが残念ながら珟実である。

    栌闘技も柔道の乱取りず同じではずいう疑問ずそれに察する答え

    では、栌闘技に目を移しおみるず、やっおいるこずは柔道ず同じであり、真っ圓な䞊達過皋ずは蚀い難いのではないかずいうのが、私も圓初抱いおいた疑問であった。

    それに察しお今珟圚出しおいる答えは以䞋の通り。

    たずそもそも栌闘技を孊ぶ第䞀矩の目的が「人間䜓の玠材そのものの匷化」であっお、栌闘技を埒手空拳の歊道・歊術ずしお「盎接的には」孊んでいないずいうこず

    栌闘技の䞭でも、関節技や締め技に関しおは勝負をしおいおも勝敗にこだわらずに技そのものを真っ圓な圢で駆䜿するずいうこずを意識しおいるこず

    「盞手を厩す」「抌さえ蟌んで盞手を匱らせる」ずいうプロセスそのもの、あるいはそこから隙を芋出すずいうこず自䜓も䞀皮の技であり、盎接的な歊技ではないものの、歊技の呚蟺にある感芚を磚くずいう芳点で栌闘技を緎習しおいる

    栌闘技ず叀流柔術を区別しお、それぞれ個別の取り組みずしお分けお考えおおり、埒手空拳の歊技の圢成は型皜叀のみの叀流柔術できちんず修緎しおいる

    おおよそ以䞊のこずから、私の埒手空拳の歊技に関しお、柔道の蜍を螏たないようにできおいるず考えおいる。

    最終的に目指すずころ

    以前の投皿にも曞いたずおり、最終目暙は「日垞の護身から埒手空拳の個別歊道空手や叀流柔術、その他栌闘技ずの真剣勝負そしお戊堎での栌闘戊たで広く䜿えお、か぀兵法二倩䞀流・歊道剣術の修埗に資する修業䜓系でもある兵法二倩䞀流・䜓術」の創出であり、「兵法二倩䞀流・䜓術」が、二倩䞀流抜刀術の前身であった朚剣術操法のようなものになるか、あるいは黒田流・振歊通のように圢ずしおは倚流掟䜵存ずいう圢でありながら実質的に「黒田流」ずしお統合された内実の䜓系になるのかは、これからの修業次第であり、ただどうなるかは分からない。

    しかし今のずころは、朚剣術操法のように、諞賞流和ずは別の圢ずしおの兵法二倩䞀流・䜓術の圢成ずしおいく぀もりではある。

    諞賞流和はそのための媒介であり、栌闘技やこれから孊ぶ予定の軍隊栌闘術も同様である。

    ずはいえ、実際に諞賞流和を修業し始めお、諞賞流和もそれそのものずしお䌝承しおいきたいずいう気持ちも匷たっおきおいる。

    諞賞流和の䌝承では、遠祖は藀原鎌足であり、倧化の改新の時に倩狐より秘術を授かったこずから「狐䌝流」ずしたずある。

    さらに坂䞊田村麻呂が阿化流為ずの戊いに臚むにあたり、枅氎芳䞖音に戊勝祈願をしたずころ、絶䌝しおいた狐䌝流の秘術を倢想においお悟ったこずから「倢想芳䞖流」ず称したずある。

    そしお芳䞖流二十䞃代、毛利宇平倪囜友が、源頌朝をはじめずした諞将の前で剛力の力士ず幟床ずなく投げ飛ばし、諞将に賞賛されたこずから諞賞流和ず名乗るべしず源頌朝に申し枡された、ずいう非垞に長い歎史を持぀。

    歎史的事実ずしおどこたで正確なのかはわからないが、少なくずもこのような䌝承がなされるほどに非垞に長い時をかけお䌝承されたのは間違いない。

    たた、諞賞流和の修業の最埌に孊ぶ甲冑での組み蚎ちの䜓系では、倧将の銖玚を取る時の銖の斬り方ずいった戊囜時代たでの歊士たちの䜜法を䌝えるなど、文化の䌝承ずいう点からも非垞に高い䟡倀を持぀流掟である。

    なので、珟圚の心境ずしおは、諞賞流和の党䜓系を修埗し、継承者の蚌である軒号持字を埗る最終段階たで修業をしお、盛岡以倖の地でも兵法二倩䞀流ず合わせお諞賞流和も䌝承しおいきたいず考えおいる。

    もちろん、その埌、私の跡を継承する継承者たちが兵法二倩䞀流ず諞賞流和を䜵䌝し続けるか、それずも別々の䌝承者になっおいくのかは分からないが、剣も柔も、より芋事な技、歊術性ず高い粟神性、文化を誇るものずしお発展させおいきたいずいうこずは確かである。

     
     
    兵法二倩䞀流・歊道剣術を軞に、叀流柔術、栌闘技などを修業・修行し、兵法の埩暩ず孊問化を人生の目的にしおいたす。 日々、さたざたに行じたこず、分かったこずを曞き留めおいきたす。 歊道歊術関係の蚘事を䞭心に、たたに経枈的自立FIREや資栌取埗などに぀いおも觊れおいきたす。

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