
絵本賞を受賞したけれど|『君は絵本作家ではないと思う』と言われた記憶
今回はアーティストではなく、絵本作家としての私のことを書きました(私は絵本作家もアーティストだと思っていますが、他人からは区別されてしまうので…)。
私の数ある珍妙エピソードの一つに、絵本賞を取った思い出があります。自慢話や成功体験ではなく、もやもや話です。
大島国際手づくり絵本コンクール
私は大学時代、同級生に誘われて絵本サークルに所属していました。といっても、幽霊部員だったので、語れることはほとんどありません。サークルで絵本の展示があると絵本を作って、出して、逃げる。極めて身勝手な関わり方でした。
大学卒業後、絵は描き続ける気満々でしたが、絵本もライフワークとして描き続けたいと思っていました。そのためにきっかけが欲しいと思っていたところ、仕事先の専門学校に、富山県の大島絵本館で開催されている「大島国際手づくり絵本コンクール2014」のポスターが貼られていました。
さっそく学生時代のメモからお話をつくりあげて、家にあった、いつ買ったかわからない紙に勢いのまま描いて、その勢いで提出。卒業して間もなかった(1ヶ月くらい)時だったこともあり、まさに幽霊部員時代のノリでした。
絵本を完成させる締め切りが欲しかっただけで、審査員と傾向から「絶対に選ばれないだろう」と思っていました。
入選すらするわけないと考えていたため、後日大賞の連絡が来た時には本当に驚きました。嬉しい反面、困惑したのを覚えています。

苦々しい授賞式
そして、大島絵本館で行われた授賞式に出席しました。大島絵本館はとても広々として綺麗な建物ではあったものの、受賞式は非常に苦々しい思い出が詰まっています。
授賞式は小ホールで行われたのですが、私の作品にアナウンスがついた映像作品を作ってくれて、それが巨大モニターに映し出されました。それだけでも恥ずかしくて仕方なかったのですが、内容がシュールだったため、上映が終わった後の、会場の冷ややかな反応が今でも忘れられません。
式が終わった後は地元テレビ局のインタビューもありました。それも「あ、う…」とろくなことを喋れませんでした。
さらに他の参列されていた入選者の方々に囲まれて「どうやって考えたのですか?」と羨望の眼でみられましたが、「そうは言われても……」という恥ずかしさで居心地が悪かったです。
極め付けは、審査員の一人とお話した際に「君は、絵本作家ではないと思う」と言われたこと。決して悪意がある言い方ではなかったものの、てっきり背中を押してくれると思っていただけに、まるで受賞を認めていないかのような一言に驚いてしまいました(今思えば考えすぎなのですが)。
そのため、大賞者という優越感を味わうこともなく、逃げるように富山を後にしました。
「何になるんだろうね」
それから、先の審査員の言葉がしばらく(数年単位で)自分の中でもやもやが残りました。というのも、先ほどの審査員に言われたようなセリフを大学を卒業する前に教授(日本画の先生)からも言われたことがあったからです。
その教授からは「君は一体何になるんだろうね。」と言われました。今でこそ、そこには私には理解できない(=日本画家ではない)けれど、楽しみだといったニュアンスが含まれていた事がわかります。当時も否定的な意味でないことまではわかってきました。それでも、卒業したての小童には不安になる一言であったことは事実です。
絵本で賞を取ったのに、日本画も描き続けるつもりなのに。どちらからもやんわりと「君はここではないよ」と突きつけられたわたし。絵本制作と日本画制作は今でも続けていますが、むしろあの頃に「手招き」されなかったから、意固地になって続けていけた一面もある気がします。
それどころか、ワークショップ講師も並行しているわけで活動がさらに多岐にわたるようになってしまい「絵本作家ではない」も「何になるんだろうね」のどちらも間違ってはいなかったんだなと今は思います。
「絵本賞を取った」という昔話だけで終えてしまうと、順風満帆な美談のように映ってしまいますので、誤解を与えないように、いずれは長いことスランプに落ちいった話も書き記せたらと思います。

補足
大賞をとった絵本「せんのりきゅう」はオンラインストアで電子版を販売しています。↑の画像をみれば察して頂けると思いますが、ナンセンス絵本です。自分の中のふざけた一面を詰め込んでいるからか、大人にも評判が良いです。
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